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第二十五話 「無敵の魔術」

 

 翌朝、私たちはミルメコの外、街を囲む森に来ていた。

 街の中で魔術の訓練を行うのは危険だというファルシネリの判断によるものだ。


 近くに木と土しか存在しないこの場所はうってつけらしい。


「まず、メリーガムさんって、自分の魔術がどういうものか理解してる?」


 ファルシネリが教官のように腕組みをして私の目の前に立つ。

 その後ろ、少し離れたところでアンセスが木にもたれかかりながら剣の手入れをしていた。


 私は視線をファルシネリに戻しながら考える。

 自分の固有魔術がどういったものなのかは…… 全くわかっていない。

 なんとなく、攻撃を防ぐことが出来る感じの能力だという気はするのだが……


 見栄を張っても仕方がないので正直に言うとしよう。


「正直、あまり理解していないですね。 なんか身体が一瞬光って硬くなる力、という認識です」

「その魔術は自分の思うように発動できる?」


 魔術の発動…… これもなんとなくで行っていた。

 イダリッカルでは上手くやり過ごせていたが、ワイバーンと戦った時には失敗して手痛い反撃をもらってしまったのを覚えている。


「魔術の発動は不安定ですね。 というか魔力の操作方法すら分かっていません」

「なるほどね。 じゃあ、魔力の操作に慣れつつ、能力の把握をしよう」

「お願いします」


 ファルシネリはコホン、と咳払いをひとつした。


「これは感覚的なものだから人によって異なるんだけど…… わたしたちの皮膚の下には血液が通っているよね?」

「はい」

「その血液に沿ってもうひとつ、温かい何かが一緒に流れてるみたいな感覚…… わかるかな?」

「温かい何か……」


 温かい何かに包まれるような感覚は、何度か経験したことがある。

 あれが魔力だったのだろうか?


 私は目を瞑って胸に手を当てた。

 心臓の鼓動と共に、血液が全身に送り出されるのを感じる。

 その流れに沿った温かい何か……


 ………。


 しばらくそうしていると、頭と胸がほんのりと熱を帯びてくるような気がする。


「いいよ! そのまま熱を全身に広げてみて?」


 ファルシネリの声が聞こえる。

 全身に? なかなか難しいが……


「焦らなくていいよ。 力を抜いて、ゆっくり息を吸って……吐いて……」


 彼女のいうとおりに、ゆるく脱力したまま呼吸を繰り返していると、温かい感覚が全身に広がっていく。


「上手く魔力を操作できてるね。 あとはそれを術に変換するだけ」

「どうやるのです?」

「魔力を身体の外に放出するんだよ。 こう、肉体という殻を破るみたいな!」


 殻を……?


「……すみません、ちょっとよくわからないです」

「大丈夫! 最初はわたしが手伝ってあげるから」


 ファルシネリの声が後ろに回り込み、背中に手が添えられる。


「いくよ? 3……2……1」


 彼女の合図と共に熱が膨れ上がる。


「お……!?」


 膨張した熱は私の身体を突き破り破裂する……!


「うおお!?」


 自分の身体まで破裂するのではないかの思われたその時、温かいものに包まれる感覚と共に身体が白く輝く。

 これは、あの時と……攻撃を防いだ時と同じ……!


 突然の現象に驚いてるうちに光は消えてしまった。


 固有魔術が発動した……!


「今の感覚を忘れないでね。 じゃ、今度は一人でやってみて?」


 耳元で声が聞こえ、背中から手が離れる。


 なるほど理解した気がする。

 魔力が身体を突き破るようなイメージ……


 私は先ほどと同じ手順で魔力を操作する。


 身体の奥で熱を生み出し、全身に引き伸ばす。

 そして…… 殻を破るように


 すると再び、身体が白く輝いた。

 透明な膜につつまれているような感覚がする。


 その後も何度か試してみると、自由自在に発動できるようになった。


「すごいよ! 三日で魔術を使えるようになれればと思ってたけど、半日で出来ちゃうなんて!」

「先生が良いからですね」

「ふふっ…… じゃあ次は、自分以外の物にも魔術がかけられるのか試してみよう」


 彼女はそう言って足元にあった石ころを拾い上げる。


「これに魔術をかけてみて」

「どうすればいいのですか?」

「ちょっと難しいけど、さっきと同じ要領でいいよ。 容器が変わったってかんじで考えるといいかも。 この石に魔力を注ぎ込んで」


 言われた通りに魔力を石に注ぎこむと、私の身体と同じように白く輝いた。


「おお、光りました」

「いいね。 今度はわたしにかけてみて」


 ファルシネリの肩に手を置いて同じように試してみると、やはり白い光を放った。

 しかし、自分や石に魔術をかけたときよりも、時間がかかるうえに何度か失敗してしまった。


 自分に魔術をかけるのに比べると。他人に魔術を使用するのは少し難しい気がする。


「生物、無生物を問わずに魔術が適用されるみたいだね」

「その言い方ですと、使用が制限される魔術もあるのですね?」

「まあ、そうだね。 自分にしか効果のない魔術とかよくあるよ」


 よしよし、だんだんと自分の魔術が分かってきたぞ。

 自分以外にも魔術を使用できるとは思わなかった。


 ……そういえば、彼女の魔術はどういうものなのだろうか?

