第二十八話 「白砂の闘技場」
「決まったあー!! 喉を狙った槍の一刺しッ! 挑戦者は見事、凶暴な獣を打ち倒しました!!」
戦いの終わりを知らせる絶叫。
それを合図として嵐のように歓声が巻き起こり、円形の闘技場を揺らす。
その中心、全身を血で真っ赤に染めた屈強な男が、飾り気のない槍を空に掲げて立っている。
彼の足元には黒い毛皮に身を包んだ、クマのような巨大な魔物が血を吐いて倒れていた。
彼らがいる広い闘技場には白く細やかな砂が敷き詰められている。
その白に飛び散った血の赤が、両者の激闘を物語っていた。
砂はおそらく、鮮血を際立たせるための演出なのだろう。
男は血だらけの身体とは対照的な白い歯を見せて、観客たちに笑いかける。
両手を広げて自分の存在をアピールする。
全身が痛々しい傷だらけで、多分、左腕は折れていると思うのだが、そんなことを気にするそぶりもない。
観客たちは拍手と歓声をもって勇者を褒めたたえた。
しばらくすると、試合場の両端にある鉄格子のような扉が開き、そこから白い装束を纏った人物が数人現れる。
顔まで布で覆われており、彼らの性別を判断することさえ難しい。
白装束たちが槍を持った男に触れると、彼の傷はほのかに光を放って塞がっていく。
ファルシネリが私の傷を治してくれた技と同じものだろうか。
彼らは応急措置を済ませると、そのまま槍の男に付き添いながら鉄格子をくぐり、闘技場を後にした。
残された白装束たちは、地面に横たわりピクリとも動かない獣を数人がかりで引きずっていく。
そうして、勝者の男とは反対側の扉へと敗者を運び出していった。
なんとも雑な扱いだ。
動かなくなった商品には価値が無いという事だろうか。
獣が引きずられた後には、流れた血によって赤い線が伸びていた。
しかし、白装束が砂をならすとその線はきれいさっぱりと消えてしまい、まるで先ほどまでの戦いが無かったかのような白い砂地に戻ってしまった。
どうやら白い服の集団は事後処理係のようなものらしい。
私は興奮冷めやらぬ観客たちの中で、ひとり思案していた。
今の様子を見るに、戦闘で負傷しても白装束の彼らが治療してくれるようだ。
それならば多少無理してもいいかもしれない。
私の能力を活かすには、なんとかして接近戦に持ち込む必要がある。
魔術をかいくぐって敵に近づかなくてはならない以上、ある程度の被弾は避けられないだろう。
今の男のように強引な戦い方でも、命さえあれば回復術でなんとかなるというのはありがたい。
「すごい戦いだったね」
か細い声が隣から聞こえた。
そちらを見ると、ファルシネリが少し青い顔をしながらこちらを見上げていた。
「次はわたしたちが、あの場所に立つんだよね……」
彼女は観客席から身を乗り出して、白い戦場を不安げに見下ろした。
そうなのだ。
今日はエストラーダとの約束の日。
ファルシネリの杖を賭けた戦いの日なのだ。
彼女の言うように次は私たちの試合だ。
準備が整ったら、すぐにでも闘技場の中心に呼び出される。
もう目の前にも、戦いが待ち受けている。
気合いを入れなければならないのだが、私の心は萎縮していた。
先ほどのような血だらけの戦闘を、命の奪い合いを、今度は自分がしなければならないというのは、やはり恐ろしかった。
