1 プロローグ
『夢と魔法のエターニア』それは前世の私がはまりにはまっていた乙女ゲームのタイトルだ。
ファンからは『ゆめエタ』と呼ばれていた。
魔法学園を舞台にした恋愛シミュレーションゲームなのだが、主人公が異世界へ転移するタイプのゲームだったので、現代人としての感覚やバックボーンを持ってプレイできる点が特に好きだった。
高校生『片山 エマ』が交通事故を機にファンタジー世界へ転移し、魔法大国エターニアで魔法を学びながら過ごす日々。
「世界を救った最後に、恋人を選ぶか、帰郷を選ぶか、究極の選択よねぇ」
「私は全部やりましたよ。全キャラ、全エンディングをコンプした上で、はまったんです、アレに」
「アレ、にね……」
アレとは『ミュージカル』のことである。
ゲーム作品やメディアミックスが人気を博した『ゆめエタ』は2.5次元で舞台化され、ミュージカルになって大ヒットした。
転生前の私もミュージカル公演を追いかけ、東奔西走。
舞台作品の中で生まれた歌を元に組み立てられたライブもあった。
楽しすぎて毎公演が神に感謝の祈りを捧げるレベルだった。
舞台にいけない日は配信を繰り返し観て、楽曲をカラオケで歌いまくった。
推しがこの世にあらわれて、舞台に立ち、歌って踊る。
そんな2.5次元ミュージカルをきっかけに、いわゆる一般のミュージカル作品も楽しむようになったことで、人生の楽しみが格段に増えた。
「アレ……です!!」
目の前で無表情な顔のまま、目だけをガンギマリに見開いている女性は、私の専属騎士として配されたばかりの女騎士ルイーサだ。
私たちはルイーサの配属をきっかけに出会い、お互いに転生者であることに気づいた。
身分は違うがすぐに意気投合し、私の個室でお茶会という名のオタ会を楽しむ仲になった。
私、私たちは、転生者としてこの世界に生きている。
転移ではなく転生した私は主人公のエマではない。
原作ストーリー内では悪役になる、隣国の公爵令嬢ナディア=ウィルメットとして生を受け、ゲーム内最推しキャラと絶賛同居中、なのだが。
「私はもう耐えられません! 人生の楽しみが何もない!!」
ダンッ、とルイーサが机を叩く。
振動で揺れた菓子の皿からクッキーがひとつ飛び出した。
私の足元で眠っていた獣妖精のヴォイが片目を開け、私に危険がないことを確認すると再び目を閉じる。
「気持ちは分かるわ、私も観たいもの、ミュージカルが」
この国には演劇や音楽はあるが、演技と歌とダンスが共存するミュージカルという概念はない。
ダンスと言えば、社交や、村の交流として行われるものが主で、舞台上で魅せるようなダンスではない。
加えて演目は昔話一択。
国の成り立ちとか、精霊と妖精の話、あるいは郷里のクスっと笑える失敗談や教訓めいたお話ばかりで、愛だの恋だの癖だのと、浮いた話は語られないのだ。
「ナディア嬢、あなたの力が必要だ」
真剣な目で、いや、脅迫めいた視線でルイーサが語る。
「この国には『妖精』がいる、音響もライトも効果演出だって思いのまま!
あとは人、物、金さえ集まれば、出来るんです、アレが!!」
「アレが……」
ルイーサの手が、私の手を包んだ。
そっとではなく、ギチッとだ。
「つくりましょう、ハイヤム王国に、妖精歌劇団を!!!」
妖精歌劇団。
その甘美な名を反芻しながら、私は思い出していた。
この世界で『目覚めた』日。
ナディア=ウィルメットの中に、前世の自分が現れた日のことを。
厳密に歌劇=ミュージカルとは言えないかもしれませんが、日本人としては『歌劇団』の響きが捨てきれず、このお話ではミュージカルを演じる劇団も『歌劇団』と表現しています。
楽しんでいただけますと幸いです。