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第十八話 「撃墜」

 

「記憶喪失って言ってたけど、メリーガムさんは多分魔術師だと思うよ。 あのとき、固有魔術使おうとしたでしょ?」


 ファルシネリは木の下に膝を抱えて座ったままこちらに顔を向けた。


 固有魔術?

 イダリッカルでも聞いたことがある気がするが、私はそもそも魔術というものがなにかよく分からない。


「外部からの攻撃を無効化するものを固有魔術というのですか?」


 そう尋ねると、彼女は慌てて私の口を手で塞ぐ。


「ちょ、ちょっと! 自分の固有魔術の内容なんて軽はずみにしゃべったらダメだって!」

「ほうなのでふか?」


 口に出して言ってはいけない内容だったのだろうか?

 何が良くて何が駄目なのか判別がつかない。


「……ん?」


 ファルシネリは私の口から手をどけると、顔をぐい、と近づけてくる。


「な、何ですか?」

「……メリーガムさんって、もしかして前にわたしと会ったことある?」


 彼女は私の顔をしげしげと眺めながら言った。


「え? そうでしたか? 初対面だと思いますが……」

「いや、ほら 海沿いの村で釣りしてたでしょ?」


 釣り……?


 そう言われてみれば……漁村でダンと釣りをしていた時に、帆船から魔術師が降りてくるのを見た気がする。

 私はそのときにプロナピエラという街の存在を知ったのだ。


「あっ! あの時の魔術師ですね!」


 随分と前のことだったが、たしかに会ったことがある。

 船から降りてきた女性も、美しい黒髪と青い瞳の持ち主だった。


 船から降りた女性は氷のように冷たい感じがしたが、目の前の彼女は表情豊かで明るい。


 黙っている時と喋っている時の印象が全然違うので気が付かなかった。


「え? ではあなたもイダリッカルを通ってきたのですか?」

「いや、なんか物々しい雰囲気だったから別の道を通ったよ。 かなりの遠回りだったけど、二人の話を聞く限りこれで正解だったみたいだね」


 なるほど、そして偶然この森で行き会ったということか。


「船ということは、お前は外から来たのか?」


 アンセスが驚いたような口調で問いかける。


「うん。 出身は西方大陸だよ」

「よく来られたな。 アルバが船の往来を禁止していたはずだが」

「そうそう! 中央に行く船がなかなか見つからなくて大変だったよ」


 そういえば、ファルシネリが降りたあとの船は逃げるように素早く去ってしまったのだった。

 いま思えば、あれは密航船だったのか。


 ……おや?


