第三話
あの名前呼び事件の後、久世さんは本来の用事である「人の出入りが激しくなる」とだけ告げて、また軍へと帰っていった。
わたしが驚かないようにあらかじめ伝えてくれるなんてちょっと感激だ。
もう2回もやらかしているのに。
(部屋で大人しくしてろって意味…じゃないよね?)
そう考えてから首を振る。
いや、そんなことないはず。
なぜ、こんなにも地雷を踏んでしまうのだろう。
石橋を叩いて渡るつもりが石橋を叩いた瞬間、爆発する。
わたしは、ここまで空気が読めない人間だったのだろうか?
ガックリと肩を落としてしまう。
(いや、でも久世さんの怒るポイントが難しすぎる…!)
こんなにも地雷が見えない人がいるのだろうか。地雷というかあの耽美な顔も相まって、感情すら読み取りにくい気がする。
一緒に働いている人はどう避けているのだろう。
…そういえば、出入りの代表者として『春日さん』という部下を紹介されたなと思い出す。
久世さんとは違い、猫のような細い目と柔らかな口元で、わたしに対してもニコニコと笑っていて、人当たりが良さそうだった。
いや、決して久世さんが人当たりが悪いというわけではなく…!
アワアワとわたしは誰にともなく手を振って否定する。
(…挽回するしかない)
そう、久世さんのわたしへの印象を回復するしかない!
もう失敗をするわけにもいかないので、邸宅で久世さんの好みの聞き込みを開始した。
バタバタと人々があっちへこっちへ入り乱れ、指示があっちこっちに飛び交っている。
(うーん…みんな、忙しいのかな…)
少しだけ疎外感を味わう。
わたしは邪魔にならないよう端へ移動しながら沈んだ気持ちでゆったり歩く。
ふと目をあげると忙しいなかに、くるんとした髪と細い目がこちらを見て、首を傾げる。
猫が遊びたいときにしっぽを振るような仕草が、自然に親しみをもたらしてくれる。
あっ、と口に出す前に相手が軽く手を振ってくれる。
「奥さま、ご機嫌よう」
「はっ…春日さん…?」
「名前覚えててくれたんですね〜嬉しいです」
昨日あった春日さんが人懐こそうな顔でわたしに声を掛けてくれた。
(助かった…!)
天はまだわたしを捨てていなかった。
この場合天というより久世さんかもしれない。
部下といえば1番距離が近く、好みも知っているはず!
「あ、あの、久世さんがお好きなことやもの、ご存知でしょうか…!?」
「えっ…えっ…?少尉の好みか〜、う〜ん」
食い気味に聞くと少し面食らいながらも一生懸命考えてくれる。
くるんくるんと動くピンクの髪のリズムが少し心地よい。
(なんか久しぶりに人と触れたかも…)
「う〜ん、うん、好みないね!」
「…え?」
「あの人、ちょっと違うから」
なにがどう違うんでしょうか…。
怖い人じゃないよ〜とだけ言って春日さんも忙しい輪の中に戻って行った。
時間をいただいて申し訳ない気持ちもあるが、
(えっと…人間だよね…??)
美しく整った顔をしているがまさか化け狐なのでは…と間抜けな想像をする。
まあ、とにもかくにも好みはないとのことなので、消え物がベストだろう。
消え物で、でも日常で必要なものといえば…
(…お弁当なんてどうかな)
これなら消え物であるし、必要なものであるといえる。
それに、わたしだけでも出来ることだ。
冷蔵庫の中身で献立を決めれば良い。
少しだけ厨房を借りれば、対応で忙しいみんなに迷惑もかからないだろう。
さり気なくわたし好みの料理も入れて、好きな物アピールをしよう。
そして、久世さんにもお好きな料理を聞いて、またお弁当を作る約束を取り付けるんだ。ドン、と胸を叩く。
(大丈夫、上手くいく!)
なにを入れよう。
さっそく厨房に向かう。
廊下には人が行き交い、使用人たちは食材や食器を抱えて忙しそうに行き来している。わたしはその間を縫って進む。
忙しいところ申し訳ないが、厨房を使いたいと使用人にひと声かける。
「いま、食材はそこまで揃っていないのでご立派なものはお作りになれないかもしれませんが…」
「ううん。自分で作りたいから、豪華なものじゃなくていいの、大丈夫!」
大丈夫とは言ったものの、わたしが作れる物は知れてるので久世さんのお口に合うか急に不安になる。
(いや!でもおふくろの味とかは結構地味なものが多いし!)
謎の根拠で取り敢えず不安を取り除く。
お弁当の中身は、彩りも大事なので、カラフルにしたい。
冷蔵庫の残りは…どれどれと中を洗い出す。
卵はあるし…お肉…あ、鶏肉がある。
見た目から美味しそうで、でもわたしにできる料理の組み合わせを考える。
定番の唐揚げと卵焼きは作れそう。
あとは色を足してあげたい。
久世さんは、なにがお好きなのかなぁ。
相手のことを考えるのってこんなにワクワクするんだ…!
「…お嬢さま。なにかお手伝いいたしますか?」
悩みすぎていたのか、使用人が助け舟を出す。
「あっ…ううん。大丈夫。自分の力で、作りたいんだ」
ありがとうと言うとスっと自分の仕事へと戻っていく。
(仕事がはやい人しかいないんだよなぁ…)
わたしは遅いうえに完璧にもほど遠いので羨ましい。使用人が久世さんに怒られたところも見たことがない。
(いや、そもそも怒鳴られたことあるのってわたしだけでは…)
その相手が作ったものを果たして食べたいと思うのだろうか。
前向きに考えようと、ふぅと息を吐いて深呼吸をする。
沈む心を慌てて浮上させた。
食べてもらえなかったら自分で食べればいい。
美味しく食べることが、わたしへの手向けになる。
卵を割って一心不乱にかき混ぜた。
同じ釜の飯を食うとはよく言ったものだ。
…お弁当が同じ釜かは置いておき。
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