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第七十三話 謎の暗号

『ここから先は特別展示になっています。マジナッ様のご要望によりだれでも申請すれば見ることはできますが、貴重なものばかりなので出入りは厳しく管理されています』


「なにが遺されているんだろう」


「重要なものなのでしょうか?」


『こちらがマジナッ様が最期に「日本人が来たら必ず見せるように」と言い遺したとされる謎の暗号です』


「これは……」


「『勇者の子育て絵日記』」


「なか見てもいい?」


『ええどうぞ』


「『秋の月の明るいころ、殿下がおかしな子どもに出会ったと言う。ももたろさんとか言ってたそうだ。日本人の子だろうか?』」


「殿下って?」


『デンカというのは賢者の名前ですね。幼少のころはテンガラモンと呼ばれていた説もあるようですが、本当の名前かどうかはよくわかりません』


「『月の細くなったころ、殿下が出会ったという子どもが遊びに来た。ずいぶんとやんちゃな子だが、桃太郎ごっこに付き合って鬼の役をやってあげると上機嫌だった』」


「あーね」


「四天王ではなかったのですね」


「そりゃそう」


「なんだ四天王って?」


「この子どもが勇者で、マジナッのおじさんが魔王の配下の四天王で、囚われの賢者を助け出しに来たって与太話を聞いた」


『まったくどこのバカがそんな与太話を。極刑に値しますね』


「勇者はまだ五歳くらいだったみたいだからね」


「『いつの間にか桃太郎くんの家来たちに、僕が殿下を閉じ込めていた悪い四天王だと勘違いされてしまったようだ。設定がよくわからないが……。この子は保護者もなくちゃんとした教育も受けていないようなので話し合いの結果僕たちが引き取ることにした』」


「やっぱいい人じゃん」


「その家来ってのはなんなんだ?」


「イヌ、サル、トリを連れてたらしいよ」


「話を聞く限りイゥヌは斥候、ゥサルは魔法師、トリゥは剣士のようでしたね」


『どこかで出会った冒険者が勇者を保護していたらしいと言われていますな』


「あーなるほど」


『住んでいた村を出た経緯はわからないですが、要するに迷子になって帰れなかったんでしょうね』


「危ない子どもを放っておけないよね」


「ムダに行動力だけある子どもってやっかいだな」


「冒険者たちがこのお二人に勇者を預けたということですね」


『最初冒険者たちは勇者にそそのかされて「四天王」に挑んだようですが、マジナッ様にコテンパンにされて改心したようです』


「話し合いってそういう」


「『新月の夜、殿下がオムライスとプリンを作ってくれた。桃太郎君も大喜びだ。僕は親子丼のほうがいいなあ』」


「なにこのまったり感」


「残りも大体こんな感じだけど」


「これが本当にわざわざ謎の暗号で残された文書なのでしょうか?」


『よろしいでしょう。実はその文書は翻訳も残されており、われわれは内容を把握しています。自称勇者が正しくその内容を解読できるかどうかの認定試験を兼ねています』


「そういうことか」


「それじゃあ本番はここからってことだな」


『ええ、こちらへどうぞ』


「めっちゃ厳重じゃん」


「銀行の金庫みたいな感じだな。入ったことないけど」


「こちらは公開されていないんですね」


『そうです。先ほどのは表向きの謎の暗号資料として展示されているのです。この部屋は暗号が解読できた人間だけが入ることが許されています』


「暗号っていうかただの日本語だけどな」


「わたしには完全に暗号でしたけどね」


『代々の魔導学院の学長だけが謎の暗号の正体を知っているのですよ』


「ん? ということは」


「ボヤシさんは学長ってこと?」


『そのとおり。わたしが現学長のボヤシボシビンタです』


「へえ」


「暗号は読めるの?」


『あれ? 反応が薄いですね……。わたしも学長として謎の暗号の研究はしていますよ』


「あ、なにか書いてある」


「『いらっしゃいませ』」


「そんな定食屋みたいな」


『こちらが本物の謎の暗号文書です』


「さっきと同じくらい古い本だね」


「『同郷の友へ』」


「急にトーンが違う」


『わたしも楽しみです』


「あれ? 研究してるんじゃないの? 読んでみてよ」


『いいでしょう。「……ガこノ……オ……で…ルト…うこトハ……」』


「謎の暗号だ」


「『君がこの手記を読んでいるということは僕はもうこの世にいないのだろう。だれでもいい。これが読める同郷の友よ。われわれの研究の成果を君に託したい』」


『おおお、なんという。マジナッ様のお言葉……!』


「ひざまずいた」


「『僕(もも)()(くま)()(ろう)はこちらではモモンタクッ・マジナッと呼ばれている。日本では大学で物理を教えていたが、趣味で各地の廃れた(ほこら)を回っていた。その途中で急にこちらの世界に飛ばされてしまったのだ』」


「おお、謎のほこら」


「『この世界で賢者(テンガラモン)として知られるようになった桃園(ももぞの)天雀(ひばり)さんは、教員として配属先が決まり新学期を前に学校の近くの神社に寄った帰りにこちらの世界に迷い込んだそうだ』」


「ちょくちょく向こうとつながってるのかな」


「『勇者である()(がり)太郎くんはこちらに来た経緯がよくわからないが、おそらく転生なのではないだろうか。転生前も幼かったようなので話がはっきりしない。あと落ち着きがない』」


「やっぱそうだよね」


「『たまたま迷い込んだだけのわれわれは助け合って暮らしながらもとの世界に帰る方法を探してさまざまなことを試した。桃太郎くんはもとの世界にはあまり興味がなさそうだが、ときどきお母さんとつぶやいている』」


「あ、一方通行なんだ」


「『長い間をこの世界で過ごしこの世界のことも少しずつわかってきた。魔導学院を作ったのもより高いレベルの研究を進めるためだ』」


「(ちらっ)」


『ああああ、マジナッ様……!』


「『いまだに帰る方法の見当は付いていないが、「魔王を倒せばもとの世界に帰れる」というマユツバものの情報だけがわれわれに残された唯一の手掛かりだ。その魔王とやらの居場所すら不明なのだが』」


「(ちらっ)」



エドゥオンは無表情で気配を消している。



「『この手記を書いている時点でまったく目途が立たないので、おそらくわれわれは帰ることはできないだろう。しかしこの魔導学院での研究はこれからも続いていくだろうし、君たちがこれを読むころには世界を渡れるようになっているかもしれない。魔導学院は君たちがもとの世界に帰る手助けをしてくれるはずだ。健闘を祈る』」


「あー、なるほどそういう展開か」


『マジナッ様……優しい!』


「『ところで僕の助手の烏丸(からすま)くんもおそらくいっしょに飛ばされてきていると思っているのだがいまのところ見つかっていない。もし見つけたら手厚く保護してやってくれ。もう手遅れかもしれないが』」


「えっ?!」


「え?」


「ん? エドさんなんか心当たりでもあるのか?」


「い、いやそんな、あるわけないじゃないですか!」


「エドさんたまに怪しいよね」


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