2 それって、推しじゃないですか?
ハイヤム王国は、深く濃い自然に囲まれた土地に位置する小国である。
国家の成立年代は定かではないが、周辺諸国より少なくとも500年以上は古いと言われている。
初代国王が、すべての精霊の元と言われる大精霊の寵愛を受け、この土地の守護者となることを約束し成立したとされている。
ハイヤムは精霊側の言葉なので、人間である私たちに正確な意味は測れない。
ただ『ハイヤム』を受けた者は、他の者を圧倒するほどの力を手にするのだ。
この国の王になる条件はハイヤムを受けた者か否か、ただそれだけである。
他国では、呪文や魔紋を使って精霊の力を引き出す「魔法」を使い、魔法を使う適性を持つ人間を魔法使いと呼んでいる。
一方ハイヤム王国では精霊や、その実体化した姿である妖精との「契約」によって、人間には発揮できないような力を行使する者が存在する。
このような者たちを、ハイヤム王国では契約者と呼んでいた。
原始的な深く濃い自然に囲まれたハイヤム王国は、他国に侵略された歴史がない。
他国へ出ると、魔法使いと混同されることも多い契約者だが、ハイヤム王国内では魔法使いとの力の差は歴然とする。
精霊の力を人為的に引き出すのと、与えられるのでは、行使できる力の量に圧倒的な差が生まれるからだ。
土地と土地に生まれた者を愛する精霊の性質上、自国の領土の上にあって契約者はあらゆる点で無双する。
そんな契約者達の存在が国防に強い力を発揮し、いかなる戦火をも退けるチート国家になったのだ。
この国を亡ぼす原因があるとするならば、精霊たちの怒りだとされている自然災害だけなのではないかと言われている。
『夢と魔法のエターニア』は、ハイヤム王国の隣国、エターニア王国を舞台にしている。
魔法学園生活を通して成長した主人公が、世界を滅ぼさんとする魔王をブチ倒す!
というのが主なストーリーの流れだ。
ラスボスである魔王は、このハイヤム王国から現れる。
常闇の皇太子レイモンド。
ハイヤム王国の未来の国王であり、大精霊の契約者でありながら、魔法学園に留学させられた経験を持つ不遇の皇太子。
契約者の中でも最上位の存在である『大精霊の契約者、ハイヤムを受けし者』である彼は、その幼少期を、王国の四大公家のひとつであるウィルメット家で過ごした。
不遇の日々を送り、恨みと呪いの気持ちに負け、闇落ちして魔王となり、主人公たちに倒される。
「そんなの、だめぇー!」
叫びながら飛び起きようとしたが、身体が動かない。
全身が熱い。
「お嬢様!」
駆け寄ってきた乳母に握られた手は幼い子どものものだった。
幼子の全身を、血と、記憶が巡っていく。
「ああ、よかった、お目覚めになった」
主治医がほっと息をつき、控えていたメイドが部屋を小走りに出ていった。
(……ここは?)
痛む頭の中で記憶が交錯する。
(あたし、車道に駆け出した子どもを助けようとして……)
夏の日の夕暮れ、蝉の声、じっとりと汗に湿った自分の肌、急ブレーキとクラクションの音。
(子どもを思い切り突き飛ばして、それで、あたしは……)
吹き飛ばされた衝撃。
流れ出た血の色。
薄くなっていく意識と、遠くなる人々の声。
わずかに見えた明るい光。
(……死んだの?)
「お嬢様はあの忌まわしい子どもに、レイモンドに攻撃されたのです!
近づいて手を差し出した優しいお嬢様に対して力を暴走させ、その小さなお身体を吹き飛ばして……!」
ぐすぐすと、鼻をすすりながら乳母が説明をしてくれる。
どうやら私は、この家にやって来た大精霊の契約者、レイモンドと接した際に、暴走した彼の力で軽く吹き飛ばされ、背中を壁にしたたか打ち付け、気絶した、らしい。
その状態で目を覚まさないまま発熱し、寝込んだ。
「ああよかった、お嬢様、お嬢様……」
乳母は私の手をとって、ぎゅっと握ってくれた。
私は、私の中で目覚めた『あたし』の記憶が急速に覚醒していくのを感じていた。
(大精霊の契約者……レイモンド!?)
「お嬢様、どんなにか怖かったでしょう、痛かったでしょう。
3日も眠っていたのですよ?
このまま目覚めないのではないかと皆で心配しておりました。
ああ、お優しいナディアお嬢様っ……」
(ナディア……ナディアお嬢様!!?)
「お目覚めになられて本当に安心しました。
すぐに、ウィルメット公爵もこちらへこられますよ」
優しい口調で教えてくれたのは老年の主治医だ。
(ウィルメット公爵、ですとーーーー!?)
乙女ゲーム『夢と魔法のエターニア』、ゆめエタのラスボス、魔王、かつ隠し攻略キャラ、常闇の王太子レイモンド。
市井で生まれ、ハイヤムを受けた子どもであることが分かると、ウィルメット公爵家に引き取られたレイモンド。
まだ分別もつかぬ3歳のころに、公爵家の娘であるナディアを力の暴走で吹き飛ばして嫌われ、その後の人生でずっと虐められ続けたレイモンド。
(それってつまり)
「わたしのぉぉぉ、推しじゃないですかぁぁーーーー!?」
思わず叫んだ私の額に手を当てて、主治医は険しい顔をした。