9:アフターリアル
家族の団らん回。
グダグダ感満載なので読み飛ばしても問題ありません。
現実復帰のふんわりとした余韻にぼんやりとして、私は軽く伸びをする。
台所に行けば、お母さんが牛肉と玉ねぎを炒めていた。近くに用意されてあるのは大きなどんぶり。牛丼かぁ。
「エンジョイ・ライフはどうだった?」
「突っ込みどころが満載だった」
肉の焼ける音が食欲をそそる。
台ふきを洗い、テーブルを拭いた。
「あんた、何をしてたの? あ、いや、いい。食事中に聞くから」
「ん? うん」
四人が揃い、夕食を始める。扉が開いておばあちゃんとおじいちゃんもやってきた。
「さてと。みんな揃ったことだし、今日の冒険を聴きましょうか」
うん、とおじいちゃんが答える。
「私はね」
「お父さん、将棋の話はいらない」
「そんな……今日はプロとやれたのに……」
「へえぇ」
それはまた、珍しい。
「今日は明についてエルサガに行ったわ。おばあちゃんも始めようかと思うの」
「俺はボス戦に挑戦したぜ。だけど、先に攻略した奴がいたみたいでさ。次こそは1番乗りだ!」
「私達は引き継ぎの後処理で何もできなかった~。本当にショック。で? 日和は何をしてたの?」
「チュートリアルをしてた。午前は気功と投擲系で、午後は攻撃魔術に防御魔術。付与魔術に万能魔術をやって、錬金術で締め」
「ちょっと待て」
お父さんに止められる。
「ちょっと画面にステータス出してみろ」
机に添えつけられた画面にリスト・ライフをアクセスさせるとステータスを表示させた。
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PN:喜楽 Lv:1
HP:24
MP:44
STR: 4.1
INT:11.1
AGI: 9.1
DEX:15.1
VIT: 6.1
LUC:12.1
PP: 7
【スキル】
小盾
攻撃魔術 防御魔術 付与魔術 万能魔術
投げ矢 投げナイフ 投げ槍 投げ斧
ラジオ体操 気功
錬金術
【装備】
ホルダーベルト(杖用)
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「初日にしては中々良いと思う」
「本気で言っているのか?」
ええ? これだけスキルを取ったのに何が不満なの?
お父さんは長い溜め息を吐く。
「日和、お前、メインスキルを取ってないんだよ。パッと見は魔法使いなんだが、エンジョイ・ライフでは杖スキルを取らないと戦えない仕様だ」
「ああ! そういえばチュートリアルのお兄さんもそんなことを言ってた」
うん、次は杖スキルを取ろう。
「だろうなぁ。それと、何でホルダーベルトしか装備してないんだ。盾は? 杖は? 投げナイフは?」
「投げ矢と投げナイフはアイテムボックスだよ」
「装備しろよ!」
「分かった。今度インしたら装備する」
どうやら装備するには外に出しておかないといけないらしい。
「ちなみに、革職人のところでベルトにホルダーを追加できるからな」
「へえ。新しく買うんじゃないんだね」
「それと、あんたはどんなプレイスタイルをするつもりなの?」
「全く決まってない」
「こいつはダメだ」
お兄ちゃんが呆れ返る。
仕方ないじゃない。選り取りみどりで目移りするんだもの。
「攻略サイトを見ても今一ピンとこないしなぁ」
圧倒的な情報量に完敗だ。
「掲示板で相談とかさ」
……掲示板、ね。
あの難解な掲示板を思い出す。
「うん。掲示板は見たけど、言ってることが頭に入らなかった。カッコTドットTカッコ閉じるとか、W3連続で何で会話が通じるのか分からないし、小文字ばかりの文章はあるし、記号の羅列が数行単位で投稿されるともう……」
探せばちゃんとした問答があるのだろうけど……読む気にならない。
知っておく方がお得とは言うものの、ネット用語を勉強してまで最新情報を知ろうとも思わないし、古い蓄積された情報の方が確実だ。
それなら情報だけを仕入れる攻略サイトで充分となる。
「結論。効率って言うのは必要だし、型にハマるプレイが一番いいのも当然。だけど、やりたいことなんて直ぐに見つかるもんじゃないし、私はチュートリアルだけで終わっても後悔しない」
「それはしろ」
「1年でチュートリアルが終わるかどうか分からないし」
「普通、遅くても一週間よ」
「次にインするのは週末だし」
「え。あんた、夜はプレイしないの?」
「革職人も大工も杖職人だってやってみたいし、騎士とか格闘家とかも憧れる」
「どんだけ節操ないんだよ」
「私は好奇心旺盛でいいと思う」
「じいちゃんは黙ってて」
「さすがにないとは思うけど、保育士への道を拓くミニゲームを引き当てた」
「それはさすがにないだろ」
「それと、これが一番あり得る事なのだけど……ライブラリに篭ってエンジョイ・ライフを忘れそう」
「それ、は」
「あり得るか」
「日和は小さい頃からライブラリだものねぇ」
「だから、自分の装備とリスト・ライフのホーム・ポイントをハンドメイドしてからフィールドデビューしてもおかしくは……いや、さすがにおかしいか」
おかしいな。
「分かった。日和のプレイスタイルについては指示しない。ただ、どんなことをしたのかだけは聞かせてくれよな。間違ったことや常識外れなことをしてたら教えるから」
「うん。ありがとう」
「それじゃあ、日和。明日からおじいちゃんとプレイヤースキルを研こうか」
「え。明日はライブラリに行くつもりだけど」
「リアルに決まっているじゃないか。魔法は無理でも投げ矢くらいならできるだろ? 小屋にダーツセットが眠っていたはずだし、防具や胴着もないけど木刀は見覚えあるから素振りはできるし、熊野古道の杖で杖の取り回しはなんとかなると思う。ああ、初心者レベルでも柔道とボクシングならやったことがある」
「お父さん。ダーツセットとか木刀とか、初耳なんだけど?」
「ほら、私も私の父も多趣味で色んなことに手をだしてるから。ああ、そういえば昔、和弓が眠っていたな。腐っていたから捨てたけど」
「あはは。多趣味なところ、遺伝なんだねー。私もパズルとか数独とかハーモニカにのめりこんだことあるなぁ」
あとは編み物とか。
「1年経たずにマイブームが終わるけどね」
「どんだけ節操ないんだよ」
「おばあちゃん、そんなことよりカピカピになったどんぶりが気になるわ」
「ああ! いけない、こんな時間! お母さん達、8時に待ち合わせだから洗い物頼むわよ」
「はーい」
「あ、俺宿題忘れてた」
「明!」
みんなが一斉に食卓を離れていき、私は洗い物をしようと流しに向かう。
何の話をしてたんだっけ?