4回目 桜花一鱗(おうかいちりん)
第一幕:竜の娘と、名もなき亡霊
大陸の果て、常に桃源郷のような桜が咲き乱れる「霊桜谷」に、その娘・**柳**は住んでいた。
彼女の正体は、天を駆ける瑞獣・桜花竜。
その鱗は、春の陽光を透かす薄紅色の花びらそのものだった。
数ヶ月前、彼女は深手を負って行き倒れていた一人の剣士、**灰**を救った。
人の姿に化け、献身的に介抱するうちに、二人はいつしか恋に落ちた。
しかし、灰の正体は、故郷を竜に焼かれた過去を持つ「竜殺し」の剣士。
彼は各地で竜を屠り、その呪縛に囚われていた。
第二幕:隠された勅命
ある夜、柳は暗い顔をした灰から、残酷な真実を告げられる。
この国の王が、不老不死と繁栄を約束するという桜花竜の「逆鱗」を求め、灰に命を下したのだ。
「あの竜を殺し、鱗を持ち帰らねば、俺の首は撥ねられる。……だが、柳。俺はもう、竜を殺したくはないんだ。あの鱗の輝きが、お前の瞳に似ていると気づいてから、剣が重くて仕方ない」
灰は、静かに笑った。それは、自らの死を受け入れた者の顔だった。王命に背けば処刑。戦わなければ死。彼は、柳を守るために自分が死ぬ道を選ぼうとしていた。
第三幕:散りゆく決意
柳は悟った。彼を救う道は、たった一つ。 彼に自分を殺させ、その手柄で彼を生き延びさせること。
翌朝、霊桜谷に巨大な咆哮が響き渡った。 灰の前に現れたのは、美しくも猛々しい、桜色の鱗を纏った大竜だった。柳はあえて、灰の憎き仇である「街を焼いた竜」と同じように、激しく炎を吐き、彼を追い詰める。
「……やはり、お前も化け物だったのか!」
灰は絶望に叫び、剣を抜いた。死闘の末、柳はわざと喉元を晒した。 灰の剣が、彼女の胸にある、唯一逆向きに生えた「逆鱗」を貫く。
終幕:花吹雪のなかで
「……ぁ……」 断末魔の代わりに漏れたのは、愛しい人の名を呼ぶ、柳の声だった。 竜の姿が解け、灰の腕の中に残されたのは、胸を朱に染めた柳の体だった。
「柳……? なぜ、お前が……」 「生きて……灰。その鱗を持って、あなたは……光の下を歩いて……」
柳の体が光の粒子となり、無数の桜の花びらとなって舞い上がる。 灰の手の中には、一枚の、透き通るような薄紅色の鱗だけが残された。
王への献上品。彼を救うための、愛の証明。 灰は、降り注ぐ花吹雪の中で、二度と戻らない温もりを抱きしめ、慟哭した。




