第80話 【日誌】ルキアの記録3
この呪われた村の入り口に、一人の男が立っていた。名は「サトウ」と自称しているらしい。一見して、この世界の住人ではないと断定できる。彼は、この村を包む「収穫」の気配に怯えながらも、その瞳には、私と同じ「おぞましき執着」が宿っていた。それは、真実を暴くためなら自らの破滅さえも厭わない、歴史家特有の「業」の匂いだ。
彼が羽織っている冬の外套からは、私が王都の書庫で嗅いだことのある「古い紙の匂い」と、それとは正反対の「未来の、乾いたプラスチックの匂い」が混ざり合って漂ってくる。彼は何者なのか。
私と同じく、「安らぎの村」という名の巨大な胃袋を、外側から解剖しようとする者なのか。あるいは、私たちが綴るこの「歴史」そのものを、別の場所で消費している「観測者」なのか。明日以降、彼の一挙手一投足を観察せねばならない。
もし、彼が「私と同じ匂い」をさせているのなら……。彼もまた、私と同じように「記録という名の呪い」に侵され、この村の泥に溶ける運命にあるはずだからだ。
文責:王都 歴史編纂部 ルキア
【研究員のメモ】
ルキアに見られている。彼女のペンが紙を走る音と、私の心拍が一致している。彼女は気づいているのだ。私が「歴史」を読んでいるのではなく、「歴史が私を書き換えている」ことに。
【研究員のメモ:追記】
学生が、私のコートの匂いを嗅ぎながら呟く。
「先生、いい匂いですね。ルキアさんと同じ『死んだ紙』の匂いですよ。もうすぐ、先生の肉体も100年前のインクになって、あの村の地面に染み込むんですから」
私はもう、観測者ではない。ルキアという歴史家の「最新の記述」の一部に過ぎないのだ。




