第八十一話 サツマン勇者
むかーしむかし、あるところにおじいさんとおばあさんが住んでいました。
おじいさんは山へ魔物狩りに、おばあさんは海へ魔物狩りに行きました。
おばあさんが海の魔物を狩っていると浜に大きな薄紅色の球体がどんぶらこっこどんぶらこと流れてきました。
おばあさんはすかさずスパッと両断しましたが、中には元気そうな男の赤ん坊がすやすやと寝ていました。
しかたないのでとりあえず子どもを拾うと狩った魔物といっしょに家に持ち帰りました。
魔物をさばいて調理しているとおじいさんが大量の魔物を背負って帰ってきました。
「なんか拾ったんだけどどうする?」
「飼うにしても餌はなにがいいんだ? 魔物食えるかな?」
二人は子育てをしたことがなかったので魔物の煮汁を与えて育てることにしました。
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「ちょっと待って。いろいろツッコミどころが多すぎて話が入ってこない」
「おじいさんとおばあさんは何者なんだよ」
『当時最強の冒険者夫婦と呼ばれていたらしいんじゃが、すでに引退して田舎に引っ込んでいたからよくわからんのう』
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子どもは大きく成長し、村中破壊の限りを尽くしました。
村人は怖れ、領主からも兵が遣わされましたが、おじいさんとおばあさんが強すぎるので蹴散らされました。
もうだれも逆らうことはできません。
子どもは増長し、村を飛び出して領内を恐怖のどん底に陥れました。
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「あの、これって退治されるほうの鬼の話?」
「こっちが魔王なんじゃないか?」
『力こそパワーの時代の話じゃよ』
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子どもは自分が悪い鬼を退治する正義のヒーローだと思い込み、あちこちで狼藉を働きました。
子分のイヌ、サル、トリを仲間に引き入れ、さらに広範囲をうろついて被害を広げました。
ところが、とあるところでこの乱行は食い止められます。
森のなかにたたずむ一軒の小さな家。そこに美しい娘が住んでいました。
子どもはこの娘に優しくたしなめられて大好きになりました。
しかし娘は悪い鬼に囚われていたので、子分のイヌ、サル、トリのようについて来てはくれませんでした。
子どもは悪い鬼に挑みました。
何度も挑みました。
一度も勝てませんでした。
最強の冒険者であったおじいさんとおばあさんよりも、正義のヒーローである自分よりも、はるかに強い鬼など魔王に違いありません。
イヌ、サル、トリは魔王なら魔王城にいるはずだから四天王じゃないかと言います。
とにかく魔王の四天王なら悪者です。
しかしどんな手を使っても勝つことはできませんでした。
イヌ、サル、トリもいつのまにかいなくなっていました。
娘に優しくたしなめられながら、四天王に挑む毎日を過ごして、子どもは青年になりました。
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「あれ? この話どっかで聞いたことある気がする」
「いっしょに暮らしてからもずっと四天王だと思ってたのか。やべえな」
『四天王のおっちゃんはやたら強くて絶対に勝てなかったんじゃよ』
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青年はいつしか魔王を探して倒すのを忘れてしまいました。
なぜならもう絶対に勝てない魔王の四天王を見つけてしまったからです。
この四天王に勝つまでは魔王を探す意味がないのです。
娘に優しく教えられたとおりに小悪党を倒し小さな英雄になりました。
しかし四天王に勝つことはできなかったのでだんだん家に帰らなくなりました。
小さな英雄をやってるほうが楽だったからです。
ずっと家に帰らないうちに本当に帰れなくなってしまいました。
怖かったのです。
なにもしていない自分が責められることもなく受け入れられるのが。
優しくされるのが。
もう本当はわかっていたのです。
ただの他人の子どもを育ててくれた善良な四天王が魔王とは関係ないのだと。
でも認めたくなかったのです。
自分がただの悪ガキだったと。
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「それで桃太郎から殺人鬼になったの?」
「どこにそういう流れがあった?」
『せんせに会いたい。おっちゃんにも会いたい。でも帰れない。帰れなかったんじゃ』
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百年ほど経って青年は自分が周りの人ほど老いないことに気づきました。
まだ青年は青年のままだったのです。
四天王が住んでいた小屋があった場所は巨大な魔導都市に変わっていました。
もとの家がどこにあったのかわかりません。
青年は帰る場所を失ってしまいました。
都市の人に聞いても四天王がどこにいるのかだれも知りません。
学校を作った人たちはもうとっくに死んでしまったと言われましたが納得できませんでした。
あの強い四天王や優しい娘がいなくなるわけがないのです。
それから何百年もただの小さな英雄として、用心棒としてサツマン王国中を放浪しました。
悪いやつがいなくなるまで歩き回りましたが、決していなくなりませんでした。
あるとき南の島で悪いやつが暴れていると聞きました。
オニナパという島にはきっと悪い鬼がいるに違いない。
それを退治すればせんせとおっちゃんに会えるかもしれない。
そう思って初めての船に乗ったのです。
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「初めてだったのかよ」
「ずいぶん堂々としてたねえ」
『せんせとおっちゃんには会えなかったが、おぬしらに会えて楽しかったわい』
「いやまだここに来た用事済ましてないでしょ」
「なんか心配になってきたから明日は討伐について行こうか?」
『わしはこれでも何百年も生きてるんじゃ。それくらい独りでもなんとかなるわい』
「そうかな? ところでこの話なんの話だっけ?」
「ん? あれ? ああ、肝心のところが伝わってないんじゃないか?」
『お? んむう? あ、そうじゃ、わし、勇者なんじゃ』




