第十三話 「脱出」
カルッゾの雷。
初撃をゴーレムのコアで防ぎ、
漁村で紛れ込んだ封魔鉱の欠片で二発目をしのいだ。
そして三発目の読み合いに勝ち、アンセスの奇襲へと繋がることができた。
ここまでは完璧だ。
だが、四発目以降の対抗策は用意できていない。
カルッゾが最後に放った雷撃は、既に私の目の前に迫っていた。
身代わりはもう無い。
私は両足に力を込めて大きく横に跳ぶが、雷は後を追うように追尾してくる。
回避も不可能なようだ。
あれをやるしかない。
最初に雷を防いだあれをもう一度。
どういう条件で、どういう状態であれを再現できるのか全く分からないが、
このままでは感電死してしまう。
雷球は不自然に曲がり、こちらに向かって飛んでくる。
私はそれを真正面から見据えた。
全身から汗が噴き出し、心臓が早鐘を撃つ。
できるのか?
いや、やらなければ死んでしまう。
やるしかないのだ。
雷球は既に目の前に迫っている。
――ぶつかる!
私は目を見開いて、全身に力を込める。
雷は私の胸に直撃し、爆発。
強烈な音と光、そして衝撃。
視界が真っ白になり、紫電が放射状に散らばる。
その雷光をかき消すように私の体が光った。
光は透明な鎧のように私を包みこみ、狂犬のように暴れる火花を弾く。
自身の生死が関っている状況だというのに、どこか遠くの風景のように神秘的に見えた。
おそらくそれは瞬きする程度の一瞬だったが、なぜだかとても長く感じられた。
雷は四散し、私を包む光もゆっくりと消えてしまった。
私は自身の体を見下ろし、胸や腹などを触る。
どこにも怪我は無い。
「は、発動した……」
安心し、体から力が抜ける。
「メリーガム!」
脱力した体をとがめるかのように、後方から声がした。
振り返ると、アンセスが抜き身の剣を持ちながら立っている。
その足元には首から血を流したカルッゾが横たわっていた。
「倒せたのですね」
「ああ、それより大丈夫なのか?雷が当たっていたように見えたが」
「なんとか防げました」
アンセスは周りを見回しながら、こちらに近づいてきた。
「ゴーレムや兵士はどうしたのでしょう?」
「俺たちの場所がまだ分かってないんだろ、今の騒ぎで寄って来る前に離れよう」
彼はそう言うと、街の方へ歩き出した。
よろよろとした頼りない歩き方だ。立ってるのもやっとなのだろう。
「アンセス、門は反対方向ですよ」
「徒歩では逃げきれない。あそこに馬小屋があったはずだ」
確かにここから走って逃げるのは難しいか、アンセスは激しい動きはできないし、
相手には騎馬隊もいたのを忘れていた。
アンセスについていくと彼の言う通り馬小屋があった。
中には数頭の馬がつながれている。
「よくここに馬小屋があるとわかりましたね」
「お前に抱えられてカルッゾから逃げるときに見かけた」
ゴーレムの大群を抜けたときだろうか?
あんなに乱れた戦場でよく周りをみる余裕があったものだと感心する。
「馬は乗れるか?」
アンセスが白い馬を撫でながら話しかけてくる。
「いえ、乗ったことは無いです」
「なら一頭に二人で乗るしかないな」
「え、大丈夫なのですか?」
私の身長は2メートル程あるし、アンセスも180近くあるように見える。
馬が耐えられる重さなのだろうか。
「こいつは鍛えられた軍馬だ。ここから離れるだけなら問題ない。」
なるほど、そういうものなのか。
アンセスは紐を外し馬をまたがると、器用に方向転換する。
「後ろに乗れ」
言われたとおりに馬にまたがると、馬が低く鳴いた。
鞍が無いので、どこに足を掛けたらよいのか分からないが大丈夫だろうか。
落馬しそうで不安だ。
アンセスは私が後ろに乗ったのを確認すると馬を前進させる。
馬は地面を蹴ると軽快に走り出し、大通りを走り抜ける。
「いたぞ!ここだ!馬に乗って逃げるぞ!」
後方から兵士たちの怒号が飛ぶ。
白馬は速度を緩めずに、ほとんど燃えカスになった門の残骸を跳びこえ、町の外へ跳躍する。
緑の草原に出た馬はさらに加速していく。
風が顔面に当たり、振り落とされないように体に力を入れた。
怒号はもはや消え失せ、蹄が地面を蹴る振動と風を切る音だけが聞こえる。
町を囲む外壁は少しづつ小さくなっていった。
私達はついに、イダリッカルの地下牢から脱出したのだった。