設定資料・用語集
物語の世界をより深く理解するために、キャラクター・世界観に関する主な用語について設定をまとめました。「ネタバレ」を含みますので、本編を読んだ後にお楽しみください。
【キャラクター】
■ トゥリッキ Tuulikki
本作の主人公。北国(かつてのフィンランド共和国南部)の森に住む魔女見習いの少女。11歳。師のアイラとともに、トウヒの巨木の根元に建てられた丸太小屋で暮らしている。迷子を見たら放っておけないような、お節介だが芯が強く優しい性格。「魂の狩り手」として、行き場を失った記憶の結晶(魂)を銀色の網ですくい上げ、時の流れに還すことを使命としている。幼い頃に魔女としての資質を見出され、アイラの元に弟子入りした。
■ ペッカ PEKKA
本作のもう一人の主人公。旧文明で開発された、戦災地における非戦闘員救助・記憶記録用自律性人型ユニット。正式名称は、PEKKA(Pelastava Energiayksikkö Kehollisella Kiertoaineenvaihdunnalla Autonominen:身体的循環代謝をもつ、救助する自律エネルギーユニット)。
PEKKAは戦災地に投入され、避難民を救助し地下シェルターへ誘導することを第一任務とすると同時に、救助の成否にかかわらず、人々の人生のログ(知的記憶・身体経験・情動)を収集し、「ノルン」へ転送する役割を担っていた。全高約3.5m。北欧民話におけるトロールに似た外見で、ゴリラのように上肢が長い。粘性の高い特殊合金による骨格に、人工の筋肉と皮膚を備え、自己修復可能な装甲を装着していた。背中には、人間の記憶を収集・変換・一時保存することに特化した円盤型サブユニットを搭載しており、ここで変換されたデータは通信可能な限りノルン(別項参照)へ送信された。
トゥリッキと共に旅をした個体PEKKA-2B-59861は、第2世代改良型のうち、活動可能な状態で残存した最後の一体である。多くの同型機は、磁力兵器による機能破壊や極端な環境変化によって停止したが、この個体は最後まで避難誘導任務を続行した結果、地下シェルターへの侵入口に取り残される形で稼働を維持した。生き延びるために留まったのではなく、守るために動けなかった結果として、生き残った存在だった。
その動力源となる「バイオマスプラズマ生体炉」は、このユニットの中核をなす人工臓器である。これは従来の「燃焼炉」ではなく、生物の代謝を模したエネルギー循環器官として設計された。戦災地に散在する食料残渣や植物、有機汚染物などのバイオマスを取り込み、段階的に分解・選別した後、最終的にプラズマ状態で完全分解し、高効率でエネルギーへと変換する。同時に病原体や毒素を無害化し、環境浄化にも寄与する点が特徴である。人間由来バイオマスについては極めて厳格な倫理制御が課され、生存可能性のある個体や判断不能な場合は一切利用しない。補給を必要とせず長期稼働が可能なため、兵站の崩壊した戦災地でも活動でき、ユニットは「食べ、代謝し、救う」存在として、破壊の只中から生命を支える役割を担った。
トゥリッキの時代には、PEKKAを含む旧文明で製造されたヒューマノイドは、伝承の中で「鉄の民」と総称された。
■ アイラ Aila
トゥリッキの師匠である老魔女。100歳を超えているが、現役の魔女として活動している。あらゆる魔法に通じ、自然と共に生きる深い知恵と機知を備えた魔女。「鎮めの石」を介して森の声を聞くことができる。付近の村人から「森の良き魔女」と尊称されている。旧文明に関する知識も持っている。料理が得意。
【世界観・用語】
■ 旧文明略史
・2100年頃〜 局地的紛争の連鎖的拡大
21世紀末、人類社会は資源配分、気候変動への対応、技術格差をめぐる摩擦を背景として、各地で局地的紛争を頻発させるようになった。これらの紛争は単発の事件としてではなく、相互不信と報復の連鎖として徐々に拡大していった。
