第81話 【個人手記】速記官アイルの手記
今日、ギルドの受付に「サトウ」という奇妙な男が現れた。彼の姿を見た瞬間、僕の肌の産毛が逆立ち、同時にどうしようもない「懐かしさ」に襲われた。それは、ずっと昔に失くした自分の欠片を見つけたような、あるいは、未来の自分の成れの果てを鏡で見ているような、おぞましくも甘い既視感だ。ワットさんなら、この胸の奥でドロドロと蠢く「モヤモヤ」を、もっと詩的に、あるいは論理的に言語化できたのかもしれない。だが、今の速記官は僕だ。
僕は、この男が纏っている「異質な空気」を詳細に記述し、ギルベルト様に報告しなければならない。サトウが時折見せる、虚空を凝視するような怯えた目。その視線の先にあるものを、僕が「言葉」という楔で固定してみせる。
もし、この報告でギルベルト様に真に認められれば、父上――次期村長の立場は盤石なものとなり、階段を一気に上ることができるだろう。父上のため、そして僕の野望のために。
【研究員のメモ】
アイルが私を見ている。彼が日記にペンを走らせるたびに、私の首筋に「刃」を立てられているような痛みが走る。彼が感じる「懐かしさ」の正体は、私がかつて、彼と同じように「功名心」のために安良木村を売ろうとしたからではないか?
【研究員のメモ:追記】
学生が、私の影を踏みながら囁く。
「先生、アイル君が『懐かしい』って言ってますよ。それは、先生の魂がもう、100年前のインクになって彼に注ぎ込まれているからですよ」
長野の夕景が、アイルの使うインクのように、どろりとした黒色に染まっていく。私は、アイルという「若き野心家」の出世のための、ただの「報告書」になったのだ。