 以前、斥力を操る能力だと聞いたことはあるが、正直どういうものなのかあまりよく分かっていない。

 やはり、私の固有魔術とは具合が異なるものなんだろうか。


 いや…… 今はそれよりも自分の魔術を解明する方が先だろう。

 私は尋ねてみたい気持ちをおとなしく飲み込んだ。


「じゃあ、次はどういう能力なのか知らべよう」


 ファルシネリはそう言うと、剣の素振りをしていたアンセスを呼び出した。


「なんだ?」

「メリーガムさんの固有魔術を調べるために協力してほしいんだけど」

「なに? もう魔術を使えるようになったのか?」

「はい。 今ならワイバーンにも負ける気がしませんよ」

「フッ どうだかな…… それで俺は何をすればいいんだ?」

「私を殴ってください」

「……なんかそう言われると気持ちが悪いな」


 彼は冷たい表情で私を眺めた。


「いや、違います。 違いますよ? 今までの経験で私の能力が防御系なのは分かっているので、この能力がどの程度の攻撃まで耐えられるのか調べるために手伝ってほしいんです。 別に好きで殴られたいわけではないですよ?」

「はじめからそう言え」

「魔術を使えるようになって少し興奮してたんですよ」


 一瞬、変な目で見られたが、とにかくアンセスに協力してもらえることになった。


「わたしはメリーガムさんの魔術を観察してるから、お願いね」


 ファルシネリはそう言って少し離れた場所で腰を下ろす。

 観察しているだけで分かるものなのだろうか。

 もしかして彼女はかなり優秀な魔術師なのでは?


 そのような考えを頭の端に追いやり、アンセスに向き直る。


「じゃあ、はじめるぞ。 準備はいいか?」

「いつでも大丈夫です」


 私が答えた後、一呼吸おいてアンセスが拳を突き出す。

 彼の攻撃に合わせて魔術を発動する。


 拳が私の身体に到達した瞬間、

 パキン、という甲高い音が響く。


「むっ!」


 アンセスの身体が大きくのけぞり、後ずさる。


「大丈夫ですか?」

「問題ない。 続けよう」


 お、驚いた……

 彼の腕の骨が折れてしまったのかと思ったが、私の魔術が攻撃を弾いた音だったようだ。

 そういえば、イダリッカルで雷撃を防いだ時もこんな感じの音がしていた気がする。


 その後も、剣を使用したり、遠くから石を投擲したりと、様々な攻撃をしてもらったが、私の魔術で防げないものは無かった。


 やはり防御系の魔術で間違いないようだが、どういう理屈で攻撃を防いでいるのかよく分からない。

 魔術に理屈を求めるのがそもそも間違いだろうか?

 攻撃役のアンセスにも感想を尋ねてみる。


「どうですか?」

「不思議な感覚だな。 纏っている白い光によって攻撃が弾かれる。 ダメージを与えられる気がしない」


 彼の言う通り、剣で切り付けられても私の身体を白い光が包んでいる間は傷ひとつつかなかった。

 私は剣術に詳しくは無いが、それでもアンセスの技量が尋常ではないということは何となくわかる。

 その彼を以ってしても「ダメージを与えられる気がしない」とは……


「ファルシネリは何かわかりましたか?」

「……わかったかも」

「おお! 本当ですか?」

「最初は身体能力を強化するタイプかと思ったけど違うね。 メリーガムさんの能力は…… 対象を一定の状態に保ち続ける能力だと思う」


「一定の状態に保つ…… ですか?」

「うん。 メリーガムさんが魔術をかけたものは、数秒のあいだ外部からの物理的な刺激を受け入れないんじゃないかな」

「なんだか、イメージしづらいですねえ」

「そうだなあ……『数秒だけ無敵を付与する能力』っていえば分かりやすいかな?」


 なるほど……

 無敵を付与する能力…… 結構すごい力なのでは?

 つまりは、あの白い光が私を包んでいる間だけは、おそらくどんな攻撃をされてもダメージを負わないという事だ。


 これはいい! うまく使いこなすことは出来れば……!

