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「それで、本当にその石を信じてもいいんだね?」
「はい、少なくとも幼馴染の言葉は信用できるので」
俺達は黒幕に案内してもらうためにクロエの居場所を突き止めていた。
クロエに買った高いブレスレット。
あれには青い石の付属品がついていた。幼馴染の雹華によれば、その石はブレスレットに近づけば近づくほどに強く発光するらしい。
光の大きさに合わせて、こっちでもないあっちでもないと言いながら、ウィルと街を走る。
前回と同様、ウィルと街をうろついていると市民の注目の的となってしまう。
そして俺もあの勇者パーティ【聖剣】の期待の新人、ということで持ち上げられていた。リーダーのウィルとふたりでいるところを二度も目撃され、これは相当ウィルの信頼を買ってるに違いない、という噂にまで発展したようだった。
「姿を隠せるマントか何かがあればいいのにね」
常人では目で追えないほどの速さで街を駆け抜けるウィルと俺。
勇者パーティーに所属する勇者候補達は、なにも訓練だけでここまでの身体能力を手にしているわけではない。
アレクサンドリアという神聖都市で、勇者候補は特別な扱いだ。
だからランクの焼印を押す儀式の後、【与える者】という仮面で顔を隠した不気味な人達から、特殊なご加護を受ける。そのご加護を受けてからは全体的な身体能力が向上し、ランクが上がることに比例して進化できる、というわけだ。
今はその脚力で一気に建物の屋根に跳び乗り、軽やかに疾走している。
「やっぱりこの道は――」
ウィルが小さな溜め息をついた。
あまり望んでいなかった予想が的中してしまったからだ。
晴れ渡る空に、俺達の間の緊張感は何ひとつ伝わっていない。理不尽なまでに真っ青で綺麗な空だな。
アレクサンドリアの中心地。
この都市の統治者である、アレクサンドロス。
彼が住まう『アレクサンドロスの館』が目と鼻の先にある。
俺は左手で強く握り締めている青い石を見た。
確かに、今まで以上に強烈な光を放っている。言い訳はできないし、ごまかしも効かない。とんでもないことになった。
「やっぱり引き返しますか?」
そう言ってウィルを見るが、怖気づいた様子はない。
むしろやる気がみなぎっているという感じにすら見えた。
「大切な勇者パーティの仲間が連れ去られたんだ。このまま帰るわけにはいかないよ。たとえアレクサンドロス様を敵に回したとしても、ね」
顔は微笑んでいた。
一瞬もう開き直ってしまったのか……なんて思ったが、その裏に怒りが隠されていることが、なんとなくわかった。
『おやおや、親愛なるウィルではないか』
背後から声がした。
ていうか、背後からってどういうことだ?
俺達はまだ建物の上にいるっていうのに。
『新入りも同伴か。市民の家の屋根に勝手に上がって、何をしているのかな?』
少し前に聞いた口調だ。
ヤバいやつです、という雰囲気を纏った男、ネロ。
振り返ると、その男が俺達を嘲笑うようにして立っていた。
長身で、長い髪は後ろで束ねてある。
ロルフより少し柔らかい切れ長っぽい目に、既に鞘から抜いた細い白色の剣。
「やあ、ネロ。キミこそこんなところで何をしているんだい?」
挨拶から入るところ、流石ウィルって感じだ。
まだ剣を抜かず、最低限の警戒をした上で立っている。
「貴殿らの動きが気になったものでね。やけに派手に街を走っていたではないか」
「確かに、少し目立ち過ぎたかもしれないね」
ウィルが笑った。
これは本心からの笑いのように思えた。
それに対してネロも、どこか面白そうにしている。旧友と再会した時のような、そんな雰囲気まで感じ取ってしまった。
「だとしても、キミがわざわざここに来る理由はあったのかな? 相互不干渉の約束をしているはずだけど」
そうウィルが言うと、ネロは小さな溜め息をついて、哀れむようにこっちを見てきた。
「そうはいかなくなったのだよ、ウィル。吾輩としても貴殿のパーティとは友好な関係を築いていたかったのだが、そこで思わぬ誘いがあった」
「誘い?」
「貴殿のパーティに所属するある者が、【聖剣】に味方してくれることになったのだよ」
ネロの言っていることは大方理解できた。
つまり、裏切り者は既にライバルのパーティにまで手をつけていたのだ。
確かに、俺達【聖剣】に対抗できる勇者パーティは、ネロの率いる【聖剣】ぐらいしかいないのかもしれない。だが、そこまでして【聖剣】を潰したい動機が、未だにはっきりしない。
どんな恨みがあるっていうんだ?
ウィルがとうとう剣を抜いた。
刃渡り1Mほどの片手剣。
だが、凄く小柄なウィルにとっては、両手で握る長剣となる。
剣の名は【勇者の秘剣】といい、伝説の勇者を目指すウィルに適した、完璧な剣だ。
「吾輩に勝てるとでも思っているのかな?」
言葉だと自信ありげだが、その声には弱さがうかがえる。
内心ではウィルの強さを本気で警戒していることの証拠だ。
対してウィルは余裕そのものだった。自分が負けるなどとは少しも思っていない。その赤い瞳に陰りはない。
「キミと剣を交えるのは久しぶりだね。もう何年も戦ってないような気がする。キミも進化したみたいだけど、僕もここ数年で進化しているんだよ」
手首をポキポキ鳴らすウィル。
よく手首を鳴らしているような……癖なのか、ルーティーンなのか。
「俺も戦います」
長剣を抜き、構えを取る。
今まで何万回も繰り返してきた構えだ。努力に努力を重ね、それでも理想には程遠いと、悔しさを噛み締めながら。
「いや、だめだ」
ウィルの一言に拍子抜けする。
「え?」
どう考えても一緒に戦う流れだったじゃないか。
少し恥ずかしくなった。多分赤面しているんだと思う。
「キミの実力は認めているけど、ネロには到底敵わない。彼は僕が確実に封じるから、オーウェンはクロエのところに行って欲しい」
「でも――」
何か反論したかったが、正論だと思うので何も言えない。
当然だ。
ネロは相当な手練れだと聞いている。それに確かS2ランクだ。
だとすれば、A1ランクの俺が加勢したところで、大した応援にはならないだろう。そう、戦力的にいえば俺もまだまだ。
世界を支配するためには、いずれウィルやネロをも超える力を手にしなくてはならない。
「それに、アレクサンドロス様は今回の黒幕じゃない。シンエルフの勘がそう告げている。もし彼が黒幕なら、もっと強引にクロエを奪うことだってできたはずだよ。権力では誰も逆らえないからね。とにかく、極力戦闘は避けて、クロエを取り返すんだ!」
それだけ言ってウィルは飛び出した。
すぐ目の前で最高レベルの戦闘が始まる。
体格のまったく違うふたりだが、今まで何度も剣を合わせてきたからか、美しい剣技のぶつかり合いだった。
「――って」
見惚れてる場合じゃない。
ウィルの戦う姿を初めて見たので、驚くのは当然だが。
とにかく、俺は俺で、クロエを救わなくては。
もうすぐクロエは完全に『俺の女』になるのだから。
・名前:クロエ=サラマンダー
・容姿:薄紫の肩にかかる長髪、緑色の目
・武器:【黄金血縁の杖】
→サラマンダー家に代々継承されてきた、回復魔術に特化した魔法の杖。20CMほどで、使い勝手がいい。
・一人称:あたし
・好きな食べ物:イチジク




