大変でゴザル
翌朝、ラウザと盗賊たちは解放された。
オウルに肩を借りながらラウルは何やら喚いている。
「はななふ、おはへを、ひへいひひへはふははなー!」
最初こそ何を言っているか、誰にも分からなかったが何度も繰り返している内にエレインとナナマルに向けた恨み言を言い続けているという事が分かった。
その執拗さに呆れつつ村の人間たちは、こう考えた。
ラウルの恨みは、この村ではなくエレインとナナマルに向けられている。
もし、エレインとナナマルさえ居なければ、ラウルからの報復から逃れられるのではないかと。
「そうだ!やったのは、そこの男だ。我々は何もしていない」
「エレインをこのまま村に置いておいたら、匿っていると思われるんじゃないか?」
「いや、でも、あの非道な男はエレインが居ようが居まいが、今まで通り、この村を襲うんじゃないか?
だったら、エレインに頼んでナナマルとか言う奴に守って貰えば・・・」
「お前バカか!?
次にやってくるのは盗賊団なんかじゃないぞ?
イバンス家の紋章を掲げた騎士団たちだ!
そんなのが来たら、ひとたまりも無い!」
「やはりエレインには、この村から出て行ってもらうしかないな」
村長の呟きを最後に会議に集まった村人全員が口を閉じた。
それは結論が出た事を意味していた。
12歳の少女を村から追い出すという行為が異常であると考えるなら、それは違う。
この村においては珍しい事ではない。
元々、口減らし候補だったエレインだ。
それが早まったに過ぎない。
ナザル村から半日ほど歩けばトルーナの街に辿り着く。
村人の中にはエレインに同情する者たちも居た。
その者は親切にトルーナの街の方角を教え、僅かばかりの食料をエレインに持たせた。
しかし、子供の足では街への道のりは遠く、トルーナに辿り着く前に食料を食べ尽くしてしまった。
「エレイン殿!あそこに何か見えるでゴザル。
もしかして目的の街かもしれないでゴザル!」
空腹を抱え、俯きながら歩き続けていたエレインがハッと顔を上げる。
しかし、ナナマルの言う街はどこにも見えない。
それは単にナナマルが人間よりも、遥かに遠くまで見通せるためであって、街は確かにあるのだが、エレインにとっては、ぬか喜びとなってしまう。
それがエレインの気力を途絶えさせるきっかけとなり、エレイン、はその場に倒れてしまった。
「エレイン殿?エレイン殿!?どうしたでゴザルか?
返事をするでゴザル!」
いくら呼びかけても返事のないエレインにナナマルは声を掛け続ける。
「まさか、エレイン殿までシンデルになってしまうでゴザルか!?これは大変でゴザル!急いで助けを呼ばねば、また拙者は主人を失ってしまうでゴザル!」
そう言うとナナマルは立ち上がり走り出した。
「大変でゴザル!大変でゴザル!」
そう大声で叫びながら荒野を鎧騎士が疾走する。
「ねぇ、何か聞こえない?」
馬車の中で退屈を持て余していた帝国の王女ラシャーナが目の前の付き人に先ほどから聞こえる音について問いかける。
「さぁ?もうすぐ街です。誰か騒いでいるだけでしょう」
その声は次第に大きくなり、それと共に馬車の周りも騒ぎ出す。
「砂塵が見える!何か来るぞ!総員警戒せよ!」
興味を引かれたラシャーナは馬車の窓から外を伺う。
「大変でゴザル!大変でゴザル!」
声が次第に近付くにつれ、何を言っているのかハッキリと分かるようになる。
何が大変なのだろう?興味を引かれたラシャーナは馬車の外に出てしまう。
「姫様!危険です!」
付き人が悲鳴に近い声を上げる。
ラシャーナの目に騎士風の見慣れない恰好をした男の姿が入ってきた。
あれは何者だろう?何が大変なのだろう?
そう興味深く見ていると、警護兵がナナマルを取り囲む。
「何者だ!この方をラシャーナ姫と知っての狼藉か!?」
質問に答えず、ナナマルは先ほどからの主張を一方的に続ける。
「大変でゴザル!我が主人が動かなくなってしまったのでゴザル。
このままではシンデルになってしまうのかもしれないでゴザル!
助けてほしいのでゴザル!」
「何を言っている?
どこの誰かは知らんが無礼であろう!この方は・・・」
「構いません」
警護隊の隊長の言葉をラシャーナが遮る。
この不思議な男は主人が、どうとか言っていたな。
もし、この男が騎士なのだとしたら、その主人は貴族か何かだろう。
恩を売っておいて損は無いはずだ。
「貴方、名前は?」
「ナナマルでゴザル」
「姿だけでなく、名前まで変わっているのね・・・。
では、ナナマル。貴方の主人の所に案内しなさい」
「助けてくれるでゴザルか?」
「出来る限りの事はします・・・」
「有り難いでゴザル!では、拙者の後について来てほしいでゴザル!」
そう言って走り去るナナマル。
ナナマルの後を馬車で追うラシャーナ達だったが、その表情は一様に
「信じられない」
といった様子だった。
鎧を着た男が馬と同じか、それ以上の速度で走っているのだ。
程なくして一行はエレインの元に辿り着く。
「姫様!不用意に近づかれては・・・」
止めるのも聞かずに倒れているエレインに歩みよるラシャーナ。
暫く様子を見ると懐から小瓶を出し、エレインに中身を飲ませる。
「シンデルでゴザルか?エレイン殿は大丈夫でゴザルか?」
「落ち着きなさい、ナナマル。大丈夫よ。
今、飲ませたのは魔法で生み出された霊薬エレクシル。
私は医者じゃないから、この子が倒れた理由は分からないけど、この霊薬なら、その理由が病気だろうと怪我だろうと、たちどころに治してしまうわ」
「えっ!エレクシル!?姫様!そんな貴重なものを、
こんなみすぼらしい者に・・・」
霊薬の希少さを知る付き人は驚きを隠せないといった様子だ。
「この子を馬車に乗せなさい。連れて行きます。
一応、医者にも見せなくては」
「姫様!このようなものを姫様の馬車に・・・?」
「うるさいわね。この子がどのような者なのか、アナタに解るの?」
「えっ?」
そう言いながらラシャーナはナナマルを一瞥する。
「私の予想が当たっていたら、これは、とんでもない拾いものだわ」
付き人は初めて見るラシャーナの満足そうな笑みの
意味を計りかねていた。