 出来れば……


 そう考えたところで、ファルシネリがワイバーンを一撃で倒した際の情景が思い浮かんだ。


 ……たしかに良い能力かもしれないが、ファルシネリのような火力は期待できそうにない。

 結局、防御しかできないのであれば、そこまで強い魔術ではないような……

 それに数秒しか無敵になれないというのはあまりにも短すぎないだろうか?


 当たり前のことだが、相手の攻撃に丁度のタイミングで無敵を合わせられなければ普通に攻撃をもらってしまう。


「能力が分かったのは嬉しいですが…… あんまり強くなさそうですよね。 無敵になれるのは数秒だけですし」

「いや、そんなことはないだろ」


 私が肩を落とすと、アンセスが口を開いた。


「一瞬だとしても、確実に攻撃を防ぐことが出来るというのは間違いなく強みだ。 それに自分に魔術をかけて攻撃すれば、相手に一方的にダメージを与えることが出来るわけだろう? お前の身体能力と合わせれば強力な武器になるんじゃないか」

「あー…… たしかにそうかもしれないですね」

「実戦のように魔術を使う練習をした方が良いな。 俺と組手でもするか?」


 アンセスにそう言われると説得力がある。

 たしかに、どんな能力も大事なのは使い方だろう。

 さっそく彼と訓練を始めようとすると、ファルシネリが止めに入った。


「今日はもうダメだよ」

「なぜです?」

「自分で気が付いてないの? もう四分の一以下だよ。メリーガムさんの残り魔力」

「え?」


 もうそんなに魔力を消費してしまったのだろうか?

 言われてみれば、なんというか、お腹にぽっかりと穴が開いたような若干の喪失感のようなものを感じる。

 彼女に指摘されるまで気が付かなかった。


「メリーガムさんって、魔術師なのに総魔力量すくないよね」

「えっ、そうなんですか?」

「うん。 こんなに少ないひと初めて見た。 一般的な魔術師の魔力を100とすると、たぶん20くらいしかないよ」

「そ、それは…… かなり少ないですね……?」

「ちなみにアンセスでも50程度あるよ」

「ええっ!?」


 となりに立ったアンセスが得意げに腕を組んだ。

 魔術師ではない彼の半分以下の魔力しかないのか……?

 な、なんでだ……?


「ど、どうしてそんなに少ないのでしょう?」

「うーん…… 考えられる理由としては、大人になってから魔術に目覚めたから……とかかな。 魔力量って子供のときほど成長しやすくて、大人になるにつれ伸びなくなっていくんだよ」

「身長のようなものですか」

「そうそう。 だから、子供の頃から魔術を使っていれば自ずと魔力量は鍛えられるんだけど、メリーガムさんは大人になってから魔術が使えることに気が付いたのかも」

「はあ。 なるほど」


 仕方のないことだが、残念だ。

 魔力量なんて多い方が良いに決まっているというのに、20って……

 いや20って……

 少なすぎないか?


 頼りない二桁の数字が頭の中をこだました。


 魔力も少ない上に能力も微妙とは……

 私って…… もしかして弱いのでは。


「…………」

「ま、まあそんなに落ち込まなくても…… 魔力量がすべてじゃないからね?」

「お前には筋肉があるだろう。 後ろで杖を振るよりも、敵陣に突っ込んでいく方が似合っているぞ」


 優しい気遣いが逆に心に刺さる。

 というか多分アンセスはちょっとからかってる気がする。


「とにかく、これ以上は魔力切れになりかねないから、今日の訓練はおしまいにしよう?」

「そうですね……」

「なら、次は体術を鍛えるぞ。 魔力が無くても、体力は有り余ってるだろう?」


 彼はそう言いながら肩を回した。

 アンセスとの訓練か……

 彼はファルシネリのように優しくないだろうな……


 気分は沈んだままだったが、無いものねだりしていても仕方がない。

 いまは自分の出来る事をやるべきかもしれない。


 私は20という数字を頭から振り払うように、軽く頬を叩いた。

 とりあえず、判明した固有魔術について情報を整理した方が良いだろう……


 ---


 固有魔術『無敵』

 対象に無敵を付与する。 無敵を付与された対象は白い光に包まれ、外部からのあらゆる物理的刺激を跳ね除ける。


 ・効果範囲

 自分を含め、生物・無生物問わず付与することが出来る。 自分以外のものに付与する際は手で触れる必要がある。


 ・効果時間

 無敵を付与できる時間は最長でも3秒程度。 連続で使用することはできず、再使用には十数秒の間隔を置く必要がある。


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