表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/72

宦官の御史・氾寧悠

 「史明!史明いる?!」

 龍家の書庫から泣きながら帰って来た麗宝は、いつもの如く真直ぐに、龍家の継嗣である双子の弟の部屋へとやって来た。

 まるで彼女を待っていたかのように開け放たれていた、龍の彫刻を施した黒檀(こくたん)のドアを閉めると、麗宝の好きな花果はなかちゃ()れていた史明が驚きもせずに姉を迎え入れる。

 「史明、聞いて!今日もまた青慎のせいで・・・!」

 「青慎との婚約を盾に、恵秀兄上に通算1000回目の求婚を断られたというのであろう?」

 「史明ったら、数えていたの?!・・・っていうか、何で史明がそんな事知っているのよ?!」

 「青慎も(あきら)めが悪いからのう。彼が麗宝に愛される事は99%の確率で有り得ないと言っておるのに、意地でも婚約を解消する気は無いのだから」

 姉の質問は無視したまま、まるで占術師の様な口調でそう言うと、史明は仕上げにピンクのバラを浮かべた花果茶を彼女に差し出した。

 史明が動くと、全身に隙無く(まと)った装身具がシャラシャラと音を鳴らして揺れる。華美な深紅の袍は、凡人が身に着けていればただのキテレツな京劇役者にしか見えないが、史明が着ると品よく()()えがするのだから不思議だ。

 麗宝と同じ漆黒の黒髪と、神秘的な黒い瞳、そして白皙(はくせき)の、人らしからぬほどの完璧な美貌。誰よりも妖艶な傾城の「美女」である史明が、香りの良い茉莉(まり)()(ちゃ)を飲みながら言う。

 「だが諦めが悪いのは麗宝の方も同様であろう。恵秀が麗宝の愛を受け容れる事は、99・9%の確率で起こり得ないと何度も言っておるというのに」

 「何で青慎よりも私の方が確率が低いの?!それより、縁起でもない事言うのはやめてちょうだい!ただでさえ史明の予言は当たるっていう評判なのに」

 「仕方があるまい。恨むならば、望まずとも森羅万象すら全て解き明かしてしまう、この明晰な頭脳を恨むがよい」

 史明は他に並ぶ者の無い、ずば抜けた天才だ。麗宝も一度見た物は全て記憶出来るが、彼は更に事象の遥か先まで読み通せる天賦の才がある。

明啓塾には史明も籍を置いているとはいえ、あまりに頭脳の出来が違う故に、塾に足を運ぶのは専ら、姉の麗宝以外は誰も読めないことで有名な、彼の個性的過ぎる筆跡を直す練習の為だ。

華美な装いや世俗とかけ離れた雰囲気も相まって、よく占術師と勘違いされる史明だが、「紙一重」と噂される彼の思考を理解出来る者は実際誰も居ない。  

 その彼が、いつもの如く限り無く感情表現の乏しい口調で、唐突に麗宝に語り出す。

 「龍家の娘は嫁に行かぬ。龍家に生まれて来るのが必ず男女の双子なのは有名であろう?白華族の皇族は、代々その龍家の双子の息子(・・)の方と婚姻を結び、龍神の加護を受けて来た。龍家の娘で結婚したのは、百華国の初代皇帝・(はく)()(てい)と結ばれた(はく)(りゅう)()だけだ。それ以降の娘達は全て生涯独身で過ごしておる故、龍家の娘は『龍の花嫁』と呼ばれるようになったのだからのう」

 「伝説では、白華帝は黒華族との戦の最中、彼等の守護神である黒鳳凰(くろほうおう)を殺した際に、その呪いを受けて黒鳳凰の化身となってしまったのでしょう?彼が黒華族の守護神となって以来、白華族は黒華族を押さえるのに苦労して来たのよね。龍の加護を受けた白龍姫の夫である彼を、龍神は傷つけられないもの。二人の間に子供は無かったから、白龍姫はその後龍家の血を絶やさない為に、白華族の皇族だった珀家(はくけ)の者と再婚したと伝わっているけれど・・・」

