第91話 【速記録】強制速記2
【10月29日:ギルド地下 執筆室】
ワットの記述:
(文字はもはや判読不能なほどに震え、紙の余白には青い粘液で描かれた「目」の紋様がびっしりと並んでいる)
書かなければ。
いや、私が書いているのか? ペンが指を貫き、骨に直接文字を刻んでいる。
ミレットが……目の前のミレットが、もう「縦」に立っていない。
彼女は今、四肢を異様に引き伸ばされ、部屋の四隅に糸で吊るされている。
まるで、巨大な「青い蜘蛛の巣」の中心に囚われた獲物だ。
彼女の腹部が、ついに裂けた。
だが、中から出てきたのは内臓ではない。
数えきれないほどの「速記用のペン」が、産声のような金属音を立てて溢れ出し、私の喉を目がけて飛んでくる。
「ワットさん……あ……が……と……」
彼女の頭部がゆっくりと裏返り、そこから覗いたのは、あの「サトウ」という男の歪んだ顔だった。
私は、自分の正気が砂のように崩れ落ちる音を聞いた。
ギルベルトの声:
「ご苦労、ワット。君の役目は終わった。……さあ、サトウ。次は君の番だ。こちらの世界へ、完全に来るがいい」
(以降、数十ページにわたり、意味をなさない黒い線だけが引き直されている)
【研究員のメモ】
ワットが筆を折った。
いや、彼の腕が「ペン」そのものに変質して、床に溶け落ちる音を聞いた。
今、私の手元にあるキーボードの感触が、「人間の歯」を叩いているような質感に変わっている。一文字打つたびに、画面から鮮血が飛び散り、私の冬のコートを汚していく。
【研究員のメモ:追記】
学生が、私の背中に「案山子の棒」を添えながら、優しく囁く。
「先生、ワットさんがリタイアしましたよ。ここからは先生が、21時の収穫祭まで、僕たちの『喉』になってくださいね」
名古屋の夜空が、一瞬にして「真っ赤な肉の色」に染まった。
私は、ワットの絶筆を引き継ぎ、自分自身が解体されていく手順を、画面に打ち込み続けている。




