第72話 【個人手記】調査員ミレットの記録20
「なあ、ミレット。なんでお前が生きてんだ? 俺は、お前の代わりに死んだのに」
枕元に立つアイゼンが私を見下ろしている。彼の顔には、あの案山子と同じ「赤と黒の縞模様」の裂傷が走り、そこからドロドロとした青い粘液が私の布団に滴り落ちている。
「ねえ、なんで早く来てくれなかったの? 私たちが死ぬ前に」「調査員はいつも遅いんだよ、来るのが」
カイルとルナが、私の耳元で交互に囁く。二人の体からは、あの宿屋で食べた「塩味の焼き魚」と同じ、鼻をつくような強烈な潮の香りと、甘い花の香りが漂ってくる。
そうだ、私はいつも遅い。私が、もっと優秀なら――。
「はぁ、夢か……」
飛び起きると、全身が嫌な汗で濡れていた。だが、夢で片付けることはできなかった。私の足元には、アイゼンが履いていたはずの泥だらけの靴が、一足だけ置かれていたからだ。その靴の中には、まだ温かい「青い液体」が並々と注がれ、ゆっくりと脈動していた。
私は、彼らの命の分まで生きなくてはならない。喉の奥で、「私が、私が」と笑う複数の声を噛み殺しながら、私は震える手で靴を抱きしめた。
【研究員のメモ】
夢を見た。学生が私に向かって「先生、遅いですよ」と笑う夢だ。目覚めると、私のキーボードの上に、学生が使っていたメガネが置かれていた。レンズは青い粘液で曇り、そこには「合格」という文字がびっしりと刻まれている。
私の償いは、21時に彼らを「収穫」し、私の一部として完成させること。
喉の渇きはもうない。私は、彼らの声で歌い、彼らの目で、この世界の終焉を見届けるのだ。