 「麗宝、先程からさり気無く都合の悪い所を無視しているであろう。私は白龍姫以外の龍家の娘は、皆生涯独身で過ごすと言ったのだが」

 「だっ・・・だからって、私までがそうとは限らないわ!史明だって、少なくとも0・1%の可能性は認めていたじゃない!森羅万象が何よ!私のこの愛で、いつか恵秀兄様との間に奇跡さえも起こして見せるわ!」

 「1000回断られてもまだ求婚する気満々の気力だけは()めて(つか)わすが、恵秀兄上が官途(かんと)()いたら、麗宝はどうやって求婚するつもりなのだ?」

 「えっ・・・?」

 「これまでは彼が龍家の書庫へ出向いていたからこそ会えたのであろう?それが無くなったら、どうやって会うつもりなのかと尋ねておる」

 「・・・・そうだわ、どうしましょう、史明!万が一恵秀兄様が地方にでも赴任(ふにん)なさったら、もう会えなくなるかも知れないじゃない!」

 今更ながら自分の()の悪さに気付いた麗宝に、弟が淡々と言う。

 「恵秀兄上を王華府に引き(とど)めるだけでよいのならば、幾らでも策はある。だが、単に近くに居るからといって、ただ求婚しに行くばかりでは、(てい)よく追い返されるのがオチであろう」

 「じゃあ、私はどうしたらいいの?!」

 「無論、きっぱり(あきら)めるのが(さい)上手(じょうて)ではある」

 「それは嫌!」

 「そう言うであろうと思い、既に手筈(てはず)は整えてある」

 「本当に?!」

 「だが、決めるのは麗宝次第だ」

 史明が茉莉花茶の入った瑠璃(るり)のグラスを卓に置くと、感情の(こも)らない声で説明する。

 「要は恵秀兄上と一緒に居られれば良いのであろう?この度進士となり、御史(ぎょし)(だい)に配属となった宦官(かんがん)の中に、丁度背恰好(かっこう)が麗宝に似た者がおる。訳あって故郷へ帰るというので、先日彼の身分を金貨五百枚ほどで譲ってもらった。恵秀兄上の配属も、御史台となるよう手配してある。麗宝さえ望めば、彼と同じ御史台で宦官として働く事も可能なのだが」

 金貨五百枚とは、王華府の中心部に邸宅が建てられる程の大金だ。だが問題はそこでは無い。

 「宦官って、まさか・・・(べん)(ぱつ)・・・?」

 彼女は思わずグラスを落としそうになった。

 麗宝は弁髪が大嫌いだ。世の中にあんな醜い髪型(しかもハゲ!)があっていい訳が無い。

『試練』の二文字が頭に浮かぶ。しかしこの程度で恵秀への愛を諦めるような麗宝ではない。

 「勿論、(べん)(ぱつ)禿頭(とくとう)には死んでもなりたくないけれど・・・・恵秀兄様の為というのなら、死どころか弁髪ですら乗り越えて見せるわ!有難う、史明!」

 自分の弁髪姿を恵秀に見られる事になるという問題を、都合よく頭の隅に追いやった麗宝は、身分詐称は死罪というのもすっかり忘れて、満面の笑顔で史明の手をとり感謝の気持を表す。

しかしそんな彼女に、弟は無表情のまましれっとして一言付け足した。

 「礼はたったの金貨500枚でよいぞ」

 これで合計1000枚。一見浮世離れして見える弟が、実は一番現実世界にどっぷり(つか)っているらしいという事を、笑顔を急速冷凍させた麗宝が心底悟った瞬間であった。


     *************


 そして、それから約一カ月の後。

 「(はん)(ねい)(ゆう)!氾寧悠はどこだ?!」

 雷鳴の如き怒号を御史台中に(とどろ)かせながら、(いかつ)御史中丞(ぎょしちゅうじょう)(そん)が、「氾寧悠」こと麗宝を探していつものようにドスドス歩き回っている。

 紺の官服を纏った()御史(ぎょし)の一人が、これまたいつも通り遠慮がちに彼に声を掛けて来た。

 「氾御史なら今日もまた、李恵秀のところにお茶を運んで行きましたけれど」

 「またか!一体一日に何度茶を飲めば気が済むんだ、奴は!大体このクソ忙しい御史台に居て、そんな余裕がどこにある!」

「ですが、氾は彼の分の仕事はきっちり片付けてから行きましたよ。彼、李御史にお茶を運ぶ直前になると、いつも超人的な速さで仕事をこなすんです」

麗宝達の直属の上司である孫御史中丞は、それを聞くと(こぶし)をぐっと握りしめ、心の中でチッと舌打ちをした。

(そうなんだ!だから俺もまだ、奴を追い出せずにいるんだよ!)

