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第二十三話 「享楽主義」

 

 男は高級品に身を包み、指輪や首飾りなどのアクセサリーで全身を着飾っていた。

 年齢は二十代後半と言ったところだろうか?

 不敵な笑みを浮かべる彼は、独特の雰囲気を纏っている。


「エストラーダ! 来てくれたのか!」


 太った商人が喜びの声をあげる。


「よう。 調子はどうだ?」


 エストラーダと呼ばれた男は地面に広げられた商品を覗き込みながら尋ねた。


「どうもこうもねえよ! こいつらが突っかかって来るんだ。 早く追っ払ってくれ!」


 商人は私達をあごで指しながら騒ぎ立てる。

 ファルシネリとの口論を聞きつけてきたのだろうか?

 そこまで大きな声は出していなかったが。


「おっと、そいつはいけねえな? 商売の邪魔されちゃあ、たまったもんじゃないよな」


 エストラーダは私達の頭のてっぺんからつま先までを無遠慮に眺めた。


「魔術師の女と護衛の大男か……ふーむ」


 彼は何かを考えるようにあごに手を添えた。

 その姿はまるで、商品を品定めしているかのようだった。


「先にわたしの杖を盗んだのはそっちでしょ!」

「ああ、これはアンタのものか?」


 エストラーダはファルシネリの杖を拾い上げる。


「ふーむ。 まずまずの出来だな。 こんなのがそんなに大事かね?」

「あなたには関係ない。 杖から手を放して!」


 挑発するような彼の態度に、ファルシネリは敵意を剝き出しにして言い返した。


「いーや、関係あるさ。 なんたってミルメコはこのナチャ・エストラーダがつくった街だからな」


 彼はそう言うと、羽織ったローブをはためかせ、貴族のように大げさな仕草で会釈をした。


「つくった……?」

「そうとも! どうしようもなくなって森に逃げ込んでくるような奴らを集めた街だ。 他のとこでは知らんが……ここじゃ、盗まれた方がわるいんだぜ?」


 エストラーダはそういってファルシネリに顔を近づけた。


「……王様気取りってことね」

「気取り? ちがうね。 実際、俺は王様みたいなもんさ」


 彼はおどけるように両手を広げる。

 気づけば、周りには私達を取り囲むように街の住人が集まっていた。


「エストラーダ! よそ者を懲らしめろ!」

「エストラーダ様ぁ ウチのお店にも寄っていって~!」


 ぼろきれを着たような男も、派手な服で身を飾った女も、みな口々にエストラーダの名前を呼んでいる。


 よくわからないが、彼はこの街の住民にかなり慕われているようだ。

 どうやらこの街の王様というのも、ハッタリではないらしい。


 彼は興奮する人々にひらひらと軽く手を振って応えた。


 私は余裕を振りまく男に尋ねる。


「私達になんの用ですか?」

「おいおい、そんなに警戒するなよ。 俺はただ、面白いものがみたいだけさ」

「面白いもの……?」


 エストラーダはそう言うと、懐から膨らんだ袋を取り出して商人に放り投げた。

 袋はジャリンという重い音を立てながら彼の手に収まった。


「この杖は俺が買う。 それで足りるだろ?」

「おお……! もちろんだ! 持って行ってくれ!」


 商人は袋からこぼれ落ちた硬貨を拾い集めると、杖をエストラーダに渡した。


「へへっ ありがとなあ、エストラーダ」

「いいさ、これぐらい大した額じゃないからな。 ……ほら、邪魔だからどっか行けよ」


 太った商人は媚びたような笑顔をエストラーダに向けると、売り物をまとめ上げ、どこかへ走り去っていってしまった。


「どういうつもりですか?」

「どうもこうもないだろ。 俺はただ買い物をしただけだ」


 困惑する私の肩に、彼はなれなれしく手を置いた。


「こいつが欲しいんだろ? 渡してやってもいいが……条件がある」


 エストラーダはそう言って、街の中心にある円形の建物を指さした。


「闘技場だ! あれに参戦するんだよ」

「と、闘技場?」

「殺し合いを見世物にしたものさ! この街には様々な娯楽であふれかえってるが、闘技場よりも刺激的なものは無い! あそこで俺に勝ったら杖を譲ってやる」

「私にあそこで戦えと?」

「アンタだけじゃない。 隣の女もさ。 人数が多い方が盛り上がるだろ」


 ファルシネリを見ると、彼女は首を横に振った。

 当然のことだが、闘技場の参加に乗り気ではないらしい。


「どうしてそんな回りくどい事をするの?」

「ねえちゃん、俺の言葉聞いてたか? 俺は面白いものが好きなんだよ。 それ以外に理由は無え」


 そう言うと彼は口角をニヤリとあげた。


 なぜ闘技場に誘うのだろうか?