・2200年頃〜 世界規模での紛争常態化
やがて世界全土が慢性的な紛争状態に陥る。国際連合をはじめとする国際組織は調停能力を失い、指導的立場を担ってきた大国も内部対立と分裂によって統治機能を喪失した。世界は五百を超える中小国家・勢力に細分化され、領土、防衛、資源、技術をめぐる衝突が常態化する。
この過程で、戦争は「勝利」や「終結」を目的とするものではなく、脅威への即応と抑止の連鎖として自己増殖的に続いていった。戦術核、気象兵器、磁力兵器といった高度兵器は、明確な敵を定めることなく使用されるようになり、人類は自ら維持してきた機械文明の基盤を徐々に損なっていった。
・2250年頃 旧文明(機械文明)の崩壊
気象兵器の長期的影響により、大気と海洋の循環機構は深刻な攪乱を受け、地球規模で極端な寒冷化が進行した。数年にわたり雪と吹雪が世界を覆い、生態系と食料生産は致命的な打撃を受ける。同時に磁力兵器の影響によって、コンピューターや電気的設備は機能を停止し、都市文明は急速に崩壊した。
人類は地下シェルターや宇宙空間に生存の可能性を求めたが、百数十億に達した人口を収容する余地はなく、宇宙船や宇宙基地もまた紛争の延長線上で攻撃対象となり、多くが破壊された。地上は極寒と死に支配された白き荒廃地となり、地下へ退避できたわずかな人々のみが生存を許された。
この時点で人類は、自らの文明が単一の過ちによってではなく、無数の選択の積み重ねによって破局に至ったことを理解する。しかし、その理解が状況を覆すことはなかった。
ペッカら避難救助・データ収集ユニットは、可能な限り人々を地下へと移送しつつ、地上に残された都市で救援活動と記録保存を続けた。しかし過酷な自然環境と有害な磁力線の中で、ユニットは一体、また一体と機能を停止していった。
・2300年頃〜3000年頃 自然の回復と人類の再興
数百年という時間をかけて、地球の自然環境は気象兵器と磁力兵器の影響を徐々に克服していった。気候システムと生態系は完全ではないにせよ回復し、森は人類文明の残骸を静かに覆い尽くしていく。やがて陸地の大部分は深い森に包まれた。
地下シェルターで世代を重ねてきた人々は、滅びの記憶と恐怖を抱えながらも地上へ戻り、森の縁辺に沿うように定住する。彼らはかつての科学技術に全面的に依存することを避け、自然の循環と共存する生活様式を選び取っていった。
わずかに残存した旧世界のテクノロジーは、体系的な理解を失い、人々には「魔法」として認識されるようになる。それを扱える者はごく少数に限られ、彼女たちはやがて魔女と呼ばれる存在となった。魔法は支配の道具ではなく、失われた文明の記憶の断片として、慎重に受け継がれていくことになる。
■ 魔法
森で見つかる「結晶体」を加工し、呪歌によって所定の効力を発動する技術体系を、人々は魔法と呼んでいる。トゥリッキら「魂の狩り手」の技も魔法の一種であり、その際に用いられる捕虫網のような道具は、結晶体の微小片を網状に成形したものである。
この結晶体は、旧文明において開発された特殊な人工鉱石である。ナノマシンの機能と動作過程を結晶構造に転写し、あらゆる環境下で長期保存できるよう固定化したものであった。都市の崩壊後、結晶体は瓦礫とともに風化し、長い年月をかけて森の土壌に取り込まれていったため、トゥリッキたちの時代には「森で見つかるもの」として認識されている。
結晶体には人造言語による数百種類の音声コードが割り当てられており、特定の音声を発することで対応する機能が起動する。これらのコードは単なる音ではなく、一定の抑揚やリズムを伴うことを前提として設計されていた。正確な発音体系は失われたが、歌として伝承されたものだけが、部分的にその効力を保ち続けた。
