2.気功チュートリアル
インしました。
現在私はカウンター越しに女性と対面しております。
えーっと?
女性はにっこりと微笑む。
「エンジョイ・ライフへようこそ! ここは冒険者ギルドのチュートリアルカウンターです。チュートリアルではあなたが望むスキルのレベル0を獲得できます。チュートリアルをしなくともスキルは獲得できますが、チュートリアルを開始しますか?」
「はい。お願いします」
答えを返す最中にウインドウが開いてチュートリアルの開始 YES/NO の選択肢が表示されたが口頭で答えたので消えて行った。
女性は頷き、メニューボードを取り出した。
ここはウインドウじゃあないんだね。
「こちらがSTR2で紹介できる戦闘チュートリアルです。装備品の必要ない、格闘技。軽くて小さな短剣やナイフ、DEX3以上必要な暗器系統、INT3以上必要な魔法系統が該当します」
STR2が響いてる。
まあ、わかってた。
2では装備できないものもでるって気は薄々感づいてた。
ぶちまけると、選択肢にある格闘技であまりダメージを与えられないってこともわかってますよ。
「先にステータス補正のでる生産スキルを覚えてから戦闘チュートリアルを開始するという手段もありますが、いかがなさいますか?」
そっか、スキルを覚えるとステータスが上がる仕様だったっけ。
「VIT補正のあるスキルをお願いします」
STRよりもVITだ。
「わかりました。誰でもできる健康法、INT3とLUC3でできる行商、DEX3でできる料理が当てはまります」
3つか。ここでもSTRが響いてるかな?
そして、行商が魔法習得より条件が厳しい件。
「それではその3つをお願いします」
全部やってみる。なるべくVITは上げておきたい。
「それではどのチュートリアルを開始しますか?」
彼女は再びメニューボードを見せる。
『~健康法チュートリアル~
・ラジオ体操
・ボクササイズ
・水中ウォーク
・気功
~料理チュートリアル~
~行商チュートリアル~ 』
いや、健康法って、ええ。
「一番効果的なやつはどれですか?」
「少し難易度の高い気功ですね。身体能力を上げる補助スキルです。INT5、DEX5が必要となり、戦闘スキルではありませんから、ダメージはあまり与えられません」
呼吸法ということは、マンガなんかで使われる超能力じゃあないんだね。
それなら私でもできそうだ。
気功の呼吸法を覚えたら現実でもより健康的になるかもしれない。
「では、気功をお願いします」
「それではチュートリアルの場所をお教えいたしますので、マップを出してください」
促されてマップを表示する。
彼女は机から判子を取り出すとポンと押した。
「チュートリアルを終えたらこちらまでお越しください。チュートリアルの報酬をお渡しいたします」
チュートリアルには報酬が出るのか! お得だな!
「それでは行ってきます」
マップにあるTマークがチュートリアルの場所なのだろう。
広大な広場の中にあるらしく、ここからは少し遠いようだ。
町の見物をしながら向かおうかな。
公園に向かいながら、町の喧騒を眺める。
誰も彼もがNPCの黄色のマークがついており、青のPCマークが見当たらない。
人気VRが出るたび、アップデートが行われるたび、父母が夕食の席で「また人が減った」だの、「追加要素が全くない」だのと愚痴っていた。
兄は「辞めちゃえば?」といい放ち、祖父母は「いつまで持つかねぇ」と心配そうだった。
MMOに関わりのない私は話に着いていけず、愚痴を聞くだけだった。
体験して感じる。
始めたものの、大丈夫か? このゲーム。
おっと。
公園の門を通りすぎるところだった。
私はTマークに向けてレンガの敷かれた道を行く。
中央にある広い芝生では緑色のウロコを持つドラゴニアの子どもとネコの耳としっぽを持つアニマリアの子どもが、私達と同じようなヒューマニアの子どもが投げるボールを競いながら取りに行き、ヒューマニアの子どもに渡してまた取りに行くという「取ってこい」的な
……いや、あれはまさに「取ってこい」なのだろうか?