おそらくファルシネリも同じような気持ちなのだろう。
私の顔も、彼女のように青くなっているのかもしれない。
「落ち着けお前たち」
喧騒の中でもよく通る、凛々しい声が後ろから響いた。
アンセスだ。 彼は私たちに近づくと、軽く背中を叩く。
「今日の目玉は、おそらく俺たちの試合だ。 ここの主のエストラーダと謎の旅人達の戦いだから、街の住人達も注目しているだろう。 今のはそれを盛り上げるための前座みたいなものだ」
アンセスはそう言って観客たちへと目を向けた。
そこには見渡す限りの空間に大勢の人々が敷き詰められている。
骨のような老人。 膨れた腹の娼婦。
様々な人間がいるが、皆共通してひどく興奮していた。
彼はゆっくりとこちらに目線を戻す。
「つまり今の戦いはわざと派手に、暴力的に、血を流すようにふるまっていたわけだ。 あの槍使いはピンチを演じるように言われていたんだろう。 動きが不自然だったしな」
「なるほど」
「だが俺たちは、見応えのある戦いをしに来たわけじゃない。 ただ勝つために来たんだ。 場の雰囲気に吞まれるな。 冷静に戦え」
彼は先ほどよりも強く、私の背中を叩いた。
その衝撃と共に胸の中のモヤモヤとしたものがどこかへと飛んでいったような気がした。
「そ、それにさ! ルール的に、私たち全員が勝つ必要は無いんだよね? この中の二人が勝てばいいんでしょ?」
アンセスの言葉に活気を取り戻したファルシネリが声を張り上げた。
私はエストラーダが言っていた試合のルールを思い出す。
お互いに代表者をひとりずつ選び戦わせる団体戦。
先に多くの勝ち点を取った方の勝利。
3対3なら先に2勝した方の勝利。
たしかにそう言っていたはずだ。
だからファルシネリの言う通り、この中の二人が勝てばよいのだ。
「一回まで負けてもいいってことだから、危なくなったらすぐリタイアすれば……」
彼女が言い終える前に、闘技場に進行役の声が響き渡る。
「さあ、皆さんお待たせしました、本日の大試合! 我らがエストラーダ様の戦いです! 対するはさすらいの旅人たち! 彼らはエストラーダ様を相手にどれだけ戦えるのでしょうかッ!?」
その声を聴いた観客たちは、先ほどの試合で、槍が獣の身体を貫いた時よりもさらに大きな歓声をあげる。
「両選手は試合場に降りてきてください!」
ついに時間が来てしまった。
私は二人と顔を見合わせると、観客たちをかき分けながら試合場へと降りる。
白い砂を踏み、試合場の中心に行くと、そこにはすでにエストラーダが立っていた。
彼の両脇には男が二人ずつ立っており、計五人の男が壁のようにたたずんでいる。
なぜ五人?
その人数の意図を考える暇もなく、再び声が響く。
「ルールの確認をします! 武器の持ち込みあり、魔術の使用ありのなんでもありです! お互いに代表者をひとりずつ選び、勝ち点を争う5対5の団体戦で、負けた陣営は次に戦う相手を選ぶことが出来ます!」
「え……?」
思わず声が漏れる。
5対5の団体戦? 聞いていないぞ!?
向き合っているエストラーダを睨みつけると、彼は「嘘は言ってないぜ?」とでも言うようにウインクをした。
……確かに、しっかりと「3対3の戦いをしよう」とは言われてはいない。
言質を取っておくべきだったのか……?
