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黒鳳凰召喚

 あくる日の昼下がり。

後宮の青貴妃と侍女の寧寧のもとに、突然一人の傾城(けいせいの「美女」が訪れた。

 水晶と孔雀の羽根を飾った繻子(しゅす)()の刺繍帽に、金・銀糸を織り交ぜた繻子の袍。そして黄皇后すらも(かす)む程の華美な宝石類を身に付けた妖艶な「美女」は、実は後宮の住人では無い。

麗蘭の弟・龍史明である。

 「史明!どうやって後宮に入れたの?!」

 麗蘭の問いに、後宮の誰よりも高貴で華のある微笑を浮かべて、彼が答える。

 「知らぬ。我が後宮の前でいかにして入ろうかと考えておったら、衛兵が勝手に道を開けて、案内してくれたのだ」

「まったく、連絡もせずに突然来るんだもの・・・っていうより、史明、あなた一応男じゃない!見付かったら斬首(ざんしゅ)よ!」

 だが、当の史明は落ち着きはらった様子で答える。

 「それを言うならば、青慎とて男であろう。案ぜずとも、要件さえ伝えたらすぐに帰るつもりだ。麗宝が黒鳳凰の羽根を探しているという情報が入ってのう。先日我が後宮裏にある西々(せいせい)(たい)(ごう)(びょう)で、それを見付けたという事を教えに来たのだ」

 「ええっ、西々太后の廟で見付けたですって?!どうりで後宮内で見付からないはずだわ!でも、どうして史明がそんな所に?」

 「麗宝の為に氾寧悠の身分を買おうとしておった時、ちと金子(きんす)()りなくてのう」

 「・・・?」

 「我が資金不足の折には、いつも西々太后の廟に行くのだ。するとそこにただ座っておるだけで、皆が不思議と金銭を置いて行ってくれる。中には『ありがたや』と(おが)んで行く者もおるぞ」

 麗宝が思わず、廟の主と同様、金銀財宝が服を着て歩いている様な彼の姿を凝視する。

 (た、確かに似ているわ・・・顔はともかく・・・!)

 史明のとんでもないお金の(かせ)ぎ方を知って、横で聞いていた青慎も絶句している。

 「帰り(ぎわ)に西々太后に礼を言って立ち去ろうとした時、彼女にぜひ宮中に戻して欲しい物があると頼みごとをされてのう。言われた通りに廟の中庭の木の下を掘ると、彼女が黒鳳凰の羽根だという、大きな黒い羽根が出て来たのだ」

 宇宙人とさえ交信していても不思議では無い史明である。彼がどうして西々太后と会話出来るのかという疑問は無視して、麗宝は尋ねた。

 「それよ!その羽根、どうしたの?!」

 「我は自由に宮城へ出入り出来るわけではないからのう。思案しておると、後宮へ出入りしている商人が、皇后へ届けてくれると申し出てくれた」

 「史明、それまさか、渡しちゃったの・・・?」

 「無論(むろん)。後でその商人が引退し、王華府の一角に宮殿の如き邸宅を購入したと耳にしたが、良い事をした褒美(ほうび)でも貰ったのかのう」

 弟のあまりの世間知らず振りに、同じく世間知らずの麗宝でさえ、一瞬目眩(めまい)を覚えた。

 史明は紛れも無い天才だ。だが彼にとって小ずるい商人の発想を理解する事は、どうやら森羅万象を解明するよりも遥かに難しいらしい。

 「史明、その羽根、後宮で金貨5000枚で商人に売られちゃったのよ!誰が羽根を買ったかのかは分かる?」

 史明が珍しく、微かに驚いた様子を見せた。だが、直ぐに無表情に戻ると、占い師よろしく「宣託」を下す。

 「それは当然黄皇后であろう。他の妃が手に入れたところで使い道が無い上、後宮で金貨5000枚もの代金を払える者は彼女しかおらぬ」

 「じゃあ、あの羽根が今どこにあるか分かる?」

「恐らくまだ黄皇后が、肌身離さず持っていることであろう。それより麗宝、我の読みが正しければ、今夜あたりその羽根の方からここへやって来る。そうなる前に、青慎と伴に必ずどこかへ隠れるのだ。よいな、忠告したぞ」

 一方的にそう言うと、彼は部屋を後にする。

 「えっ、ちょっと待って!折角向こうからやって来るなら、どうして隠れなくちゃならないの?!第一今夜もまた、鳳翔様がいらっしゃるっていうのに・・・・ねえ、史明ったら!」