 ファルシネリの言う通り、彼は相当回りくどい事をしている。

 杖を購入し、それを利用して闘技場への参加を持ち掛けてきている。


 どうしてそんな面倒な手順を踏んでまで交渉してくるのだろう。

 金銭を要求するわけでもなく?


 私達を始末するというだけなら、不意打ちでもすればいいはずだが……わざわざ話しかけてきた理由は?


 まさか、本当に面白いものが見たいというだけ?

 そのようなことがあり得るのか?


 不気味すぎる。


 目の前の男の考えていることが分からない。

 一体何を企んでいるのだ?


 ……もう少し踏み込んでみるか。


 私は彼との会話を続けることにした。


「どういったルールで戦うのですか?」

「おっ! 乗ってきたな、いいぞ!」


 彼は嬉しそうに手を叩く。


「そうだな、団体戦はどうだ? お互いのチームからひとり選んで戦わせるんだ。 例えば……3対3の勝負だったら、先に2勝した方の勝ちというふうにな」

「団体戦ですか」

「けっこう楽しそうだろ?」

「……参加しないといったら?」

「それなら、この杖は俺がもらう。 アンタらには必要のないものってことだよな?」


 エストラーダは見せつけるようにファルシネリの杖を振った。

 つかみどころのない男だ。


「……この人、魔術師だよ。 戦わないほうがいい」


 横にいるファルシネリが私の耳元でささやいた。

 エストラーダは魔術師らしい。 そういうの、見ただけで分かるものなのか。


「しかし、それでは杖が……」

「危険すぎるよ。 挑発に乗っちゃダメ。 わたしはまだいいけど、メリーガムさんとアンセスは魔術師が相手じゃ分が悪いでしょ?」


 彼女は闘技場に参加しないように訴えかけてくる。


 ファルシネリの言う通りだ。

 怪しいし、得体が知れないし、何より危険すぎる。


 だが…… ここで引けば、ファルシネリの杖は取り返す機会が無くなってしまう。


「おい、こそこそ話すなよ。 参加するのか? しないのか?」

「……参加しましょう」


 そう言うとエストラーダはこれ以上ないほどに口角を吊り上げた。


「ちょ、ちょっと! メリーガムさん! なんで……」


 慌てるファルシネリを尻目に、エストラーダは身を乗り出してくる。


「その言葉が聞きたかった!! アンタら二人だけで参加するのか?」

「それは……」


「いや、三人だ」


 私の返答を凛々しい声が遮った。

 声のした方を見ると、人ごみをかき分けて現れたアンセスが立っていた。


「俺もそいつらの仲間だ」


 アンセスはエストラーダへの警戒心を隠さずに言い放った。


「ははっ! 楽しくなってきたぞ!! そうだな……三日後に試合をしよう! 三日後の朝に円形闘技場に来い! いいな?」

「分かりました」

「よし……! 杖は俺があずかっておこうじゃないか。 心配するな、粗末に扱ったりはしないさ」


 そう言うと、エストラーダは急いで紙とペンを取り出し、何かを書き出した。

 そして、その紙片を私に押し付けてきた。


「これは?」

「証明書みたいなものだ。 これさえあれば闘技場近くの宿に泊まれる」


 紙片には『ナチャ・エストラーダ』と、彼の名前が走り書きされていた。


「ケリーという店がいいぞ。 風呂もついてるし、なにより俺が名付けた宿屋だからな」

「なぜあなたの指定した宿に泊まらなければならないのです?」

「そんなに警戒するなって……親切心で助言してるんだぜ? 街の外側の宿は封魔鉱の影響を受けるが、街の中心近くは鉱石の範囲外なんだよ」

「……私達が封魔鉱に魔力を吸われないように気を遣ってくれているのですか?」

「その通り! 街の中心近くの宿はな、特別な人間しか入れないんだが、俺のサインがあれば問題ないのさ」


 杖を取り上げたのに、こういうところには配慮してくれるのか。

 やはり……彼の人間性が読み取れない。


「なんだあ? その不安そうな顔は? まあ、アンタらが魔力が万全じゃない状態で戦いたいってんなら止めないけどな」


 エストラーダは私の心情を読み取ったようにそう言った。


「じゃあな。 三日後の朝だぞ、メリーガム! お前には期待してるからな」


