第十五話 「進行方向」
「そういえば、ゴーレムに背中をめった刺しにされていたよな。 大丈夫なのか?」
「ほとんど痛みは感じませんね」
「見せてみろ」
私はアンセスの言葉に従いシャツを脱ぐ。
服はイダリッカルの戦闘でかなり傷んでしまっていた。
ゴーレムから囲まれた際にボコボコにされたので、シャツは血で染まりほとんど布切れのようになっているし、ズボンもところどころ切り裂かれている。
「もう薄皮が張っているな……たいした生命力だ」
アンセスは私の背中を見ながら唸った。
「俺のせいでもあるが、お前は自分の体を粗末に扱いすぎだ」
そう言う彼は、黒い皮を張り付けた簡素なレザーアーマーを着ていた。
使い込まれている感じはするが、傷のようなものはほとんど見受けられない。
イダリッカルでもほとんど攻撃を受けていなかった気がする。
アンセスは私の怪我の具合を確かめた後、再び焚き火の近くに座り込んだ。
私もシャツを着直し、火にあたる。
炎を眺めていると様々な不安が頭に浮かぶ。
主な悩みの種は、これからどうするかについてだった。
本来の目的通り、プロナピエラという魔術街でアルバの情報を集めたいところだが、街の場所も、ここからどれくらい離れているかも分からない。
食料の問題もあるし、追っ手に襲われる可能性もある。
考えることが山積みだ。
頭を巡らせていると、おもむろにアンセスが口を開いた。
「お前はこれからどうするんだ?」
私の心を見透かしたような質問に、思わず焚き火から顔を上げる。
「え?」
「ずっとこの森にいるわけじゃないだろ? なにか、目的とかあるのか?」
これからどうするか……決まっている。
アルバを調べる。そして、自分が何者なのかを思い出す。
私とアルバの関係や、私に起こった出来事。知りたいことは山ほどある。
「記憶を取り戻すためにアルバを調べます」
そう答えると、アンセスは私の顔をじっと見つめ、口を開いた。
「お前には助けられた。 俺一人ではイダリッカルから脱出することはできなかっただろう。 感謝しているよ」
「え、それはこちらのセリフですよ。 私はあなたの脱出計画に便乗しただけですから」
実際、私だけでは早々に捕まっていたか、殺されてしまっていただろう。
アンセスに会えたのは本当に幸運だった。
「だからこそ言わせてもらうが、アルバを追うのはやめた方がいい」
私はその言葉に目を見開いた。
予期していなかった発言に驚き、心臓が跳ねる。
「な、なんですか急に……なぜ……」
「理由は単純だ。 危険だからだ」
アンセスは私の目を真っ直ぐ見据えていた。
「私の頑丈さは知っているでしょう? 力もありますし……」
「身体能力が高いのは認めるが……お前、戦闘経験はほとんど無いだろう。動きが素人丸出しだった」
「そうですが……」
「それに、知識も無い」
「うっ」
知識が無いのは仕方ないのでは? そもそも私は記憶が無いのだ。
「馬に乗る時も、随分てこずっていたな。 鞍を着けていない馬上は不安だったか?」
「それは……」
「カルッゾが撃った最後の雷。 あれを、発動するかどうか分からない技で受け止めたな。 失敗したら死んでいたぞ」
「あの時は、そうするしかなかったでしょう?」
アンセスは私の反論に答えず、近くに落ちていた小枝を折り、焚き火に投げ入れた。
「お前、イダリッカルで何度死にかけた?」
「……」
「イダリッカルでの俺は魔力切れでお荷物だった。 そんな俺にこんなことを言われるのは癪かもしれないが、アルバに近づくのはやめておけ。 今回の比じゃないくらいの危険にさらされる」
ああ、なるほど。
彼は私の事を心配してくれているのだということが、いまわかった。
少しきつい物言いだが、素人の私が戦場に飛び込むことを案じてくれているのだろう。
アンセスはさらに続ける。
「記憶喪失というのは大変かもしれないが、アルバを追うことでお前の記憶が取り戻せるという保証は無いだろう。 そんなことのために自分の命を無駄にするつもりか?」
確かに彼のいう事はもっともだ。
今回は運よく生き延びることが出来たが、アルバに近づくとなると、きっと争いごとは避けられないだろう。
記憶を取り戻すというのも、アルバが唯一の手掛かりというだけの話であって、彼の情報を集めることで私の記憶が戻るかわからない。
それでも……
「それでも私は……アルバを知りたい。 知らなければならないのです。 彼がなぜ暴君となり、このような圧制を敷いているのか。知らなければならない気がするのです」
