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第十七話 「青い瞳の魔術師」

 

 暗い。

 とても暗い場所だ。

 前も後ろもすべてが黒に染まり、上下の感覚がだんだんぼんやりとしてくる。


 まるで夜の深海にいるようだ。


 数歩先も見えないほどの暗がりだというのに、なぜか自分の身体だけは浮かび上がるように鮮明に見ることができた。


 手のひらのしわもはっきりと確認できる。


 私は何をしていたのだったか。 

 ……そうだ! ワイバーンに襲われて傷を負ったのだ。


 それでは、ここは一体?

 もしかして死後の世界というものだろうか。


 考えてもよくわからないので、とりあえず闇の中を歩き出す。

 しばらく歩を進めると、遠くに白い点が見えた。


「夜空に光る一番星のようだ」と呟き、思わず苦笑する。


 随分と呑気な考えだ。 私はこんなにもロマンチストだったのだろうか。


 しかしこの明らかに異常な風景に、焦りの感情が全く湧かないというのも事実だった。


 白い点に近づくにつれ、その正体がゆっくりと明らかになる。

 それは白く、ぼんやりとした煙の塊のようなものだった。


 煙は私の目の前で、風になびくようにゆらゆらと揺れていた。

 私も黙ってそれを眺めていた。


 しばらくそうしていると、何故だか懐かしいような、悲しいような不思議な気持ちがこみ上げてくる。


 私はそれに近づき、ゆっくりと触れる。

 すると煙の中から声が聞こえた。


「―――。」


 え……?


 いま、なんといったのだろう。

 聞き取ることが出来なかったが、とても大事な言葉のような気がした。


 もう一度しっかりと聞き取るため、煙に触れようとする。

 私の手がもう少しで届くというとき、突然、猛烈な力で後ろに引っ張られる。


 暗い世界が急速に遠のき、白い煙は悲し気に揺れた。


 ---


「彼、大丈夫かな? もう傷は治ってるはずなんだけど……」

「メリーガムはあれぐらいでは死なないさ。 少し落ち着いたらどうだ」


 会話が耳に入り、目を覚ます。

 明るい日の光が瞳を照らし、思わずまぶたを閉じた。


「あ、起きた! 大丈夫?」


 再びゆっくりと目を開けると、青い瞳をした黒髪の若い女性がこちらを心配そうに覗き込んでいた。

 耳に着けた金色の飾りが光を反射して美しく光っている。


 上半身を起こし、自分の腹部を触る。

 ワイバーンに切り裂かれたはずの傷はきれいさっぱりと無くなっていた。


「私は一体……?」


 先ほどの暗い世界は? 夢だったのだろうか?

 それよりも、ワイバーンはどうなったのだろう。 私の傷が消えているのも気になる。


「混乱しているようだな」


 声がした方を見ると、アンセスが木の下に座り込みながらこちらを見ていた。


「お前はワイバーンから攻撃を食らい傷を負った。 俺がその隙をついてワイバーンを撃退した。 その後、安全な場所まで移動し、そこの魔女が傷を治した」


 アンセスは今までにあったことを簡潔に話す。


「ねえ、魔女って言い方やめてくれない? 古いよ、その呼び方」


 青い瞳の女性は不服そうに腕組みをしながらアンセスを睨んだ。

 私が倒れている間に、二人は軽く会話をしたようだ。


 私は彼女に話しかける。


「あなたが助けてくれたのですか?」

「あ、うん。 わたしが回復術で治したよ。 痛いところとか無い?」


 女性は私の胸や腹などをペタペタと触る。

 回復術?というのは良く分からないが、どうやら彼女によって助けられたらしい。


「大丈夫ですよ。 特に痛みは感じません」

「そう? 良かった! 結構ひどい怪我だったから心配したよ。 あの時は助けてくれてありがとう」


 彼女はそう言いながらニコッと笑った。


「ところであなたは……?」

「あ! ごめん、自己紹介がまだだったよね。 わたしはファルシネリ。 旅をしてる魔術師だよ」

「ファルシネリというのですね。 治してくれてありがとうございます」

「いやいや、お礼を言うのは私の方だよ! あのワイバーンの突進は、私の魔術じゃ防ぎきれなかったし」


 ファルシネリはとんでもない!という風に胸の前で両手を振った。


「旅の魔術師ということは、どこかを目指しているのですか?」

「うん。 プロナピエラっていう街を探してるんだ」

「プロナピエラを!? では、その街がどこにあるのか知っているのですか?」

「いや、それが分からなくて……色んな村とかに聞き込みながら旅をしてるんだけど、皆どこにあるか知らないんだよね」

「そうですか……」


 彼女がプロナピエラの場所を知っていれば案内してもらおうと思っていたのだが、そう上手くはいかないか。


「なんか、ごめんね?」


 そんな私の様子を見たファルシネリが申し訳なさそうに言った。


「ああ、いえ! 気にしないでください。 私たちもプロナピエラを目指しているのですが、あなたと同じように場所が分からないのですよ。 それで、少しでも情報が欲しいと思っていたところだったのです」