 彼は私の肩を叩くと、踵を返し、人であふれかえっている大通りの方へ去っていく。

 人々の大半はエストラーダを追いかけていった。


 その場には私達三人といくつかの露店だけが取り残されていた。


「……それで? なにがあったか説明してもらおうか」


 アンセスは腕組みをして、鋭い目つきのまま私とファルシネリを見下ろした。


 ---


「…………なるほどな」


 私がアンセスと別れてから起きたことを説明すると、彼は眉間にしわを寄せ、露骨に渋い顔をした。


「お前は目を離すとすぐに面倒事を起こしているな」

「はあ、すみません……」


「お前もだ、ファルシネリ。 こいつを見張っておけといっただろう」

「うっ、ごめんなさい……」


 私達はアンセスの前で小さく縮こまっていた。

 親に怒られている気分だ。

 まあ、もちろんそんな記憶は無いのだが。


「ですが、杖を取り返すためには仕方なかったんですよ」

「だが……二つ返事で闘技場に参加とは、随分と迂闊じゃないか?」

「いや、まあ、そうですね、すみません」


 う~ん…… もう少し慎重に行動すべきだったか?

 いやでもあの状況では……


「あ、ちょっと……その話なんだけど……」


 アンセスに詰められながら反省していると、ファルシネリが真剣な顔をして口を挟んだ。


「闘技場に参加するのは、やめた方が良いと思う」


 彼女はきっぱりとそう言った。


「な、なぜです?」

「なぜって、決まってるでしょ。 危険すぎるからだよ。 気づいてた? さっき大勢の人に囲まれたときも、何人も魔術師が混じってたの」


 え、そうだったのか……全く分からなかった。


「たぶん、あのエストラーダってひと、多くの魔術師を味方につけてる」

「俺たちが闘技場で戦う際も、魔術師を相手にするかもしれないということか?」

「可能性は高いと思う。 だからこそ危険なんだよ。 二人がいくら強くても、魔術に対抗するには魔術が使えないと……」


 そこまで言うとファルシネリは口を閉ざした。

 魔術が使えないと死ぬ。 そう言いたいのだろう。


 たしかに言う通り、魔術師は武装した素人とはわけが違う。

 それは、彼女がワイバーンを一撃で葬った際にも感じたことだ。


 イダリッカルを脱出したときにも魔術師を相手にしたことがあるが、あれは相当運が良かったという自覚がある。


「ねえ、いまからでも遅くないよ。 参加するのはやめよう?」

「しかし、杖はどうするのです? 取り戻したくはないのですか?」

「……本当は、今すぐ走って追いかけて、取り返したいぐらいだよ。 でも……」


 ファルシネリは一瞬だけ黙り込み、再び口を開く。


「でも……残念だけど諦めるよ。 自分が危険な目に合うだけならまだしも、二人を巻き込むわけにはいかないから」


 そう言って彼女はローブの端を強く握った。

 その姿はまるで、小さな子供のようだった。


 私はできるだけ優しく、彼女の肩に手を置く。


「ファルシネリ……あなたが手放したくないと思ったのなら、それはきっとあなたにとって必要な物なんですよ」

「でも……」

「私は記憶を取り戻したいのです。 そのためならば、大変な事でも立ち向っていきたいと思っています。 あなたの杖はそうではないのですか?」

「そうだけど……」

「杖を取り返す程度、どこにあるかもわからない曖昧な記憶を探すよりも簡単だとは思いませんか?」

「…………」


 黙ってしまったファルシネリに、今度はアンセスが口を開いた。


「俺もメリーガムに賛成だな。 まあ、よく考えずに参加したのはどうかと思うが」

「ア、アンセスまで?」

「奪われたものは取り戻すべきだ。 正当性がこちらにあるのならな。 それに、俺の目的はアルバを倒すことだ。 そのためにも魔術師との戦闘経験を積むことが出来るのは好都合だろう」


 彼は遠慮がちにファルシネリの背中に手を添えた。


「危険なことは承知ですが、それでもあなたの力になりたいと思っているのですよ」


「うん…… うん、ありがとう……」


 ファルシネリは小さな声でそう言ってズビ、と鼻をすすったのだった。


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