「そして、彼を止めなくてはならない。 私はある村で苦しんでいる人々を見ました! 優しい人が縛り付けられ、涙を流す顔を見たのです!」
「他の誰でもない。私の魂が、アルバに近づけと叫んでいるのです!!」
私は漁村で会った人々を思い出していた。
彼らは自分たちが生きていくために私を利用しようとしていたが、きっと元々は優しい人なのだ。 優しい人達なのだ。
心を打ち明けて泣いていたダンの顔が浮かぶ。 とてもつらそうな顔をしていた。
そんな彼らの心を捻じ曲げたアルバをこのままにはしておけない。
アンセスは、私が言葉を吐き出すのを黙って聞いていた。
「あなたが私のことを気遣ってくれているのは感謝しています。 ですが、私は前に進む必要があるのです」
静寂。
火が、踊るように揺れながら二人の顔を照らした。
「そうか、お前の覚悟はよく分かった。 ……それならば、手を貸そう」
「……え?」
アンセスはゆっくりと剣を抜き、剣身を、もしくはそこに映る自分を見つめた。
「俺も同じだ。 アルバに苦しめられる民を見た。 お前がアルバを倒すというのなら、俺も協力したい」
剣を握った彼の瞳は、遠くを見ていた。
故郷か、あるいは別のどこかか。
鉄のような鋭い眼が、彼の心の内を物語っているようだった。
「よいのですか?」
「元々、俺は封魔鉱を設置された村や町を解放して回っていたんだ。 イダリッカルではしくじって捕まってしまったがな」
アンセスは抜いた剣を鞘に納める。
イダリッカルから脱出することが出来たのは彼の剣技のおかげだ。
アンセスが助力してくれるというのはとても心強い。
「ありがとうございます! あなたが力になってくれるとは……!」
「俺も、お前の力は頼りにしている」
アンセスがゆっくりと右手を差し出す。
私はそれを受け入れ、握手をした。
彼の手のひらの皮はとても厚く、硬かった。
「……ところで、具体的な目標はあるのか?」
握手を交わした後、アンセスが問いかけてくる。
「えーと、プロナピエラという街に向かいたいのです。 魔術師が多く集まる場所で、様々な知識や情報も集まるところだと聞きました」
「なるほど、プロナピエラの大書庫か…… そこでアルバについての情報を探るわけだな?」
「そう言うことです。 どこにあるか分かりますか?」
「しらん」
「あ、そうですか……」
なんとなく、アンセスはこの地について何でも知っていると勝手に思っていたのだが、普通に分からないこともあるらしい。
「プロナピエラは魔術によって隠されている街だ。 だから、その場所を知っている者はあまり多くない」
「そうなのですね……」
どうしよう。 一瞬で計画が頓挫してしまった。
まあ、もともと計画と呼べるほど作りこまれた構想ではなかったのだが。
「プロナピエラほどではないが、情報が集まる場所を知っている」
アンセスがぼそりと呟いた。
「本当ですか!」
「ミルメコという町だ。 アルバが王になってから急速に栄えた町で、多くの人が集まる。 ここからそう遠くない場所に位置しているはずだ。 だが……」
「だが?」
「治安が悪い」
「治安が…… 逆にこの状況で治安が良い場所があるのですか?」
「特に荒れているんだ、あそこは」
できることならそういった場所にはあまり近づきたくは無いが、背に腹は代えられないだろう。
「しかし、そこでアルバのことが分かりますかね?」
「ミルメコで探すのは、アルバの情報じゃなくプロナピエラの場所についてだ」
「ああ、なるほど」
「それに食料や道具も調達しておきたいしな。 あと、お前の服も」
「そうですね……」
少し遠回りになるが、これで当面の目標がはっきりした。
ミルメコを目指す。
↓
準備を整え、プロナピエラの場所を探る。
↓
プロナピエラへ向かう。
↓
アルバについて調べる。
こういった流れになるだろう。
アンセスという頼りになる味方も加勢してくれることだし、アルバに近づくという目標も夢ではない。
「とりあえずの指針も決まったことだし、今日はここら辺で休まないか?」
アンセスがあくびを噛み殺しながら言う。
「先に休んでいていいですよ。 私が見張りをしておきます」
「む、そうか? 何から何まで悪いな」
とにかく今はアンセスの回復が最優先だ。
馬も失ってしまったし、これから相当歩くことになるだろう。
彼が木にもたれかかると、すぐに寝息が聞こえてきた。
眠るのが早い。
やっぱり騎士というのは、どんな場所でもすぐに眠れるように訓練されているのだろうか。
話し相手が居なくなった私は、おもむろに近くの枯葉を焚き火に投げ入れた。