「おおっと! どうやら挑戦者は三人しか選手が居ないようだ! ……この場合は、不戦勝としてエストラーダ陣営に勝ち点が2点与えられます!!」
「おー、こりゃあツイてるな!」
エストラーダがわざとらしく声をあげる。
彼が口を開いただけで、観客たちは爆発したかのように盛り上がる。
これでは、とてもじゃないが異議を唱えられるような雰囲気ではない。
やられた。
5対5の戦いという事は、先に3点を獲った陣営の勝利だ。
つまりは、私たちは一度も負けてはならない状況になってしまったということだ。
「話が違うじゃん! こんなのズルでしょ!!」
ファルシネリが訴えかけるが、その声は歓声によって簡単にかき消されてしまう。
「してやられたな」
アンセスは剣の柄を軽く触る。
「ぐっ……すみません…… 私が確認していれば」
自分の至らなさに怒りを覚える。
おそらく、この三人のなかで最も弱いのは私だ。
それを補うために戦闘訓練を二人に協力してもらっていたというのに、こんなことで足を引っ張ってしまうとは……
「誰のせいでもないだろう。 それに二人倒すも三人倒すも大して変わらん」
「腹立つなー やってることが陰湿すぎない?」
狼狽する私にとは対照的に、二人はエストラーダの作戦に闘志を燃やしていた。
「ここまで来たらやるしかないよ。 へこんでる暇なんか無いでしょ」
ファルシネリはそう言って私の腕に手を添えた。
仲間がここまで腹をくくっているというのに、私が下を向いているわけにはいかない。
「そうですね。 ……では、無敗の完全勝利を目指しましょう」
私の言葉に、二人は無言でうなずいた。
「あ、でも命の危険を感じたら必ずリタイアしてよ?」
「わかっています」
……そうと決まれば、まずは最初に戦う者を選ばなければならない。
私たちは鉄格子の扉を通って待機所へ移動し、作戦を練ることにした。
「それで、最初に誰が行く? わたしでもいいよ」
「いや、ここは私が出るべきでは? たぶん私が一番弱いですし」
「でも最初に出てくる人が弱いとは限らないんじゃない? あの人たち全員魔術師っぽかったし、結局誰が相手でも大変だと思うけど」
「では固有魔術の相性の問題で考えるべきでしょうか?」
「うーん、相手の固有がどういう能力なのかなんてわからないしなあ」
私とファルシネリは頭を悩ませた。
相手の戦い方や手の内が読めないので戦略を立てられない。
それはあちらからしても同じことだと思うが、どうしたものか……
「俺が行こう」
答えが見つからない問題を、アンセスが断ち切る。
「え、アンセスがいくの?」
「ああ。 相手の実力が分からない以上、悩んでいても仕方がない。 まず俺が勝ち点を1つあげて士気を高める」
アンセスはきっぱりとそう言った。
まるで、自分が負けることなどみじんも考えていないようだ。
こと戦闘において、アンセスより頼もしい存在はいないだろう。
並みの敵であれば相手にならないほど彼は強い。
だが、今回の相手は魔術師だ。
私でもかろうじて最低限の魔術が扱えるが、彼にはそういった対抗策が無い。
アンセスの実力は間違いないのだが、その点は少しだけ不安だった。
……しかし、今は仲間を信じて送り出すしかないだろう。
私はアンセスの肩に手を置いた。
「勝ってくださいよ」
「もちろんだ」
短い言葉を交わし、アンセスが白砂の試合場へと歩き出す。
「……いや、ちょっと待って!! やっぱり不安!!」
その背中をファルシネリがしがみつくように引き留めた。
「おい! 今のはこのまま行く流れだっただろうが! 引っ付くな!」
「だって、不安だよお! アンセスは魔術的な対抗策なんも持ってないじゃん!! せめてコレ持って行って! あとコレとコレも……」
彼女はそう言って自分の鞄から、火打石や謎の液体が入った小瓶、干した植物や藁人形など、よく分からない物をアンセスの腰の小さなポーチにギュウギュウと詰め込んでいく。
「余計な荷物を増やすな!」
アンセスは腰のポーチからファルシネリを引っぺがし、私に押し付ける。
「気持ちはありがたいが、心配は無用だ。 必ず勝つから肩の力を抜いて見ていろ」
彼はパンパンに膨れ上がったポーチに軽く触れると、踵を返して再び戦場へと歩きだす。
アンセスが白砂へ足を踏み込むと、勢いよく鉄格子の扉が閉まった。
待機所に残された私たちは、冷たい格子の隙間から、遠ざかっていく彼の背中を眺めていた。
「アンセス…… 気を付けてくださいよ」
私はほとんど独り言のようにつぶやいた。