進士達は皆殆(ほとん)どが地方の名家出身ではあるが、氾家はどうやら百華国有数の名家である龍家と繋がりがあるらしい。龍家の後ろ盾がある氾寧悠に、他の官吏達は表立(おもてだ)っては何も強くは言えない為、やりたい放題の「彼」に注意するのはいつも、中間管理職の孫御史中丞の役目なのだ。

初めこそ可憐な容姿の宦官をどう扱って良いか分からずに、遠慮がちに口を出していた孫ではあるが・・・。今ではどっこい、これほど神経の図太い部下は他には居ないと、嫌という程理解している。

ちなみに御史台に弁髪の官吏はおらず、麗宝も恵秀も、幸いまだハゲにはなっていない。

ドスドスドスドス。孫中丞は足音を更に大きくたてて恵秀の居る御史部屋に入って来ると、すぐさま大声で麗宝を呼んだ。

「おい、氾御史はいるか?!」

「はあ~い!あら、孫御史中丞。どうぞお座りになって」

いつの間に持ち込んだのか。漆塗(うるしぬ)りに螺鈿(らでん)細工(ざいく)を施した美しい卓子が部屋の中央にあり、その上には甘い香りのする花茶が、高価な玻璃(はり)のグラスに淹れてあった。

花鳥の刺繍を施した絹の椅子掛けから視線を移すと、床には光沢のある絹織りの、紺碧の宝石の様な敷物がいつの間にか敷かれている。大ぶりの景徳鎮(けいとくちん)の花瓶には美しい季節の花が生けられ、華やかな彩りを部屋に添えていた。

沈香まで()かれている、宮城の一室に迷い込んだのかと錯覚してしまいそうな豪奢な(たたず)まいの御史部屋に、孫が一瞬目眩(めまい)を起こす。

(また・・・高そうな物が増えている・・・!)

「今、孫御史中丞にもお茶を淹れますわね」

いそいそと立ち上がる麗宝をしかし、気をとりなおした孫が制止し、(ふところ)から出した書類の束を突き付けた。

「俺はのんびりお茶をする為にわざわざ足を運んだわけじゃない!貴様に仕事の不始末の責任を取らせる為にここへ来たんだ!この書類は何だ!」

叩きつける様に渡された書類の束に(しばら)く目を通すと、首を(かし)げて麗宝が尋ねる。

「不始末、ですか?特におかしい所は何も無いと思うのですけれど・・・あっ、もしやこの桃花の香水がお気に召しませんでしたの?前回と同じ薔薇(ばら)の香りではつまらないと思って変えてみたのですけれど」

「一体何度同じ事を言えば分かるんだ?!書類には一切余計な物を書くな、付けるな、そして飾るな!以前貴様が勝手に書類全てを桃色(ピンク)のリボンで縁取(ふちど)りして門下省(もんかしょう)に提出した時には、御史(ぎょし)太夫(たいふ)を始めとする御史台総員が赤っ恥をかいたんだぞ!」

書類を受け取った門下(もんか)侍中(じちゅう)が、肩を震わせながら笑いを(こら)えていた姿を思い出し、孫が屈辱に(はらわた)を煮え繰り返す。

「おかしいわね、あのほうがずっと素敵だと思ったのに・・・」

「おかしいのは貴様の頭の方だ!もう一度やって見ろ、今度こそ貴様を御史台から叩き出してやるからな!」

元は武人だった孫は、気が短いことで有名だ。今にも麗宝に(つか)みかかりそうな彼に、今度は恵秀が淹れたてのお茶をのんびりと勧めて(なだ)めにかかる。

「まあまあ、孫中丞。せっかくですから一服お召し上がり下さい。こちらの玻離の茶器は、先日太子様が氾御史に、金横領事件解決のご褒美として下賜(かし)されたお品なんですよ」

