つもつも
「もう僕は剣も言葉も交わさずに、乱斗と秘湯に入るよ。ただ秘湯に入るだけ。きっと乱斗もさ。言葉と力に振り回されてきたんだと思うよ。だから、秘湯を吸ったんだ。ほら。さっきまで満ちていた秘湯が空になっているだろ。満たされない心を秘湯で満たそうとしているんだ。勿論、乱斗のこれまでの悪逆非道な行いを赦すわけにはいかない。だけど。ずっと憎み続けるのかい? 闘い続けるのかい? いやいや、違うだろう。そんなのは嫌だ。それに、これから乱斗に悪逆非道な行いをさせない為にも。一刻も早く、一緒に秘湯に入って癒されて、ちゃんと自分の罪と向き合ってほしいと強く願うんだ」
奏斗は仰々しく両腕を中途半端な高さまで上げながら、目を細めては僅かに顎を上げ、昂る感情を敢えて抑えつけるように言った。
「奏斗さん。影が薄くなっていますよ」
「いや、後光が差しているから身体の輪郭が朧げなんじゃないか?」
「殴って見たら、存在が薄くなっているのかいないのか分かるんじゃないか?」
聖月、箕柳の言葉を受けて、満面の笑みを浮かべた芽衣は思いっきり奏斗の頭を拳で叩こうとした。奏斗は避けた。芽衣は拳を振るった。奏斗は避けた。芽衣は拳を振るった。奏斗は避けた。芽衣は目を眇めた。
「よっし。奏斗。その窪地から出て、俺と本気で闘おう」
「芽衣の闘い好きを否定はしないよ。ただ僕はもう、闘わないよ」
「闘いをわたくしたちに押し付ける気ですね。最低ですね。奏斗さん」
「いや。仕方がない。もう、闘いに明け暮れる日々から解放されたくて、秘湯にしか目を向けられなくなってしまったのだ。寛大な心でゆるしてやろう」
「………ごめんなさい」
闘気に満ち満ちた芽衣の目、蔑みに満ち満ちた聖月の目、労りに満ち満ちた箕柳の目を一身に受けた奏斗は、下唇をこれでもかと突き出しては項垂れてしまったのであった。
(2024.11.29)