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第十四話 「腹の中」

 


「追っ手は来てないみたいだな」


 アンセスはぐったりと木にもたれかかりながら呟く。

 先ほどまで青く澄み渡っていた空は、いつの間にか夕焼け色に染まっていた。

 枝葉の間から橙色の光が差し込み、頼りなく地面を照らしている。


 私たちはイダリッカルから脱出し、しばらく草原を走り抜けた先の森で体を休めていた。


 私は何ともないが、アンセスの状態が心配だ。

 魔力切れのつらさはよく知っているつもりだが、彼の様子を見るに私が経験したものよりさらに重度のように見受けられる。

 それに、しばらく何も食べていないようだし、栄養状態も危険なのでは。


「空腹はともかくとして、魔力切れは自然に治るものなのでしょうか」


 私はアンセスが鞄に入れていた火打ち金を火打ち石にぶつけながら話しかける。

 近くの木につないだ馬が飛び散った火花に驚き、ぶるると頭を振った。


「……わからん。魔術や魔力はさっぱりだ」

「よく食べてよく寝たら、多少は良くなりませんかね」

「食い物は持っていない。イダリッカルですべて押収されてしまったからな。

 かろうじて火打ち金やナイフは無事だったが」


 アンセスは喋るのすら面倒そうに目を瞑った。


「なにか食べられるものを探す必要がありそうですね」


 焚き火を起こした私は周囲を見渡した。


「いざとなれば馬を捌く」

「えっ!?馬を食べるのですか? 少しかわいそうでは……」

「最終手段だ! 今すぐどうこうするわけじゃない」


 私はちらりと馬のほうを見る。

 馬は自分が食べられそうになっているとも知らずに自身の足元を蹴っている。


 すると突然、頭上から枝が折れる音が響いた。


 爆竹が破裂したかのような音と共に、枝や葉が降ってくる。


 木々の隙間を破って出てきたのは巨大な鉤爪だった。


 鱗を備えた緑色の体表に、研がれたような鋭い爪。


 鉤爪はがっちりと馬の胴体を掴み、引っこ抜くように空へ持ち上げる。


 ヒヒーン、という馬のいななきが少しづつ遠のき、やがて静寂が訪れた。


「い、いまのは……?」

「ワイバーンだな……馬を盗られた」


 一瞬の事で反応できなかったが、どうやらワイバーンという空を飛ぶ魔物に馬をかっさらわれたらしい。


「あんな魔物がいるのですか!? 私たちも危険なのでは?」

「馬を喰って腹が膨れるだろうから、当分の間は襲ってこないだろう。しかし、長居はしていられないな」


 葉の隙間から魔物が飛んでいった方向を眺めたが、それらしき影は確認できなかった。

 馬を抱えてこの速度で飛行するとは、いったいどんな魔物なのだろう。


「イダリッカルからそこまで離れていない気がしますが、人の住む場所からこんなに近いところでも凶暴な魔物が出るのですね」

「昔はこんなところに魔物は出なかったんだがな……アルバが王となってから都市間の交流、つまり人の往来が減った。その結果、魔物の生活圏が拡大したというわけだ」


 なるほど、そういう事ですか。

 そういえば私を拾ってくれた漁村でも同じようなことが起きていた気がする。


「というか、非常食が盗られてしまいましたね」

「腹が減ってるのは俺達だけじゃなかったようだな」


 アンセスは自虐気味に言った。


 あんな魔物と戦う事になったら勝てる気がしない。

 襲われる前に早めに移動したいところだが、アンセスに負担をかけさせるわけにもいかない。


「……では、私が食べられるものを獲ってきます」

「お前が? 経験あるのか?」

「無いです」

「無いのか……」

「ですが、ここでじっとしていても食べ物は降ってこないでしょう」

「それはそうだが……」


 アンセスは不安そうに唸る。


「大丈夫ですよ、あまり遠くには行きませんから。あなたは焚き火で休んでいてください」


 イダリッカルで拾った黒いマントを脱ぎ、アンセスに掛ける。

 日が沈み、先ほどまでほんのりと明るかった森は沈むように暗くなっていた。

 私は踵を返し、鬱蒼とした森の中へ入っていった。


 ---


 ……何もいない。


 しばらく森の中をうろついたが、食べられそうなものは何もなかった。

 軽い気持ちで鳥や小動物でも捕まえようと思ったが、こんなに見つからないものなのか。


 ワイバーンに警戒して巣の中へ入ってしまったのかもしれない。


 キノコや木の実などは見かけたが、毒があるかもしれないので手がだせないし……


 しかし、何の成果も得られずに帰る訳にはいかない。

 何かないものだろうか。


 そうして歩いていると、踏み出した地面がばしゃりと音を立てた。


「むっ」


 かがんで足元をみると、地面の土がたっぷりと水を含んでいる。

 もしかしたら近くに水辺があるのだろうか?