やんわりとした口調で彼が、(くだん)の茶器を自慢げに孫中丞に見せる。「太子様」の一言に、孫中丞が「うっ」と(ひる)んだ。

実は孫中丞は、この恵秀が麗宝よりも苦手だ。

喜怒哀楽がほとんど読めない糸目と、のんびりしている割にいつも鋭い事を言うあたりが、どうも油断ならない気がして仕方がない。

一見ほのぼのとした今の発言ですら、『彼が太子殿下に目を掛けられている』という威光を持ち出して、自分を牽制(けんせい)しているように聞こえてしまうのは、孫中丞の気のせいだろうか。

実際、恵秀の言葉で孫中丞の頭は一気に冷やされた。

(そうだった・・・あれのせいで、余計に氾寧悠を追い出しにくくなったんだ・・・)

脱力した孫中丞がどっかりと椅子に腰を下ろすと、苦々しい表情で、差し出された甘い花茶を一気に飲み干した。

例の事件はごく単純なトリックを使った、金塊の横領事件だった。

まず犯人は、造幣所の帳簿に金塊の仕入れ量を一切記入せず、仕入れ額だけを記入して置く。そして出来上がった金貨を同額分だけ納めて、表向きの帳尻を合わせておく。

本来重さが同じならば、金塊よりも造幣された金貨の方が当然価格は高い。犯人はそこで差額分の金貨を横流ししていたのだが、問題は一体なぜそんないい加減(かげん)でバレバレな事が、何年にも渡ってまかり通っていたかである。

金の採掘と金貨の鋳造は伝統的に黄華族が独占している。そして彼等の頂点に立つ黄家(おうけ)は、戸部(こぶ)と御史台からの、長年にわたる帳簿の開示要求を突っぱねて来た。

黄華族は昔から、百華国の皇族の地位を狙い続けて来た民族だ。数年前に黒華族出身の黒皇后(こくこうごう)崩御(ほうぎょ)し、当時貴妃であった黄家出身の黄貴(おうき)()が皇后となって権力を手中にすると、捜査は更に困難になった。

消えた金貨の行方を辿(たど)って行くと、最後はいつも後宮に辿り着く。しかし後宮は官吏どころか、皇帝でさえも迂闊(うかつ)に手が出せない女の聖域だ。確実な証拠も無しに皇后の住居を捜査する事など、許されはしない。

氾御史である麗宝が、史明に支払う報酬を利用して金貨1000枚の鋳造を申請しなかったら、あの単純なトリックですら決して明るみに出る事は無かっただろう。

(確かにあれは氾御史の手柄には違いない)

あの方法は、龍家に伝手(つて)の無いサラリーマン御史達には死んでも真似(まね)が出来ない裏技だった。

彼には当然感謝すべき筈なのに、それがこうも腹立たしく感じられるのは何故だろう・・・。

「孫中丞、後宮内での金貨の最終的な行方は、その後判明しましたの?」

麗宝が無邪気に尋ねると、我に返った孫中将はようやく、彼女の「不始末」にかこつけてやって来た本来の目的を思い出す。

周囲の人影の有無を確認した後、声を(ひそ)めて孫がきり出した。

「ああ、恐らくはな。後宮に密偵を忍ばせておいた監察(かんさつ)御史(ぎょし)が、皇后様が先日、何やら途轍(とてつ)もない高価な買い物をしたらしいと報告して来た。後宮に出入りする商人達の噂によると、代金は即金で金貨5000枚だったそうだ。だがこれまでに、皇后様個人が黄家からそんな大金を後宮に持ち込んでいた形跡は全く無い。もしも噂が本当ならば、例の金貨は恐らく、皇后様の(ふところ)に納まっていたと見て間違いないだろう」