「ファルシネリ、 初めて見たときのあなたは杖を持っていた気がしたのですが」


 そう言うと、彼女は一瞬目を見開き、叱られた子供のようにうなだれた。


「うっ……よく覚えてるね。 実は、その、杖は盗まれちゃって」

「え! いったいどこで?」

「この森で野宿して、寝てるときに……」

「無いとまずいのか?」


 アンセスの質問にファルシネリは少し考えるように首をかたむける。


「うーん…… 魔術自体は使えるんだけど、杖が無いと精度が落ちちゃうんだよね。 そのせいで、ワイバーンに襲われたときも上手く応戦できなくて……」

「代わりの杖を用意するというのは?」

「……あれは大事な杖なんだ。 私の親代わりになってくれた人から貰ったものなの」


 彼女はそう言いながら、ローブのはしっこを強く握った。


「……それでは、他の物で代用するわけにはいきませんね」

「そんな大事なものを盗られるなよ。 騎士でいう剣のようなものだろう」

「ゆ、油断してたの!」

「盗んだ者に心当たりはないのですか?」

「分からない。 杖なんて、持ち主以外には価値が無いのに」


 ファルシネリはそう言うと黙ってしまった。

 かなり大事な物のようだし、力になってあげたいところだが……情報が少なすぎる。


「……ミルメコにあるかもしれないな」


 二人で考え込んでいると、アンセスがつぶやく。


「えっ? ミルメコ?」

「私たちが目指している街のことです。 そこでプロナピエラの情報を探ろうかと思っていまして」

「へえー…… そんな街があるんだ」


 私はアンセスに向き直る。


「アンセス、なぜ杖がミルメコにあると?」

「前にも言ったが、あそこは治安が悪い。 旅人の身ぐるみを剥がして売り物にするぐらい平気でやるだろう」

「街の人間に盗まれたということですか」

「可能性はある」

「ほ、本当に……? じゃあ、ミルメコにわたしの杖があるかもってこと!?」


 その言葉に、ファルシネリが顔をほころばせたそのとき


「ギャアアア!!」


 上空からワイバーンの咆哮が響いた。


「……その前にまず、あいつをどうにかする必要があるな」


 アンセスは空を見上げながらそう言った。


「え!? あれってわたし達のこと探してるの!?」

「ワイバーンは厄介な魔物だ。 執着心が強いため、一度狙った獲物は逃がさない。 加えて奴は学習能力が高い。 もう俺の剣の間合いには降りてこないだろう」


 私達は上空を旋回しているワイバーンに見つからないように木の幹に張り付く。


「それってまずいじゃん! 空中から一方的に火を吹かれたら打つ手がないけど!?」

「お前の魔術でどうにかできないのか?」

「それは、うー…… せめて杖があれば……!」


 こうしている間にもワイバーンは斬りおとされた短い尻尾を振り回しながら、空を飛び回っている。


 相当怒っているようだ。

 私達が見つかるのも時間の問題かもしれない。


「何か良い作戦はありませんか?」

「……わかった! わたしが何とかする!」


 ファルシネリがそう言いながらこちらに身を乗り出す。


「ワイバーンはわたしが倒すから、二人は注意を引いて欲しいんだけど頼めるかな?」

「倒せるのですか?」

「何とかやってみる……!」

「具体的にどういう方法で―――」


 アンセスの言葉を遮るように木が大きく揺れ、小枝が降ってくる。

 見上げると、ワイバーンが木の頂上に掴まり、こちらを覗き込んでいた。


 木が折られ、強烈な音を立てながら倒れこんできた。

 反射的に飛び退き、下敷きになるのを避ける。


 私は足元に落ちている石を拾い投げつけた。

 投石は翼に当たり、それに反応してワイバーンの黄色い目玉がこちらを睨む。


 もちろん大したダメージにはならないが、注意を引くことには成功したようだ。


 ワイバーンは一度大きく飛びあがると、鉤爪を突き出しながら急降下してくる。

 私は振り下ろされた後ろ脚を真横に跳んで回避した。


 鋭い爪が地面を深くえぐる。


 アンセスが斬りかかるが、ワイバーンはひらりと身をかわし空中へと逃げてしまった。


 やはりアンセスは相当警戒されているようだ。 

 彼とは常に一定の距離を保つように動いている。


 それに対し、私には安易に近づいてきた。

 一度倒した相手という事もあり、軽く見られているのだろう。

 しかし今は好都合だ。 攻撃を誘発して隙を作ることが出来る。


 アンセスもそれを理解し、私から距離をとる。


 孤立した私に対し、ワイバーンが再び襲い掛かってくる。


 先ほどと同じような鉤爪の攻撃。


 私は後ろにステップしてかわす。


 すると、ワイバーンは首を伸ばし噛みついてくる。

 牙が肩を掠め、皮膚を切り裂いた。


 飛び込み攻撃は囮で噛みつきが本命!?

 フェイントまで仕掛けてくるとは……アンセスの言う通り、かなり頭の良い魔物のようだ。


 ワイバーンは空へ浮上すると、口から火の粉を散らす。


 まずい! 炎が来る……!


 私が身構えたその時、


 どこからともなく、拳ほどの大きさの尖った岩がワイバーンの首に突き刺さった。


 そちらの方向を見ると、ファルシネリが手をかざしている。

 あの岩は彼女が発射したもののようだ。


 かなりの速度で撃ちだされたように見えたが、ワイバーンの鱗を貫通するほどの威力は無かったらしい。

 首にめり込んだ状態のまま、炎の息を吐きだそうとしている。


 不意打ちは失敗だ……!


 私が逃げ出そうとしたとき、ファルシネリの唇が静かに動く。


「いや、これで狙い通り……」


 その言葉に反応するかのように、食い込んだ岩がうっすらと紫色の光を放つ。

 次の瞬間、ワイバーンの首が激しく千切れ飛んだ。


 え……!?


 血しぶきが雨のように降ってくる。

 ワイバーンの胴体、続けて首が鈍い音を立てて地面に落下した。


「はあ…… 杖が無くて不安だったけど何とかなったね……」


 横に立っているファルシネリが安堵の声を漏らした。


 いまのは一体?

 これも彼女の魔術なのだろうか。


 ワイバーンの首の断面は、内側から破裂したかのようにズタズタになっていた。


「ファルシネリ、あなた……すごく強いんですね……」


 目の前で起こった光景に驚きながらも、何とか声をしぼりだす。


「え、そうかな? ありがとう!」


 ファルシネリは頬にかかった返り血を手の甲でぬぐいながら笑った。


 私は改めて、魔術というものは恐ろしいと思ったのだった。



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