矛盾と私の名前
「おーい!シュナイダー!イルミスー!」
「ん?どうしたミミ。留守番していろと言っただろ。」
「なんかね!アイリスさんがね!ギルドの方向から魔法が発動されたって聞いたから来てみたの!」
「やはりか。」
「?シュナイダーはなにか知ってたの?」
「そうだ。こうなるんじゃないかとはじめから知っていた。イルミス、行くぞ。」
「そうだな。鈴を助けに行こう。」
「僕も行くよ!」
シュナイダー達が奥へ入ろうとすると職員に止められた。
「現在ギルドマスターと鈴様が話をしておられますのでこれ以上の侵入はお控えください。」
「ミミ。」
「了解!」
ミミは目にも留まらぬ速さで動くと、職員の後ろに回り込み手刀で職員を気絶させる。
「うっ…。」
「よっと。」
イルミスは倒れかけている職員を支えると近くの物置部屋に職員を入れ、ギルドマスターがいる部屋へと向かった。
「ここなの?」
「そうだ。」
「入ろう!」
ミミが扉にさわろうとしたが見えない壁に阻まれてしまった。
「あれ?シュナイダー!イルミス!ここにシールドがあるよ!」
「鈴を閉じ込めるためのシールドか。」
「どれ、俺にやらせろ。」
シュナイダーは腕を回すと、腕を引き絞り渾身の力を込めてシールドを殴りつけた。
しかし、シールドは大きな波紋を広げるだけでびくともしなかった。
「意外と硬いな。」
「…シールドを拳で破ろうとする人なんて初めて見たな…。」
「こいつ使うか。」
そう言うと背中に背負っていた大剣を構えた。
「せいや!」
ゴンっと鈍い音が響き渡る。
一瞬シールドに亀裂が生まれるが瞬時にそれは直ってしまった。
「ちっ!どこかに術者が居るはずだ。これは相当魔力を増幅して張ってやがる。一人じゃないぞ。ミミ、理由はなんでもいいから兵士を呼んでこい!」
「了解!」
「俺は魔法使いを探してくる。」
「任せた!オラァ!」
「ククク…。あの娘は魔法が使えないと聞いていた。これでもう死んだだろう。後は死体をあの人の元に持って行き聞き出せ―」
「ふふふ、誰が死んだって?」
「何!?」
「残念でした。私は死んでいないよ。私は私を守るためにいるから絶対に死なせるわけにはいかない。」
「ど、どうして生きている!それにその盾は何処から出した!」
「絶対防御、アイギス。またの名をイージスの盾。あらゆる邪悪、災厄を払う魔除けの盾だよ。」
「そんなことはどうでもいい!どこから出した!」
「まったく。しつこい男は嫌われるよって言ったばかりなのに。まぁ…やられたらやり返す。これが鉄則。」
「<魔力よ、盾となれ!シールド!>この杖で増幅されたシールドはこの部屋に張ってあるシールドよりも強い!お前はもう私に指一本触れることはできない!」
「それはどうかな?次にお見せするのはこちらです。」
そう言うと開いている右手から黒い光が溢れだし槍を作り出す。
槍にはルーン文字が刻まれ、白銀の矛先、金色の装飾、純白の柄。
「貫くもの、ブリューナク。すべてを貫き、勝利を約束する槍。」
「そんなやり一本で何ができる!」
「こうするんだよ。」
鈴はギルドマスターの目の前まで歩いて行くとおもむろにブリューナクをギルドマスターの太ももに突き刺した。
シールドなど最初から無かったかのようにブリューナクはシールドを貫通したのだ。
「いぎゃあああああ!」
「人の説明はちゃんと聞くものだよ。」
「な、なぜ!シールドは今も健在なのに…!」
「だから人の話を聞こう?私はこういったよ。すべてを貫き、勝利を約束する槍。この槍の前ではどんな装甲、シールドだろうと意味を成さない。」
鈴はやりを引き抜くとやりを逆さに持ち、ギルドマスターの首に撃ち込んだ。
首に衝撃を受けたギルドマスターは意識を刈り取られ、そのまま部屋の床に倒れ込んだ。