「二人もそうなんだ! じゃあ、やっぱりプロナピエラは魔術師が集まるところなんだね」

「待て」


 二人でそのようなことを話していると、アンセスが会話に入ってくる。

 彼の右手は腰の剣に添えられている。


「いま、何て言った?」

「え…… やっぱりプロナピエラは魔術師が集まるところなんだねーって言ったけど、何かおかしかった?」


 ファルシネリはアンセスの質問に困惑しながら答えた。


「お前には俺たちが魔術師に見えるのか?」

「え、だってメリーガムさん 魔術師でしょ?」


 彼女は私の方を見て言った。

 え? 私って魔術師なの?


「こんな野蛮人のような筋肉男が魔術師に見えるのか?」


 それに対し、アンセスが私の胸筋をぺちぺちと叩きながら言う。

 え? 私って野蛮人のような筋肉男なの?


 まあ、着ている服も血だらけだし、そう見えなくもないが……もっと印象の良い表現があるのでは?


 私は人知れず少し傷ついた。


「でも……ワイバーンから守ってくれたとき、魔術を使おうとしてたよね? 魔力の動き的にそう見えたけど、違ったのかな?」

「……そうなのか? メリーガム?」

「え、ああ。 確かにカルッゾの電撃を防いだ技を使おうとしました。 不発でしたが」


 私がそう答えると、アンセスはゆっくりと剣の柄から手を離した。


「え? え? どういうこと?」


 ファルシネリは私とアンセスの顔を交互に見ながら混乱している。


「アンセス、彼女の何に引っかかっているのですか?」


 私は前に立っているアンセスに小声で話しかける。


「ファルシネリがイダリッカルの追っ手の可能性を警戒していたが……考えすぎだったようだ」


 アンセスは、何が何だか分からないといった様子のファルシネリを眺めながらそう言った。


「あー、ファルシネリ。 すみません、落ち着いて聞いてください。 私達はですね――……」


 私はファルシネリを休ませると、今までに起こったことをかいつまんで説明した。


 ---


 私達は三人で向き合うように木の下に座りこんでいた。


「ちょっと、待ってね? 今までの話を整理するよ? まず、記憶喪失のメリーガムさんは、自分を拾ってくれた村人に対するテオルレン兵の理不尽な扱いに反抗して捕まったと」


「はい」


「それで、テオルレンが占拠しているイダリッカルの地下牢で、同じく反抗して捕まったアンセスと出会った。 ここまでは合ってる?」


「ああ」


「そのあと、二人で力を合わせてイダリッカルから逃げ出したところで、わたしと遭遇した」


「そうです」「大体合っている」


「そしてアンセスは、わたしがイダリッカルからの追っ手だと思って警戒してた……ってこと?」


「そうだ」


 一連の問答を終えると、ファルシネリは困ったように額に手を当てた。


「なるほど……。 二人とも、随分あれだね、大胆なんだね……」

「疑って悪かった」

「いや、そんな生活してたら疑心暗鬼になるのも仕方ないよ」


 ファルシネリは頭を下げるアンセスを手で制止した。


「それよりも、アルバが治めてるテオルレンに喧嘩を売ったのはまずいんじゃないの?」

「そうですが、彼らを見過ごせなかったのです」

「まあ確かに最近の中央大陸は、なんかおかしいなとは思ってたんだよね。途中で寄った村とかも全然活気が無かったし、魔力を吸う変な石みたいなの設置されてるし」


 彼女は口元に手を当てしばらく何かを考え込んだあと、咳払いを一つして話す。


「プロナピエラを目指してるんだったらさ、わたしもついて行っていいかな? 中央大陸は一人旅だと危険なことが多くて」


 私はその言葉に驚く。


「いや、しかし……私たちは追われる身なのですよ? 関係の無いあなたまで巻き込むわけには……」

「わかってる。 でも、わたしは何としてもプロナピエラに行きたいの。 なんとかお願いできないかな?」


 ファルシネリはじっと私の目を見る。

 彼女の青い瞳は燃えるような決意を静かに宿していた。


 アンセスに助けを求めるように、首を向ける。

 彼は「お前が決めろ」とでもいうかのように腕組みをして黙っていた。


「……わかりました。 共にプロナピエラまで向かいましょう」


 私は気圧されるように彼女の同行を認めた。


「ほんとに!? ありがとう!」


 彼女は私の右手を掴み、半ば強引に握手をした。


「アンセスもよろしくね」

「ああ」


 ファルシネリの耳飾りが風に揺れて爽やかにきらり、と光った。

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