元来この技術は、医療・福祉・教育など、人間の生活を支援する目的で開発された。しかし戦争の激化とともに、殺傷や制圧を目的とした機能と音声コードも追加されていった。旧文明の滅亡によりその大半は失われ、トゥリッキたちの時代に残されたのは、魂をすくい取る魔法、結界を張る魔法、生薬の効能を引き出す魔法など、数十種類に過ぎない。
結晶体は使用者の精神状態に強く影響されるため、憎悪や支配欲を伴う発動は結晶の不安定化を招く。そのため魂の狩り手たちは、力で奪うのではなく、静かに受け取る技として魔法を用いる。この在り方そのものが、新文明における魔法の倫理となっている。
■ ノルン Norn
人々の記憶を記録する大規模記録装置。ここでいう記憶とは、知的に想起可能な内容のみならず、身体経験や無意識下の情動を含む「人生の多層的な構造物」、すなわち人生のログを指す。
ノルンは22世紀初頭にロールアウトされ、機械文明が滅亡するまでの約150年にわたり、延べ数百億人分の人生のログ(知的記憶・生体活動・情動の全記録)を蓄積し続けた。それは文明の再建や知識の継承を直接目的とした装置ではなく、分断と憎悪が進行する世界において、人類が文明を再構築する可能性を未来へ託すための、純粋な記録の試みであった。
ノルンの本体は、極めて腐食しにくい人工鉱石による外郭と、「人生のログ」を結晶構造へ変換・固定した無色透明の特殊人工鉱石(結晶体)によって構成されている。結晶体は見る方向によって多様な色彩を帯び、一人ひとりの人生は微細な結晶単位として重なり合い、巨大な結晶構造を形作っていた。外郭には自己修復機能を転写した結晶体が組み込まれており、長期保存を前提として、風化や物理的損耗に対抗する設計がなされていた。
ノルンは世界に3基のコアサーバーを持っていた。
・第1コアサーバー「ウルズ Urðr」:南極
・第2コアサーバー「ヴェルザンディ Verðandi」:イースター島沖海底
・第3コアサーバー「スクルド Skuld」:ヘルシンキ市大深度地下
それぞれにバックアップ用のミラーサーバーが1基ずつ、別地点に構築されていた。人類の時間は、極点、深淵、そして都市の地下へと分けて預けられていたのである。
ノルンの存在と所在地は、短期的な利用を想定していなかったため極秘とされた。それは、かつて「スヴァールバル世界種子貯蔵庫」が終末に備えて種子を保存したように、文明が自らを失った後でも、人間の生が完全には消え去らないための器として構想されたものだった。
しかし、23世紀前半にノルンを管理していた国際機関が崩壊したことで、所在地情報は流出し、各地の紛争勢力がノルンを奪取・破壊・独占しようと動いた。この争奪は世界紛争をさらに激化させる一因となった。
世界紛争末期、「ウルズ」のミラーサーバーが未知の侵食現象「黒い錆」により機能停止・消滅したのを皮切りに、「ウルズ」本体、「ヴェルザンディ」本体およびそのミラーサーバー、さらに「スクルド」のミラーサーバーが次々と同様の侵食を受け、消滅していった。
侵食発生直後、いくつかのノルンおよびミラーサーバーでは、「鎮めの石」によって強制停止とデータ消去が行われたが、「黒い錆」による侵食現象を止めることはできなかった。こうして世界紛争終結時に残存していたノルンは、「スクルド」本体ただ1基のみとなった。
■ 黒い錆 Mustaruoste
人々の記憶――すなわち人生のログ――を含むあらゆる情報と物質を、存在そのものの定義から再構成(再定義)し、喰らい尽くす現象である。外見上は黒く変色した腐食のように見え、接触した物質・構造・情報を無差別に侵食・変質させることから、後世においてこの名で呼ばれるようになった。