「終わりだね。…さてこのブリューナクとアイギスを当てたらどうなるのかな?」
そう言うとアイギスを下に置き、ブリューナクを突き立てた。
その瞬間一際眩しい光が部屋を包み込みアイギス、ブリューナク共々鈴が出していた武器は消失してしまった。
「…?なんで消えたんだろう。まぁいいかな。そろそろ私も起きるだろうし、私は御暇させていただきますか。次はいつ呼び出されるのかな?」
そう言うと鈴はソファーに腰掛け目を瞑った。
鈴の体から力が抜け、そのままソファーに倒れこんだのだった。
そしてしばらくするとドアが開いた。
そこから入ってきたのはシュナイダー達だ。
三人が一番最初に見たものは床に血を流しながら気絶しているギルドマスターの姿だった。
中程まで入るとソファーに寝ている鈴が居ることに気がついた。
「鈴さんいたよ!」
「鈴は…寝ているのか?」
「こっちは足から血を流してるギルドマスターがいるぞ。」
「ミミ、鈴を見ててくれ。」
「あいよー!」
イルミスは倒れこんでいるギルドマスターを叩き起こす。
「ほら起きろ!」
「ぐっ…。」
「起きたみたいだな。」
「そうだな。さて、お前うちのメンバーに何をしたか教えてもらおうじゃないか?」
「だ、誰が冒険者風情に教え―」
イルミスは怪我をしている太ももを蹴飛ばした。
あまりの痛みにギルドマスターが悲鳴をあげる。
「ぐあああ!な、何をする!」
「何をするって?それはこちらのセリフだ。鈴に何をした?」
「私は何もしていない!」
「なら何故あんなに頑丈にシールドなんて張っていたんだ?」
「そんなもの知らない!」
「外にいる魔法使いがすべて吐いたが?」
「し、知らない!それは私を貶める罠だ!」
「だってさ、イルミス。」
「そうだっな!」
イルミスは再度蹴飛ばす。
「うぐああああ!」
「お前が闇ギルドとつながっているのもわかっている。それに横領の証拠はこの部屋を調べればわかるだろうな。」
「くそ!誰か!誰かいないのか!」
「無駄だ。既に兵士がギルドを制圧済みだからな。」
「僕が呼んだんだよ!速さがとりえだからね!」
「馬鹿な!証拠など何処にも無いはず!なのに何故兵士が動くんだ!」
「今疑わしい発言をしたな。」
「そうだな。証拠ってなんのことだ?」
「ぐっ…。」
「兵士さんはね!ギルドマスターが食料を横領しようとしてるって言ったらすぐ来てくれたよ!」
「…意外と単純なんだな。」
「…そうだな。」
イルミスとシュナイダーがギルドマスターを追い詰めている時の鈴は深い眠りについていた。
しかし、誰かに呼ばれる声がする。
次第にそれは鮮明になっていき、徐々に鈴の意識が浮上する。
目を覚ますとそこはいつか見た白い空間。
何もなく、誰もいない空間。
しかしただ一人、人が居た。
「やあ。」
「…?何だ夢か。」
鈴は一回は起こした体をまた倒してしまった。
「…これでも神なんだけどなぁ…。」
「……?え、今なんと?」
鈴は再び起き上がると声をかけてきた人物に話しかけた。
「これでも神なんだけど。」
「もしかして神様企画を考えた片割れ?」
「片割れとは失礼だな。まあそうだけどね。」
「ふーん。で、私に何か用?」
「君が行使した力について。」
「?私宿で寝てる途中でここに呼ばれたんだけど。」
「覚えてないのかい?」
「何が?」
「これで思い出すかな?」
「っ!?そうだ、あの時あいつが何かをして。」
「それは精神の自己防衛に基づく行為だからあまり怒らないであげてね。君は特別な精神をしているからね。」
「特別?」
「そうだよ。君には二つの人格がある。今の君と君を守るための人格。その子は君の精神が不安定になるとそれをそれ以上悪化させないように出てくる。いわば安全装置だね。」
「あいつが安全装置?」
