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彼にムカついたら、カフェに行け  作者: 夏梅
母性、有給休暇中。——「優しくする私」をちょっと休ませてみる。
2/2

既読スルーと沈黙のメッセージ


カフェの外は、雨が降り出していた。

小粒で、でも確実に濡れるタイプの雨。


窓ガラスを伝う水滴を見ながら、エマがぽつりとつぶやいた。


「ねえ、既読スルーって、どう思う?」


突然の一撃に、私たちは一瞬顔を見合わせた。


ミナが反射的に「ついにやられたの?」と聞く。


「うん。やられた。」




「なんかね、時差もあるし、忙しいのもわかってるの。

でもさ、こっちは夜中の1時に“おやすみ”送って、朝になっても既読つかない。

午後になっても反応ないと、頭の中で勝手にストーリーが始まるの。」


「“ストーリー”って?」サエが興味津々で身を乗り出す。


「“あ、他の人と出かけてるな”とか、“もう気持ち冷めたのかな”とか。

完全にセルフサスペンス。主演・監督・脚本すべて私。」


「上映時間、長そうだね。」ミナが笑う。


「長いどころじゃないよ。

頭の中で“ラスト・メッセージ~沈黙の恋~”が24時間ノンストップで流れてる。」




みんな笑ったけど、誰も否定はしなかった。

その沈黙の裏にある“心の通知音”を、全員が知っていたから。




私はそっとカップを持ち上げながら言った。


「既読スルーって、沈黙の言語だよね。

何も言ってないけど、何かを伝えてる。」


エマがうなずいた。

「そう。だから怖いの。

“何も言われない”って、想像が暴走するから。

しかも海外にいるから、すぐ会って確かめられない。」


サエは少し首をかしげた。

「でもさ、沈黙って、相手が悪いときもあるけど、自分が埋めすぎるときもあるよね。」


「埋めすぎる?」ミナが聞き返す。


「うん。“沈黙”を悪いものとして全部解釈しちゃうの。

でも、相手にとってはただの“呼吸”かもしれない。」




ミナがストローで氷をつつく。

「なるほどね。でもさ、“呼吸”が長すぎる人いない?

酸素ボンベでもつけてんのかってくらい。」


笑いが起きる。


けど、その冗談の中に少し本音が滲んでいた。




エマは目を伏せたまま、スマホを軽くタップした。


「たぶん、私の問題でもあるんだよね。

“愛されてる証拠”が、返事とか、言葉の頻度にすぐ変換されちゃう。

で、沈黙が続くと、“もう愛されてない”に自動翻訳される。」


「それ、めっちゃわかる。」

私は思わず声が出た。


「“何もない”が、最悪のニュースに聞こえるやつ。」

サエが少し微笑んで言った。


「でもね、子ども育ててて思うけど、“沈黙”って信頼の証のときもあるよ。

毎日“ママ見て!”って言ってた息子が、急に何も言わなくなった日、

“あ、成長してる”って思ったの。」


「なるほどね…沈黙も、相手の変化か。」ミナがうなずく。




エマは小さくため息をついた。

「でも、恋愛って難しいよね。

母性と違って、成長が“遠ざかること”だったりもするから。」


私はその言葉に少し胸が刺さった。


“遠ざかる成長”。


それは、優しさが冷たさに変わる瞬間のような響きだった。




「ねえ、エマ。」ミナが少し柔らかい声で言う。

「その既読スルーの彼、最後にちゃんと話したのいつ?」


「2週間前。

“仕事が忙しくなる”って言ってたけど、

SNSには旅行の写真上がってた。」


「おお、それは燃料投下案件。」ミナが即答する。


「でもね、私、怒りより先に“虚しさ”が来たの。

“あ、私の存在、彼の中で軽くなったんだな”って。」




その静けさに、カフェの音が戻ってくる。


カップの重なる音、ミルクを泡立てる音、外の雨音。

それらがまるでBGMみたいに彼女の言葉を包み込んだ。




私は言った。

「ねえ、それって“軽くなった”んじゃなくて、

“彼の世界が広がった”のかもしれないよ。」


エマが顔を上げた。

「広がった…?」


「うん。愛って、重さで測ると壊れるけど、

“広さ”で測ると、少し優しくなれる。」




沈黙が少しだけ柔らかくなった。


ミナがスマホをいじりながら言った。

「私なんて、夫が既読スルーしたら“夕飯スルー”で返すけどね。」


「復讐が早い!」サエが笑う。


「いや、愛のバランス調整だよ。

“返さないなら、出さない”。

それでお互いに“あ、ごめん”ってなる。

あれ、会話より効くんだよ。」


エマが笑った。

「なるほどね、沈黙の返報性。」



私は静かに考えていた。


“返さない”って、怒りの手段じゃなくて、

“私は待つ価値のある人間だ”と伝えるサインなのかもしれない。




「でもね、私、次は返さないでおこうと思う。」エマが言った。


「“既読スルー”に“スルー返し”。

対抗じゃなくて、バランス。

“私の時間も大事にするね”って意味で。」


「いいね、それ。」サエが笑う。


「沈黙って、実は優しい戦い方なのかも。」




雨が少し強くなった。

窓の外では傘がぶつかり、しずくが跳ねた。


私たちはそれをぼんやり眺めながら、それぞれの沈黙を抱えていた。




エマが小さく言った。

「ねえ、沈黙の中でも繋がっていられる関係って、理想だね。」


ミナが言う。

「理想だけど、きっと現実には“距離の調整”が必要なんだと思う。

だって、音がないと心の温度も下がっていくから。」


私は思った。


人と人の間にある“静けさ”は、時々凶器になるけど、

ちゃんと向き合えば、やさしい境界線にもなれる。




私たちは最後に笑って、傘をさした。

外はまだ雨。


けれど、心の中では少しだけ晴れ間が見えていた。


“返さない”という選択が、

“終わり”ではなく“始まり”かもしれない──


そう思えた夜だった。





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