第89話 【研究メモ】佐藤の記録3
【研究員のメモ】
名古屋の自宅。そう思っていた。
私は確かに、地下鉄に乗って、住み慣れた中区のマンションに帰り、自分のベッドに横たわったはずだ。だが、目を覚ますと、天井がドクンドクンと脈打っている。
「先生、おはようございます。よく眠れましたか?」
枕元に立っていたのは、学生ではない。
あの「青い腕の御者」だった。
彼は私のサイドボードに、名古屋の名物ではなく、あの「塩味の焼き魚」を置いて笑っている。私は慌てて窓を開けた。
そこにあるはずの久屋大通公園は消え、代わりに広がっていたのは、見渡す限りの「青い花の海」だった。
ビル群は巨大な肋骨のように天を突き、テレビ塔はギルベルトの「監視塔」へと姿を変えている。
戻ったのではない。
私が「ナガノ」で扉を開けた瞬間、名古屋という街そのものが、王暦125年の拠点村へと強制的に置換されたのだ。
【ミレットの手記:10月28日】
不思議な夢を見たわ。
ナガノの「サトウ」さんが、私の住んでいるこの部屋で、震えながら板を叩いている夢。サトウさんの部屋の壁は、私の部屋の壁と同じように、温かくて柔らかい肉でできていた。
「私たちは、同じ場所にいるのね」
そう思った瞬間、私の腹部の中で、何百もの「私」たちが一斉に産声をあげた。
【ギルド長の執務日誌:10月28日】
収穫祭まで、あと3日。
「サトウ」という名の苗床も、無事にこちらの土壌へ定着したようだ。
ワットに書かせている「熟成の記録も、まもなく完成する。
ルキアの眼鏡越しに見るこの世界は、なんと安らぎに満ちていることか。
21時。
その時、王都も、拠点村も、そしてサトウのいた「異国」も、すべてが私の胃袋の中で1つになる。




