全てが終わったその夜
リーヤが魔剣士を連れて戻った事により、非常事態宣言は解除された。
「それじゃ、僕はこの子を診ておくケビ」
馬車から降りたのは、ローブを着たチビエマ。
「あぁ、頼む」
主が頷き、魔導師チビエマはリーヤと共に宿屋へ向かうのだった。
「是非我が屋敷へお越しください」
「む……」
町長が馬車の主に頭を下げて懇願し、少し考えた主は渋々周りの護衛達と目配せしてからお言葉に甘えることにする。
その夜、町長の屋敷の広間では、豪華絢爛な料理がテーブルに並べられていた。
勿論、この場では全員がチビエマでなく人間に変身している。
「町長、あらかじめ言っておくが……今回は身分を隠して旅をしている。王家の馬車もこの街で改修し商人の馬車の外観に変えてから旅を再開する予定だ」
金髪の髪を肩まで伸ばし、青い瞳の端正な顔立ちの青年は苦笑して釘を刺す。
エリシェンド・フォン・エマール(38)エマール王国先代国王。
「心得ております。馬車の改修でしたら、街一番の腕利きを紹介致します。エリシェンド様達が居られなかったら、この街は壊滅的被害を受けていたと思います。エリシェンド様達に改めて感謝を申し上げます」
深々と、壮年の男性が頭を下げる。
白髪混じりの上質な正装を着た老紳士。
オムレッツ・ピザパイ(60)。
クロワッサンの町長で、ピザパイ男爵家当主。エリシェンドとは貴族が集まる夜会や、舞踏会で面識があった。
「クロワッサン冒険者ギルドを代表して、私からも感謝を申し上げます。Mランクの『ホットケーキ』は我がギルドでもシンボルです。リーヤ様のご活躍により救うことが出来て感謝してもしきれません」
オムレッツの隣で、小柄な青年が頭を下げて述べる。
茶髪の短髪、軽装を着た中性的な顔立ちの青年。
ワーポン・メイキル(30)。クロワッサンギルドのギルマス。冒険者時代の怪我により冒険者を引退したと同時に、これまで国や街に貢献してきたのでギルマスになった。
「話は後にして貰えないかな?せっかくの食事が冷めてしまうよ」
口を挟んだのは、エリシェンドの隣に座る儚げな美貌の青年だった。
白髪の長い髪、白い旅人のローブを着た青年は苦笑する。
ユウリ・アインシェルト(39)。エマール王国元暗殺部隊隊長。
「ユウリ、こら……」
「引退して息子達に役目を丸投げして来たんだよ?城と違って僕達はこうして自由になったんだし、暖かい食事が食べたいと思うのは当然だろ?勿論、毒味は僕が済ませたけどね」
軽く笑みを浮かべ、ユウリはペロリと舌を舐める。
「いつの間に……流石は死神と恐れられたユウリ様ですね」
ごくりと生唾を呑み込んでワーポンは目を丸くした。
「死神はもう捨てた昔の通り名だよ。今はしがない護衛さ」
笑ってユウリは、優雅に紅茶を飲む。
「エリシェンド様、他の皆様は?」
「他の奴らは、それぞれに散って役目を果たしている。……だが、この街に不穏な気配が近付いているようだ。万が一、クロワッサンに被害が出るのは避けたい」
エリシェンドは指で空中に魔法陣を描くと、魔法陣はクロワッサン全体に広がった。
「うむ、これでクロワッサンと街の皆にはそれぞれ建物に至るまで結界を張った。戦闘になったら、自動的に私達とクロワッサンは切り離され疑似空間に移動する」
苦笑してエリシェンドはワーポンに答えた。
「敵とは?一体?」
ワーポンとオムレッツは顔を見合わせる。
「一ヶ月前、エマール王国の王都で堕人事件があっただろう?その事件で大怪我をしてまだ意識が戻らないのは僕の一番下の息子でね。王立学園の中庭に居た教師が堕人になったんだ。馬鹿息子は、皆を逃がして一人で食い止めたんだよ」
ユウリは目を細めると答えた。
「なんと……」
思わずオムレッツは言葉につまる。
「後手に回ってしまい、助けた時にはもう瀕死だった。なんとか治療して命は助かったが、未だ意識が戻らなくてな。現場には人間王国で作られたこの魔力回復ポーションが落ちていたのだ」
「頻発している堕人事件と同じポーションだからねぇ。狙いがチビエマなら僕達で動こうと思って旅を始めたんだよ」
エリシェンドとユウリは頷き合った。
「まさか……」
エリシェンドが見せた魔力回復ポーションを見て、ワーポンは目を見開く。
「そう、魔剣士が持っていたのも同じポーションだ」
「だから、僕達は暗躍する奴らを炙り出したいんだよ」
エリシェンドは頷き、ユウリは冷たく笑みを浮かべるのだった。