あ、ドワーフのようなフェアリアの子どもが来て、ヒューマニアの子どもも取ってくる側に立った。
でも、ドラゴニアとアニマリアの子どもより遠くにいる。
フェアリアの子どもはヒューマニアの子どもが投げた距離より倍ほど長い距離にボールを投げ、あっという間にドラゴニアとアニマリアの子どもはヒューマニアの子どもを抜いてボールを取って戻って来た。
ああ。と、納得する。
種族の差で役割とルールを変えているのか。
わかってしまえば微笑ましく、遠くから眺めながら微笑む私は不審者だと気づいたら、そそくさとTマークに向けて歩き出した。
Tマークのある場所には陽気な日射しの中、ご老人がベンチに寛いでいた。
予想外なんですけど、気功の先生です。
マークをよく見ると『気功チュートリアル・コウ』と浮かび上がる。
「こんにちは。気功の先生ですか? 気功チュートリアルをお願いした、喜楽と申します」
ご老人はこちらを見て、穏やかに笑う。
「ようこそ。気功チュートリアルへ。早速始めようかの」
「はい。お願いします」
彼の隣に来るよう言われ、座る。
「まずは呼吸から始めよう。鼻から息を吸い、口で吐くんじゃ。 それでは、大きく息をゆっくり吸って」
大きく息を吸う。
「吐いて。次に吸う時は酸素が肺に入り込むことを意識するんじゃ」
肺に入り込む酸素。肩は上がり、横隔膜は下がっているのだろう。
「吐いて。体を巡る血液に肺から酸素が流れるぞ。吸って」
肺から酸素が血液に乗って全身を巡るのを意識する。これは数回繰り返した。
「次からは、吐く時に体内の悪いものを外へ出し、吸う時に良いものを体内へ送りこむことを意識するんじゃ。吸って」
新しい空気を吸い込み、体内の、悪いもの? 二酸化炭素や静脈中の老廃物ととろうか。を意識して吐き出す。
繰り返すこと十数回。
「次は呼吸法を続けながら、流れる風を感じるんじゃ。吸って。 吐いて」
暖かな日が射す中、青い芝生を揺らしながら風は流れてくる。
風を意識しながらした呼吸は、日に当たった青芝のにおいを含んでいるように心地好い。
「目を閉じて。耳で、肌で、全身で世界を感じるんじゃ」
先ほど遊んでいた子どもたちの声が聞こえる。
芝を踏む、軽い足音、驚きの声。
「危ない!」
え?
何かが顔にぶつかる衝撃。
座る、木製のベンチのにおい。
巻き上げられた土埃のようなにおい。
トン、トン、と固い物にぶつかる何か。
目を開いて苦笑する。
レンガ道に転がる柔らかなボールを拾い上げ、子どもたちに向けて投げる。
「ごめんなさーい」
「次から気をつけてね」
「はーい」
子どもたちは駆けて行く。
遠くのフェアリアがこちらに会釈していた。
手を振って、気にしてない。とジェスチャーする。
ベンチに座ってステータスを確認する。
HPは2つ減っていた。
やはり、この体は脆い。
「続けてください」
「では、歩きながらやろうかの」
先生はベンチから立ち上がり、ゆっくりと歩き出す。
「世界を感じながら、このレンガ道を1周するぞ」
穏やかな日射しの中、レンガ道をゆっくりと歩く。
時折、風は強く吹いて木々をざわめかせる。
遠くで鳥は甲高く鳴き、虫はリーリーと鳴く。あの声はコオロギだろうか?
うららかな小春日和。
レンガ道を1周するとベンチの前で先生は私に微笑みかける。
「全てのものに気は宿る。世界全てを感じなさい。さすればお主もーー」
先生はニヤリと笑みを変質させる。
「仙人と、なるかもしれんの」
背を見せた彼は 空中に足を踏み出す。
ホッホッホッと笑いながら、空中に見えない階段を上るように歩いていき、スーッととけて消えた。
何もない虚空を凝視していた私は、インフォメーションが届いた音に驚いて我にかえる。
狐につままれたような。何とも言えない感情を抱きながら、インフォメーションを見る。
《気功チュートリアルが終了しました。
チュートリアルカウンターに報告してください》
《気功レベル0を獲得しました》
《イベント:仙人への道が発生しました》
《ミニゲーム:子どもと遊ぼうが発生しました》
えー、とりあえずミニゲームの内容から見てみよう。
《公園で子どもに声をかけられると、遊びに誘われます。保育士への道が拓きます》
いらないから。
《仙人への道
・戦闘系レベル合計50
・魔法系レベル合計20
・万能レベル20
・錬金レベル20
・気功レベル50
・農耕レベル10
・牧畜レベル10
・建築レベル50
・裁縫レベル50
・鍛冶レベル50
・調合レベル50
・騎乗レベル10
最後に宝貝を作り、気功チュートリアルのコウに渡す》
これ、できた人いるのか?
じっと内容を見つめた後、ギルドのチュートリアルカウンターに向かった。
ーーー獲得スキルーーー
気功(0)
世界を感じ、身体を活性させる。
HP回復速度上昇
石化・即死以外の状態異常の回復速度上昇
+VIT2 STR1
ーーー獲 得 報 酬ーーー
100C
ゴザ(い草で編まれた敷物)
参考:Wikipedia