表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ポートレイ  作者: 木琴鳥
1/1

一話


「……くん、着いたよ」


 誰かが自分を呼んでいる。微睡みの中で、声の持ち主が穂香( ほのか)だと分かった。


幸浩( ゆきひろ)くん、中村駅着いた。早くしないと発車しちゃうよ」


 ゆっくり目を開けると、窓枠が目に入った。埃っぽいステンレスの窓枠。電車の窓枠だ。視線を上げると、ガラス越しに駅のホームらしき場所が見えた。駅名を表示する看板が正面に提げられている。眼鏡をかけていなかったので目を細めてそれを読み取る。

 中村。


(ああ、そうだ。俺は穂香と……)


「ああもう、早く! 本当もう発車しちゃうよ!」


 穂香が俺の腕を掴んで引っ張った。ぼんやりとした頭のまま眼鏡をかけ、リュックサックを肩にかけて席を立った。車内に他の乗客はいない。もうみんな降りてしまったのか、初めから誰も乗っていなかったのかは思い出せなかった。いつの間にか寝てしまっていたらしい。

 通路に立つと穂香が幸浩の腕に手を置いた。


「通路、狭いし後ろから袖でも掴んでる方が良いかも」


 幸浩が言うと、穂香は素直にそれに従った。Tシャツの袖を強く握りしめるのが分かった。その感触にふっと心が温かくなった。


「行くぞ」


 幸浩がゆっくりと歩き出すと、穂香も歩き出す。ドアの前までたどり着いて、幸浩は一瞬立ち止まった。反応できずに穂香が背中にぶつかる。


「あう、止まるなら言ってよ」

「ごめんごめん、えっと、ホームに降りるから。十五センチくらいの隙間あるから、気を付けて」

「オッケー。ありがと」


 ホームに降り立つと、じっとりとした夏の空気が身体に纏わりついた。クーラーの冷気に慣れていた体を重たい熱気が包む。強烈な太陽光線も相まって、体から汗が噴き出した。

 穂香も手を引かれながらホームに降りる。幸浩と同じように顔をしかめて「あっつい……」とぼやいた。白いワンピースに日の光が反射して輝く。

 後ろ手に電車のドアが閉まり、轟音と共に線路の遥か向こうへと消えていった。それを待って、幸浩はホームを三六〇度見渡す。そして、いつものように感想を述べる。


「すごく寂しい駅。ホームの隅に錆び付いたベンチが四個並んでて、正面には改札。ちゃんと自動改札になってる。まあ観光地だから当たり前かもだけど。でも横浜とかと違って三つだけ。反対側には別に何もない。木とか、草が茂ってる。いかにも田舎の駅って感じ。駅舎がやたら新しいのが逆に寂しい感じ」


 振り返ると、穂香はにこにこと笑っていた。心底楽しそうなので、幸浩はほっとした。不安そうな顔をしていたらどうしようかと思っていたが、杞憂だったらしい。


「ありがとう。想像できた」

「駅、出ようか」

「うん」


 穂香の手が自分の腕に添えられるのを待って幸浩は歩き出す。ゆっくりと、穂香が付いてこられるように慎重に。あまり気にしなくても、穂香は杖を使って一人でだって少しは歩ける。それでも幸浩は気を遣わずにはいられなかった。今は隣に自分しかしないのだ。自分が、しっかりしていなくては。

 閉じられた双眸に陽が当たって、色白な肌が輝く。瞼の奥の目に、この差すような日差しをどれだけ感じているのだろうか。燦然と輝く、太陽すらも見えないのだろうか。


 丁度一年前の夏に、穂香は視力を失っていた。


お読みいただきありがとうございます。

文章もストーリーも未だ稚拙ではありますが、頑張っていこうと思います。


感想やアドバイス等、いただけると幸いです。お待ちしております。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