 慌てて史明を追って部屋から出た時。麗宝は丁度彼と入れ替わりに部屋へやって来た女官に、思いきりぶつかってしまった。

 「痛っ・・・ごめんなさい、お怪我はありません?」

 「いいえ、大丈夫ですわ。私の方こそ失礼いたしました」

 後宮の女官の中でも年配の女性が、ひときわ豪華な萌黄(もえぎ)(いろ)の衣を(ひるがえ)して、優雅に礼をとる。

 「青貴妃様お付きの寧寧様でいらっしゃいますか?」

 「はい、何かご用でしょうか」

 「黄皇后様が、今晩こちらへお忍びでいらっしゃりたいと仰せです。どうぞその旨を、宜しく青貴妃様にお伝え下さいませ。それでは」

 女官は要件のみを伝えると、有無を言わせないまま、(きびす)を返して立ち去って行く。

残された麗宝は、呆然とその場に立ち尽くしたまま、一人呟いた。

 「今夜あたり羽根の方からここへやって来るって、こういう事なのね?」

 史明の「占い」は外れた事が無い。

 嫌な胸騒ぎを覚えながらも、麗宝は皇后を迎える準備をする為、女官達に相談するべく急いで部屋を後にした。


     *************


麗宝が青貴妃の部屋で、黄皇后を出迎えていた頃。御史台の、不釣り合いに優雅に飾られた部屋で、彼は独り物想いに(ふけ)っていた。

 彼女が居なくなって以来、ずっと静かなこの部屋に居ると、つい余計な事ばかりを考えてしまっていけない。

 特にこの部屋の(しつ)(らい)は豪華過ぎて、かつての自分の宮城を連想させて困る。白華帝の部屋にもかつて、こんな漆塗(うるしぬ)りに螺鈿(らでん)細工(ざいく)の卓や玻離のグラス等があったのだ。

 本当はもう人ですら無くなってしまったというのに、相変わらず未練たらしく彼女の傍に居る自分を、あの頃は想像すら出来なかった。

 彼に降りかかった呪いは、解けた訳では決して無い。あの三枚の羽根がある限り、いつ化け物になって彼女の命すら奪ってしまうか分からないのに、彼には自らの命を絶つ事さえも許されない。

 千年近く前に起こった黒華族との戦で、彼は例え(あい)()ちになっても、彼等の最強の盾である黒鳳凰を倒そうとした。

 ただの人間でしかない彼が、傲慢にも神獣を(ほうむ)ろうとした罰が当たったのだろう。黒鳳凰の(のどぶえ(ひと)太刀(たち)浴びせた直後には、帰り血を浴びた彼自身が黒鳳凰の化身となっていたのだから。

 戦が終わって人間の姿に戻った時。黒鳳凰であった自分が殺戮(さつりく)した味方の屍の山を見て、彼はその場で自害しようとした。だが、黒華族の長は、最愛の白龍姫を人質にとって彼を脅して来た。もしも彼が黒鳳凰である事を放棄すれば、彼女を黒華族の者に娶らせる。だが、大人しく黒華族の守護神獣として生きるのであれば、決して彼女に手は出さないと約束する、と。

 以来彼は市井に姿を隠して徒人(ただびと)として暮らし、永遠に止まったかの様にも思える時を過ごして来た。彼女もその後は珀家の者と再婚し、息子を一人産むと(ほど)()()った。これでもう自分の命にも未練は無くなったが、せめて彼女の息子の行く末だけは、陰ながら見守ってからこの世を去ろうと思った。

その後息子は珀家の娘と結婚し、双子の姉弟が生まれた。そして当時幼かったこの双子の姿を初めて見た瞬間を、今でも彼は忘れられない。

恐らくは黒鳳凰の血がそう告げたのだろう。彼は(ただ)一目(ひとめ)で雷に打たれたかの如く悟ったのだ。

片方は龍神の化身、そしてもう片方は紛れも無い、最愛の白龍姫の生まれ変わりであると。

それから幾度となく、白龍姫は龍家の娘として生まれ変わって来た。そして何度生まれ変わっても必ず、彼女は彼を見付け出した。過去の記憶も無い筈なのに、いつも必ず彼を愛し、迷わず彼だけを追って来た。

()()なく突き離しても、遠くに離れようとしても。例え彼女の再婚相手までもが生まれ変わり、その度に再び彼女に求婚していたとしても。まるで今生(こんじょう)こそは二度と離れ離れになるまいとしているかの様に、どこまでも彼女は、彼を(した)って追い掛けて来る。

((恵秀兄様))

現在の彼の名前を呼ぶ、甘い響きの声を思い起こし、胸が切なく痛む。

黒華族の皇族は白龍姫亡き後、彼を縛り付ける為に、今度は代々の「龍の花嫁」を人質にとる事を思い付いた。

「龍の花嫁」が白龍姫の生まれ変わりだという事に、彼等は気付いてはいない。だが、この呪いがある限り、彼が彼女の愛を再び受け容れる事は生涯有り得ない・・・・。

出口の無い思索を振り切る様に、彼は御史の仕事に無理矢理意識を集中させようとした。

官吏の仕事は自分から望んで手に入れた物では無い。李家の再三(さいさん)の命令で仕方無く科挙を受けた結果、官途(かんと)に就く事になっただけだ。

麗宝ともこれでとうとう会えなくなるのだと思っていた。だが彼女はなんと彼を追って、宦官の官吏となって目の前に現れた。

そこまでして追って来てくれる彼女に、自分は何も返してあげられはしない。だからせめて、彼女が官吏として苦しむ事が無い様、御史の仕事だけは助けられる様にならなくてはと思う。

溜息を吐いて筆をとり、再び文机(ふづくえ)に向った時。

ふいに彼の頭の中に、聞いた事も無い女性の声が、直接響いて来た。

言葉自体は聞き取れないのに、急にざわりと全身が彼女の命令に備えて研ぎ澄まされる。

声に(あらが)いたいのに抗えない、この畏怖すらも覚える、絶対的な支配の感覚には覚えがあった。

彼が黒鳳凰として召喚される時の兆候だ。

次第にはっきりとして来るその声に反応し、間もなく彼の体にいつもの変化が訪れ始める。

(やめろ、黒鳳凰を呼ぶな・・・!)

だが悲痛にそう嘆願する彼の人としての記憶は、急激な体の変化と伴に薄れそして彼方へと追いやられ・・・全てを呑み込まれた後に現れたのは、闇に妖しく光る黒い神獣の姿であった。


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