英雄
十月中旬の金曜日。18時頃、タカシは仕事帰りにドン・キホーテに寄って、その日の夕食とお茶を買った。店の前でお茶を少し飲んでいると、若い女が一人で体育座りをして俯いているのを見つけた。タカシは女の前まで行って「お姉ちゃん、どうしたの?風邪引くよ。」と言った。女は徐に顔を上げ、タカシの顔を見た。「ほっといてよ。」と女は言った。「そうか、悪かった」と言って、タカシは歩き出した。すると女はタカシを呼び止めた。タカシは振り返った。「お金貸してくれない?」と女は言った。タカシは驚いた。「お金が足りなくてどこにも泊まれないの。」と女は言った。「親御さんは?家出してきたの?」とタカシは言った。「何も聞かないでほしい。」と女は言った。「とりあえず交番に一緒に行こう。」とタカシは言った。「いや、行きたくない。」と女は言った。少し間が空いたのち、「じゃあ僕の家に来な。」とタカシが言った。女は小さく頷いた。
二人はタカシの家へと歩き出した。「お姉ちゃん、名前なんていうの?」とタカシが聞いた。女は答えなかった。「なんて呼べばいいのかなって思ったんだ。」とタカシは言った。「ゆう子」と女は言った。
タカシの部屋はゆう子が思っていた以上に整っていた。ゆう子は気を許して、タカシにほんの少しだけ家庭の事情を話した。タカシはニュートラルな表情でその話を聞いた。
その日の夜、タカシは寝袋を用意した。「僕はここで寝るから。僕の布団くさいかもしれないけど、ごめんよ。」とタカシは言った。するとゆう子は突然服を脱ぎ始めた。「なんのお礼もできないから。」とゆう子は言った。「いいよ、そんなことしなくて。」とタカシは言った。ゆう子はタカシの顔を見た。「ゆっくり寝な。」とタカシは言った。
翌日の朝になった。「冷蔵庫にシスコーンと牛乳入ってるから、食べたいときに食べてよ。」とタカシは言った。「ありがとう。」と布団にくるまりながらゆう子は言った。「漫画くらいしかないけど、好きに読んどいて」とタカシは言った。
それから二人は特に会話をせず、黙って漫画を読み続けた。そして夕方になった。「わたし帰る。」とゆう子は言った。「そうか、じゃあ送ってくよ。駅まで結構あるんだ。」とタカシは言った。
タカシは、中古で買った軽トラの助手席にゆう子を乗せ、駅に向かって出発した。「他人の機嫌は絶対にとっちゃだめだよ。」と信号待ちしているときにタカシが言った。ゆう子は黙ったままだ。「いつだって自分の機嫌さえとってたら全部収まっていくから。」とタカシは言った。ゆう子は黙って外の景色を見ている。タカシもそれ以上話さなかった。「それでは聞いてください。College & Electric Youth で A Real Hero」とラジオパーソナリティが言った。「良い曲だな」とラジオから流れてくる曲を聴きながらタカシは思った。
タカシは駅前のロータリーに軽トラを停めた。ゆう子は車から降りて、タカシの顔を見ながら「ありがとう」と言った。「じゃあな。」とタカシは言って駅を去った。
帰ってきて、タカシは布団に入った。「ユキちゃんに会いたいな。」とタカシは思った。もうどれくらい会ってないだろう。あのときは悪かったな。頑張って描いた絵を変って言われたのも嫌だったし。自分よりユキちゃんのほうがいろんな才能あることにも嫉妬したし。そういうのもあって、ついユキちゃんが傷つくようなことを言ってしまったんだろうな。そういうネガティブな感情をもっと自覚できてたら、また違ってたんだろうな、とタカシは思った。ユキちゃんにLINEで謝ろうとタカシは思った。そして携帯を持った。すると、ユキからLINEが届いていた。あ、ユキちゃんからだ、とタカシは思った。トーク画面を開くと、そこには写真が送られていた。なんの写真だろうと思い、画面をタップした。それは、以前タカシが描いたユキの顔だった。その顔が泣き顔に変わっており、吹き出しに「ごめんなさい」と書いてあった。
最終章はR18なので、ミッドナイトノベルズに掲載しています。