「金貨5000枚も払うお買い物って、一体どんなお買い物なのかしら・・・?」

「噂では、かなり大きな黒い羽根だそうだ」

「黒い羽根・・・?」

のんびり茶をすすりながら麗宝達の会話を聞いていた恵秀のこめかみが、(かす)かにピクリと動いた。

孫中丞が、更に声を潜めて言う。

「これは極秘とされているんだが・・・数年前、黒皇后様が崩御された折に、黒鳳凰の羽根が行方不明になったのを知っているか?」

「えっ、黒鳳凰の羽根って、行方不明だったんですの?!」

「ああ。当時、黒皇后様の突然の崩御という混乱を利用して、宮中から持ち出されたらしい。これまで全く行方が掴めなかったんだが、このところ後宮内で、それらしき黒い羽根を目撃したという証言があってな」

「・・・・じゃあまさか、黄皇后様がお買いになられた高価な黒い羽根っていうのは・・・・?!」

「少なくとも御史台では、黒鳳凰の羽根ではないかと考えている」

さすがの麗宝も、言葉を失った。

黒鳳凰は黒華族の守護神獣だが、その召喚には二つの条件が必要だ。皇族であることと、黒鳳凰の羽根を持っていることである。

羽根を所持出来るのは皇帝、太子、そして皇后のみとされている。しかし黄皇后は黒華族ではなく、歴史的に敵対して来た黄華族の出身だ。しかも故黒皇后の急な崩御には不審な点が多く、自分の息子を太子にしたがっていた当時は黄貴妃の黄皇后が、暗殺の最有力容疑者ですらあったのだ。当然ながら彼女には羽根は与えられず、黒皇后亡き後には、皇后用の羽根は宮中に厳重に保管されていると誰もが思っていた。

この羽根が黄皇后の手に入るという事が、何を意味するのか分からない麗宝では勿論無い。

黒鳳凰の化身は、普段は普通の人間として市井(しせい)に紛れ、この国のどこかで暮らして居るという。だがひとたび召喚されて神獣の姿に変わると、人としての意識は無くなり、最早もはや召喚した主の命令にのみ従う存在となってしまうと伝えられている。

万が一羽根が悪用されたならば、それは国を滅ぼす結果にすらなりかねないのだ。ましてや、黒華族の地位を狙っている黄華族の黄皇后がこれを使うとしたならば・・・・。

孫中将が慎重に言葉を選んで言う。

「確実な証拠はまだ何も無い。だが、羽根が見付かるまで何もしないのでは、手遅れにもなりかねん。昨晩汀(てい)御史(ぎょし)太夫(たいふ)が早速陛下にこの件を極秘でご相談し、後宮へ羽根捜索の為の密偵を送る許可を頂いて来た」

「でも、後宮は男子禁制ですもの。御史は入れませんわよね?御史台の官吏は皆女装させるにはあまりにも不憫(ふびん)なお顔と体格ですし」

「本来ならば、宦官である貴様が後宮へ出入りするのに問題は無い。だが貴様の場合は既に、御史としての身元が割れてしまっているから、それも無理だ。そこで一計(いっけい)なんだが・・・」

孫中丞の提案を、驚きながらも承諾した麗宝が、真剣な表情で考えこむ。

「ですが・・・その案ですと、やはりもう一人どなたか女装が似合う方が必要です。御史台にはどう見ても、相応(ふさわ)しい人材などいませんわ」

難しい顔をして考え込む二人に、これまで沈黙を保って話を聞いていた恵秀が、のんびりと声を掛けて来た。

「あの~、それならピッタリの人物が、珀家に一人いますけれど・・・?」


     *************

     

翌日の朝。(ほう)(しょう)太子の新しい貴妃が、一人の侍女と伴にひっそりと後宮に入った。

(せい)()()と呼ばれるその貴妃は、中性的な美しさと謙虚で誠実な人柄で、程無く後宮の女性達の憧れの的となる。

女性に興味が無いと知られていた太子が貴妃を娶ったとあり、青貴妃は今や注目の存在であったが、彼女の愛らしい侍女はそんな主人を鼻に掛ける事無く、今日もひたすら目立たずに侍女外交=(イコール)情報収集に(はげ)んでいた。

その、(ねい)(ねい)と呼ばれる侍女の実の名は、龍麗宝。

そして、恵秀に密偵として推薦された美貌の青貴妃の本名は、珀青慎であった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