「そうだよ。君の精神はこの世界にきて二回危険ラインに達している。その時に現れたでしょ?まぁ、精神の保護のため寝てしまっている君には覚えてないだろうけど。」
「…。」
「で、話があるのは正確に言うと君じゃなくてもう一人の君なんだよね。呼んでくれる?」
「え?呼べるの?」
「え?知らないの?」
「え?知るわけ無いじゃん。」
「なら何故君は君と会っていたんだい?」
「どうやってって…あれ?どうやって会ってたんだろう?」
「君は特殊すぎる。それも神の加護を歪めてしまうほどにね。」
「歪めるってもしかして皆が言っていた意味のわからないこと?」
「そうだよ。あいつは加護を与えるときに気が付かなかったみたいだけど、加護ってね、倉木鈴という存在の魂に結びついているんだ。…ああ、これは聞いたみたいだね。まあ復習として聞いてくれると嬉しいな。魂は肉体に宿り肉体が持つ精神が魂と繋がり体をコントロールする。加護もそれと同じようになっているんだ。だが、もう一人の君が入れ替わる時、一度繋がりが切れるんだ。そこで加護と魂の間で綻びが生じて歪みが生じる。」
「結果、皆が言う異常な能力へと変貌する…?」
「そうだよ。加護の名称は聞いたとおりだよ。僕としては放っておけない能力なんだよね。」
「なぜ?」
「この世界には歪みと世界の修正力と言うものが存在する。その能力は一回使うごとに多少なり歪みを生む。しかし、知識と言うもので歪みを最小限に押さえている。しかし、想像を具現化とは大きな歪みを生じさせる。歪んだ世界を正すのが世界の修正力なんだ。」
「難しい話…。」
「ここからはもう一人の君にも聞いてもらおうかな?特別に加護をあげちゃうからそれ使ってね。」
すると鈴の体が淡い光に包まれた。
「これは…?」
「ペルソナ―簡単に言うと人格を表面化させる。間違っても何か出てきたり、召喚できる能力じゃないからね。」
「何故バレた。」
「考えてることは丸見えだよ。あと、叫び声はいらない。」
「何故バレ…まあ了解。」
「使用中は主人格も起きてるから二人でやりとりできるよ。後精神世界だともう一人の君を簡単に呼び出せるよ。」
「こうかな?」
鈴は能力を発動させると光りとともにもう一人の鈴が現れた。
髪型から眼の色、髪の色、顔つき、服装などすべてが瓜二つの自分が現れたのだ。
「いいの?そんなにホイホイ能力与えちゃって?」
「これ事態は歪みには繋がらないから別にいいよ。」
「ふーん。」
二人は同時に相槌を打つ。
「ま、真似するな!」
「別にいいじゃないか、私。これからよろしくね。」
「仲がいいね。これから話すけど、その前に名前を決めてくれないかな?二人共同じ名前だといろいろと厄介だ。」
「名前ねぇ…。」
「私がつけていいよ。」
「当たり前。えっと……じゃあ!リンなんてどう?」
「私がそう言うならそれでいいよ。私のことはスズって呼ぶね。」
「(リンって漢字で書いても鈴じゃないか…。もう少しネーミングセンスあると思ったんだけどなぁ。)」
「決まったよ。」
「あ、ああ。スズとリンね。じゃ、話すよ。リン、君の使ったクアンタムデコンポーションガンはこちらからも歪みが観測できた。存在が曖昧なものほど世界に歪みを生じさせる。あれは使うのやめてくれないかな?」
「いいよ。」
「ありがとう。」
「しつもーん。」
「スズどうぞ。」
「歪みって?」
「歪みは世界線の癌みたいなものだ。幸いこの世界線は隣の技術界と近く干渉しあっているから歪みに対する耐性が高く、歪みに対処する修正力もまた強い。修正力が効かなくなると、歪みが生物に寄生して世界に具現化する。そうなったらもう手に負えない。」
「がん細胞と白血球みたいになことね」
「リン正解。で、歪みが世界線の限界まで達するとどうなると思う?」
