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4 ウィルメット家の妖精たち

渋る兄と、不思議そうな顔の父を急かし、レイモンドのいる部屋へと案内してもらう。

兄は病み上がりの妹を心配して強制抱っこを発動した。

恥ずかしいが仕方が無い。

私は羞恥心をこらえながら、兄に抱きあげられたまま邸内を移動する。


大きなお屋敷は落ち着いた色味の装飾や家具でまとめられていた。

西洋ファンタジー風ではあるが、どこか懐かしさを感じさせる造りだ。

規模が大きな近代日本の西洋建築といった感がある。

屋敷を見ながら、推しが登場している数少ないスチルや、舞台上で着ていた衣装を思い出しているとすぐに部屋についた。


「レイモンド、開けるよ」


父が扉をノックしても答えはない。

窓の外は夜闇に包まれている。

3歳のレイモンドは眠っているのかもしれない。


「入らせてもらうよ」


父はもう一度前置きをしてから扉を開けた。


「っ……!」


兄が大きく息を飲んだ。


「これは、どうなっている?」


部屋の中は真っ暗だ。

照明が落とされている、という類の暗さではない。

黒い瘴気のようなモノが満ちていた。

ドアのそばでメイドと、騎士らしき男がひとり倒れている。

おそらくレイモンドにつけられていたメイドと騎士だろう。


「フリード」

「はい、父上」


父に名を呼ばれた兄は私を降ろして、自分の背に隠した。


「ヴィント」

「トゥーリ」


父と兄が名前を呼ぶと、妖精が2体現れた。

それぞれ父の頭の上、兄の肩に留まる。

淡い(みどり)色の身体を持つ妖精は2体とも『風』属性の妖精だ。

父や兄、そして今は亡き祖父の瞳とよく似た色をしている。

ハイヤム王国において、ウィルメット家は『風の公家』とも呼ばれている。

ウィルメットの血を引く者の多くは、風の精霊や妖精との契約を結んでいるからだ。


「ヴィント、部屋の中の瘴気を外へ吹き飛ばしてくれ」

「オッケー♪」


「トゥーリ、瘴気が他方へ漏れないよう障壁を。

 私たちのことも守るように」

「承知した」


ふたりが言うと妖精達の身体が明るく光る。


「中にいる子どもを傷つけないで!」


私が慌ててお願いすると、トゥーリは無視をしたが、ヴィントの方はウィンクを返してくれた。

ハラハラしながら見守る中で妖精たちの力が行使される。


「ヴィント!」


妖精の名は呪文そのものでもある。

父がその名を口にして手を振ると、ゴウと大きな音を立てて風が吹いた。


「トゥーリ!」


兄が両手を合わせると、私たちと、倒れているメイドや騎士の周りに風の障壁がつくられた。

しばらくの間強風が続き、瘴気は部屋の奥にある窓から排出されていく。

やがてすべての瘴気が払われると、部屋の中に子どもがひとり倒れているのが見えた。

子どものまわりにはられていた風の繭のようなものがパチンと割れて消える。

私はその音で我に返り、駆け出した。


「レイモンド!」

「待つんだ、ナディー!」


兄の静止を振り切ってレイモンドに駆け寄る。

レイモンドは部屋に敷かれた絨毯の上で、小さな体を丸めて眠っていた。

頬には涙の痕が見える。


「レイモンド、怖かったわね」


私が手を取ってもレイモンドは目覚めなかった。

疲れ切っているのだろう。


「ヴィント、ありがとうございます」


私は父の契約妖精であるヴィントを見上げて礼を言う。

すると、父と兄が驚いたように目を見開いた。

淡い碧色の身体を持つ妖精は、成人男性の手ほどの大きさをしていた。

悪戯っぽく瞳を煌めかせると、ヴィントはおどけた様子で礼をとる。


「小さなナディー。やっと会えたね」


「やっと……?」


私の疑問に答えないまま、ヴィントは続けた。


「丁寧にお礼を言っていただいて恐縮だけど、あの子を守ったのは、そこの仏頂面の妖精さ♪」


ヴィントがウィンクした方を見ると、トゥーリが兄の肩に腰かけていた。

足と腕をがっちり組んで、いかにも不機嫌そうに座っている。


「お前の願いを聞いたわけじゃない。

 最初から守る人間の頭数に入っていただけだ。

 ウィルメットの客人は、フリードの客人だからな」


「トゥーリ、本当にありがとう。

 おかげで誰も怪我をせずにすんだわ」


眠っているレイモンドの髪を撫でる。

やせ細った身体つきだが、外傷がある訳ではない。

だが、その手には黒い魔法陣のようなものが描かれていた。


「お父さま、これは?」


私が魔法陣を指し示すと、父はハッと我に返ったような顔つきをした。

慌てて駆け寄ると私の両肩を掴む。


「ナディア、君はヴィントが視えるんだね?」


「は、はい。

 見えますわ、お父さま」


私は問いかけの意味がはかれないまま答えた。

ヴィントもトゥーリも、父と兄が呼び出した時からそこにいる。


「ああ、ナディー!」


父が私を抱きしめて肩を震わせ始めた。

私は父の涙の意味が分からず、戸惑いの視線で兄を見た。

顔をこわばらせたままの兄がぐっと唾を飲み込み、静かな声で言った。


「……場所を移して話そう」

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