 池や川があれば魚も住んで居そうだ。


 しばらく水に覆われた地面をゆっくりと進むと、足が深く沈み込む。

 慌てて後ろに下がり目の前を注視すると、そこには沼が広がっていた。

 暗くてどれほどの規模のものなのかは分からないが、結構大きそうだ。


 じっと水面を見ていると、気泡のようなものが浮かんでくるのが見えた。

 魚は居そうだが、どうやって捕まえたものか……


 悩んでいると、突然、水面からピンク色の槍が飛び出してきた。


「うっ!?」


 とっさに上半身を腕で防御する。


 槍は右腕に巻き付き、骨が折れるほどの力で締め付けてくる。

 踏ん張らなけらば沼の中へ引っ張られてしまいそうだ。


「これは……!?」


 腕に巻き付いているものは太く、やわらかく、粘液のようなものを纏ってぬらぬらと光っていた。


 それが伸びてきている水面を見ると、ぎょろりとした二つの大きな目玉と視線が合う。

 水面はそのまま盛り上がり、泥の中からごつごつとした巨体が這い出てきた。


 巨大なカエルだ。


 舌を私に巻き付け、泥沼に引きずり込もうとしている。


 このままではまずい。

 私は両腕で舌を掴むと、全力で引っ張る。


 綱引きが続く。


 引きずり込もうとするカエル、耐える私。


 しばらくするとカエルはゲッゲッと、苦しそうな声を出し始めた。


「ぬおお!」


 私は力に任せてカエルを沼から引っ張り出し、背負い投げるように地面に叩きつける。


 その勢いのまま、ひっくり返ったカエルの喉元に拳を振り落とした。


 カエルは「ギュウッ」と鳴き声を上げ動かなくなった。


 私は息を切らしながら、足元の魔物を見下ろす。


 でかい。

 私よりも二回りぐらいでかい。 3メートルはあるのでは?


 とっさに舌を腕で防御できて良かった。

 もし首にでも巻き付かれていたら、危なかっただろう。


 これ、食べられるだろうか?

 ……焼いたら食べられるだろう。きっと。多分。


 私は大ガエルを肩に担ぐと、アンセスの待つ焚き火の方へと足を進めた。


 ---


「随分な大物を捕まえてきたな」


 カエルを背負った私を見て、アンセスがあきれたように言った。


「頑張って捕まえました。これ食べられますかね」

「騎士だった頃、大ガエルは美味いという話を聞いたことがある」


 彼は口ではそう言いながらも、カエルから距離を取った。


「気持ちはわかりますが、今日はこれで我慢してくださいよ」

「いや、分かってる。選り好みしていられる状況ではないのは分かっている……」


 アンセスからナイフを借りて、カエルの腹に突き立てる。

 腹の中には内臓や卵がびっしりと詰まっていた。


「内臓は……ちょっと食べるのこわいですね」

「そうだな」

「卵はどうです?」

「腹の中でカエルが生まれたりしそうで嫌だ」


 うーん……さすがに無いと思うが、こんなに巨大なカエルだし生命力も強いかもしれない。

 何より、自分の胃袋の中でカエルがうじゃうじゃと蠢く様子を想像すると、とても食べる気にはなれなかった。


 結局、後ろ足のもも肉を食べることになった。


 ……図体に対して可食部が少ない。

 知識があればもっと上手く調理できるのかもしれないが、仕方がない。

 とりあえず腹を満たすことが出来れば、今はそれでよいのだ。


 近くに落ちている枝を削って串を作り、皮を剥いだもも肉に刺して焚き火で焼く。

 肉の表面にところどころ黒い焦げがつき、見た目はそこまで悪くは無い……と思う。


 二人で焚き火を囲むように座り、もも肉を焼く。

 パチパチと炎が跳ねる音だけが、暗闇に響いた。


「なにか、調味料とか持ってませんか?」

「塩を買っていたはずだが、鞄に無かった。イダリッカルで取られたな」

「そうですか……まあ、このまま食べましょう」


 とりあえず一口かじってみる。

 思っていたよりも柔らかく、えぐみのようなものも感じられない。

 味がついていないので美味しくは無いが、普通に食べられる。


 アンセスの方をちらりと見ると、がつがつと勢いよくかじりついていた。

 掻き込むように食べては飲み込み、飲み込んでは食べを繰り返している。

 先ほどまで食べるのを嫌そうにしていたとは思えない食べっぷりだ。


 よほどお腹が空いていたのだろう。


 思わずその様子をじっと眺めていると、肉を引きちぎったアンセスと目が合う。

 私の視線に気づいた彼は咳払いをして、あからさまにゆっくりと食べ始めた。


「あまり人の食事をじろじろ見るな」

「ああ、すみません。つい……」


 確かに少々失礼だった。


「……だが、感謝している。 助かった」

「え?」

「俺のために獲ってきてくれたんだろう? ありがとう」


 彼はそう言いいながら、にこやかに笑った。

 何というか、幼い笑顔だった。

 もしかしたら彼は、私が思っているよりもずっと若いのかもしれない。


 私はもう一度、もも肉をかじった。



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