第79話 【日誌】ギルド長の記録4
先ほど、ギルドの門を潜った「サトウ」なる冒険者……。一目見て、肌が粟立つような不快感を覚えた。奴は、冒険者特有の「死の匂い」を纏っていながら、身を守るための鎧を一切着けていない。代わりに、この村の穏やかな秋空の下で、身を切るような極寒の地から来たかのような、厚手の奇妙な外套を羽織っていた。
奴の目は、この世界の風景を見ていない。空ろな眼球の奥で、無数の「文字」を追い、私や村の日常を、あたかも「標本」であるかのように冷徹に観察している。さらに、奴が持ち歩いている「光る板」……。そこには、ミレットの独白や仮面の人物の隠し事、果ては私のこの思考までもが、リアルタイムで刻まれているのではないか?
ルキアという王都の蛇。仮面の亡霊。そして、サトウという「境界の向こう側」からの覗き見。
事態は、もはや私の「野望」を脅かすレベルにまで達している。これは偶然の迷い込みではない。私を、この村の「理」を、根底から否定しようとする侵略だ。全員、抹殺せねばなるまい。一人も残さず、あの「収穫祭」の肥やしにして、その記憶ごと、この世界の粘土の中に埋めてやる。サトウよ、お前が今読んでいるその一文が、お前の「遺書」になるのだ。
【研究員のメモ】
指が震えて、キーボードを叩けない。ギルベルトが日誌の中で、明確に私――サトウを殺すと宣言した。これは記録ではない。リアルタイムの殺害予告だ。
プレハブの外の空気が、急激に冷え込んできた。長野の冬の寒さではない。異世界から漏れ出した、王暦77年の「災厄の冷気」だ。
【研究員のメモ:追記】
学生が、私のコートの襟を正しながら笑っている。
「先生、ギルベルト様が怒っていらっしゃいますよ。覗き見は『イザナギ』と同じ、死の禁忌ですから」
生徒の姿が、青い粘液を滴らせながら、巨大な「ギルベルトの目」に変質していく。
私の「文責」は、ここから先、自分の死亡記事を書く作業に変わるだろう。