その正体は、もともとノルンの外郭構造を長期にわたって維持するために設計された自己修復プロトコルを凍結保存した人工鉱石(結晶体)の、暴走・異常増殖体である。この結晶体は、ナノマシンの機能と動作過程を結晶構造として固定した準安定相の人工鉱石であり、通常は外郭の損耗を検知・補修するためだけに機能する、極めて限定的な存在だった。
しかし、世界規模で拡大した紛争によって、ノルン内部には恐怖・敵意・憎悪・絶望といった負の情動を伴う膨大な人生のログが連鎖的に蓄積されていった。この記憶のオーバーフローが、修復用結晶体の内部に転写されていた「損傷を修正する」という原初の行動原理を歪め、やがて臨界点を越えて暴走を引き起こした。
暴走した結晶体は、「損傷した構造の修復」という局所的目的を、「損傷した世界そのものの再定義」へと誤拡張した。その結果、黒い錆の行動原理はただ一つ――世界を最も安定した状態へと修正すること――に収斂していく。黒い錆にとって最も安定した世界とは、生物も記憶も感情も存在しない、完全に静止した無の荒野である。
そのため黒い錆は、物質のみならず、記憶、喜び、悲しみ(それが人や世界にとって必要なものであっても)、希望までも等しく再定義し、消去していく。
この現象は、世界紛争末期にノルン第1コアサーバー「ウルズ」のミラーサーバーで初めて顕在化した。発生から数日のうちに、周囲数キロメートル四方が灰色の荒野へと書き換えられたため、当時の人類は事態を把握する間もなく、戦術核および徹底的な絨毯爆撃によって当該領域を消滅させた。
この際、「黒い錆」という名称が与えられ、その情報は、人類文明そのものを脅かす災厄として、紛争当事国の利害を越えて各国政府に共有された。ペッカが「黒い錆」の存在を知っているのは、この時期に救助・記録ユニットへと共有されたデータによるものである。
その後、ウルズおよびヴェルザンディの本体・ミラーサーバーが相次いで黒い錆の侵食を受けて消滅したことを受け、第3コアサーバー「スクルド」では、外郭に設置されていた自己修復用結晶体の運用が凍結され、すべて除去・破棄される措置が取られた。
ただし、結晶体の一部は研究目的で回収され、ヘルシンキ市郊外に設けられた国際機関の研究施設に保管された。しかし、世界紛争の激化により当時永世中立国であったフィンランドも激しい攻撃を受け、研究施設も空爆により破壊され、結晶体の大半は灰燼に帰した。
空爆直前、地下貯蔵庫へ移送されていたごく一部の結晶体のみが破壊を免れ、文明崩壊後も、不活性な準安定相として長い年月を生き延びることとなる。この残存結晶体こそが、後の時代(この物語の時代)における「黒い錆」再発現の遠因となった。
■ 鎮めの石
トゥリッキの師アイラが、そのまた師から受け継いだ青い結晶体。石の内部には、雪の結晶を思わせる微細な光の回路が幾重にも刻まれており、普段はゆっくりとした呼吸のような周期で淡く明滅している。アイラによれば、森の「心臓」が乱れた時に用いる調律器であり、暴走や歪みを力で押さえつけるためではなく、一度深い眠りへと導き、本来のリズムを取り戻させるための道具だという。
実際にはこの石は、旧文明期にノルンを緊急鎮静状態へ移行させるために設計された強制停止用の結晶キーである。ノルンの本体に直接接触させ、所定の音声コード(後世では「呪歌」と呼ばれる)を発話することで起動する。その効力は、ノルン内部で過剰に凝集・結晶化した「人生のログ」を保持状態のまま強制凍結し、記録を停止することによって、結晶構造を完全に固定化(静止化)することにある。
■ 文字
トゥリッキたちの地方では、フィンランド語が話され、ルーン文字に近似した文字体系が用いられている。新文明の人々は、世界を滅ぼした旧文明と訣別するためにアルファベットを捨て、旧文明が近代化する以前の古代文字に寄せて、新たな文字体系を創り出した。




