第七十五話 待ち合わせ
「結局日記と手紙のコピーをもらってきたけど」
「最初は手書きで書き写された読めない日本語渡されそうになったからな」
「辰巳がコピー魔法使えてよかったね」
「あ、おかえりなさいませ」
「食事は部屋でとるからかまわなくていいぞ」
「かしこまりました」
「あの最初に案内してくれた人は大丈夫だった?」
「え?! あ、あの、はい。大丈夫、だと思います。はい」
「なんで赤くなったんだろう?」
「よっぽど恥ずかしいことやらかしたのか?」
「さて、飯食って風呂にするか」
「辰巳のおなかの袋から出すやつ?」
「四○○ポ○○○じゃないんだが」
「ぐる」
「あれ? チョコちゃんおかえり」
「どこ行ってたんだ?」
「ぐ」
「影の人たちと買い食いか」
「俺もそっちのほうがよかった」
「ぐう」
「チョコちゃんが選んだこの街の最優秀肉?」
「おお、それもいっしょに食べよう」
「ところでエドさん、さっきからずっと黙ってるけどどうしたの?」
「ぎくぅ」
「あからさまだなあ」
「どうせ魔王の話でしょ」
「ぎっくぅ!」
「飯と風呂のあとな」
「え? ……それでいいんですか?」
「絶対急がないよね、その件」
「急ぐ話ならもう話してるだろ」
「……そうですね」
「それより俺は腹が減ったんだ」
「食べよう」
「ぐすっ」
「エドさんが自分から話してくれるならいいさ(あの薬使わなくて済んだな)」
「辰巳がなにか黒いこと考えてる気がする」
「ぐるる」
「チョコさん、慰めてくれるのですか? うう、ありがとうございます」
「違うよ。早く食え、うまいぞって」
「影のわたしをこんなにも信頼してくださってありがとうございます」
「影って言っちゃったな」
「エドさんはいい人だから耐えきれなくていつか自分から言い出すって言ってたの合ってたね」
「おい、虎彦、それは言っちゃダメだって言っただろ」
「ふふふ、いい人ですからね」
「あ! それ俺の肉!」
「いまの見えなかった」
「ぐるぅ」
「うん、元気になってよかったね」
*****
「ふう、風呂も入ったし、あとは寝るだけだが」
「お二人にお話があります」
「ほう、聞かせてもらおう」
「どういうモードそれ?」
「実は魔王なんですが……」
「ふむ」
「なるほど」
「いやまだだろ」
「生きてます」
「……は?」
「それじゃ父さんが倒したのはなに?」
「身代わりの四天王ですね。それも生きてますけど」
「ええ……」
「魔王はなにしてるの?」
「魔王は西の島でほのぼのと暮らしてますよ」
「ええ……」
「王は知ってるのか?」
「国王陛下と前王様はご存じです。ほかは宰相様と影くらいしか知りません」
「めっちゃ国家機密やん」
「魔王が倒されて平和になったとかいうのは全部うそってこと?」
「うそではありませんよ。魔王が引退するときに魔物をごっそり間引きましたから」
「ええ……」
「そもそも魔物が暴れるのと魔王は全然関係なかったんですよね。魔王はずっと何百年も西の島にいたんですから」
「数十年まえから急に魔物が増えて魔王が攻めてくるって大騒ぎになったって聞いたけど」
「単に魔物が増えて森からあふれただけのようです」
「ええ……」
「魔王は関係ないのに悪者にしていいの?」
「魔王が言ったんですよ。『わたいら悪者にしたてたら説得が楽ですやろ。好きに使うてもろてかましまへんさかい』って」
「なんでエドさん魔王と知り合いなの?」
「勇者がなにも聞かずに城を飛び出したので、勇者を監視しつつあらかじめ魔王城に情報収集に行ったんです」
「さすが勇者のお守り係」
「それですぐに応接室に通されて歓迎されまして」
「どういう展開」
「十時間くらいもてなされたあとに『いやあ、久方ぶりのお客様やし、張り切ってもうてすんまへんなあ。それでどういったご用向きでしたか』と」
「ええ……」
「寂しがり屋の魔王か」
「勇者の説明をしたら、『ほう、勇者! 勇者ご一行様のなかにはももたせんせはいたはりましたか?』と聞かれ」
「ももた先生? ああっ! 百田……モモンタクッ」
「そのときはまったくわからず『いえいらっしゃいません』と答えたときにものすごく悲しい顔をしてなんだか悪いことをしたなあと思っていたんですよ」
「魔王ってもしかして」
「その後もちょくちょく城に呼ばれて『勇者なかなか来ませんねえ』なんて話してたんですが」
「ああ、魔王が待ちくたびれてたって言ってたな」
「『ももたせんせはいつもわたいのことカラスくんって呼んだはったさかい、カラス魔王って名乗ってたらすぐせんせに見つけてもらえると思うとったのに』って寂しそうに話してくれたんですよね」
「じゃあやっぱり百田のおっさんの弟子だか部下だかなんだな?」
「助手だよ」
「さっきそのモモンタクッ・マジナッ様の手記を聞いていて急にそれを思い出しまして」
「カラス魔王も日本人だったってことか」
「魔王は元の世界に帰る手段を持ってるけど、先生といっしょに帰るんだって言ってたんです」
「あれ? じゃあ父さんが帰ったのは?」
「『勇者がだれであれ、ここまで来はったらもとの世界に帰したあげましょう。帰りたいのに帰れないのは悲しいですさかい』って魔法陣を用意して待ってたんですよ」
「それで本人は帰らずにまだ待ってるのか」
「ええ。『せんせが待ち合わせに遅れてきはるのはいつものことです』って」