「…どうなるの?」
「世界線は負荷に耐え切れず折れてしまう。樹の枝を考えてほしい。折れてしまった枝はもう成長しない。折れた世界線は過去と未来が一生訪れない時の止まった世界になってしまう。」
「よくわからないけど、大変みたいだね。」
「大変なことだとわかってくれればいいよ。そこでリンの能力は世界線に僕が許容できないほどの歪みを与える。人間の想像力は驚愕に値するが、また曖昧であり矛盾している。世界はその曖昧矛盾を許す器を持っていない。リン、先ほどそれを試しただろう?」
「ブリューナクとアイギスのことね。絶対に貫く槍と絶対防御の盾。お互いに矛盾しあう存在。」
「そうだ。リンがそれを行った時世界はその矛盾を正そうと大きな修正力が働いた。結果矛盾した存在の消滅。」
「槍と盾が消えたのはそういう理由だったのね。」
「え?何の話?」
「そこで僕からのお願いがあるんだ。できればその能力は使わないでもらいたい。君たちは一人で一つの加護を共有しているからリンだけの加護を引き剥がすことができない。だから自粛してもらうしか無いんだ。」
「銃火器ならいいのね?」
「そっちならいいよ。あれは曖昧な存在じゃないからね。きちんと世界の理にもとづいて作られているからね。」
「わかった。自粛する。でもこの身に危機が迫れば使わざる得ない。」
「それはしょうがないけど、あまり無茶なことはしないでほしいかな。」
「後もう一つ。私が表に出るとリミッターが外れて身体能力の加護も歪んでしまう。だから体に大きな負荷をかけてしまうんだ。そこを何とかしてくれないかな?」
「そうだね…僕達としてもこれは予想外だった。まさか人間のリミッターが外れ、能力が累乗されるとは思いもしなかった。」
「え?私の体なんか大変な事になってるの?」
「そうだね…少し与えすぎかと思うけど、こればかりは僕達の誤算だからしょうがないね
。リンの身体強化に限り加護とリミッターによる体の崩壊を保護する加護を与えよう。」
「あ、もしかして私の体危なかったりしたの?」
「それじゃ僕の言いたいことはこれだけだから―」
「私を無視するなー!」
「スズ落ち着いて。」
「だって私だけ無視して話進めてるじゃないですかー!ヤダー!」
鈴は三回も無視され無理やり口を挟んだのだった。
「ごめんよ。まぁ、今までのところお仲間さんが直してくれてたけど、筋肉欠損、骨にヒビとか」
「…。」
鈴は自分の体に起こっていた事を聞いて唖然とした。
起きた時には既に治っていたのでそれに気が付かなかったが、身に起きたことを聞くと寒気がする。
「それじゃそういうことだから、その点気をつけて僕の世界を楽しんで行ってね。」
そう言うと鈴の意識は白く塗りつぶされていった。
矛盾とは矛と盾と書いて矛盾と読みます。
なんでも貫く槍となんでも防ぐ盾を同時に販売していた人の逸話で出来た言葉とか言われてますね。
本編は小難しい話になっていますがブリューナクとアイギスはお互いに矛盾し合った存在です。
本来ありえない矛盾が発生し、世界がそれを解決するために修正力が働いたわけですね。
いわばエラー処理です。
これから鈴の呼び方を以下のように設定します。
ペルソナとは心理学で言う自己の外的側面…いわば仮面と言うことです。
ペルソナは幼い頃からの生活で形成されます。
たとえるならば家族への仮面と他人への仮面。
それぞれを使い分けて生活をしています。
人はそれぞれ仮面をつけて生活をしています。
今作でのペルソナとは主人格であるスズと防衛人格であるリンとの仮面の付け替えることを言います。
それにより体の主導権がスズからリンへ、リンからスズへ。
""は片方の意識の声
『』表に出ている心の声
【】特別出演の神様の声