第六十六話 魔導都市の塔
『それで、翻訳魔法の腕輪の仕組みを改善できないかと?』
「そうだ。まったく魔法の素質がないやつでも使えるようにしたい」
「まったく魔法の素質がない」
「と、トラ様」
「それにはこの仕組みが使えると思うんだが、原理的にはどうだ?」
『ほう、なるほど。これならここをこうして』
「始まったね」
「お茶……はもういいですよね」
『それではわたしがこの塔内をご案内いたしましょうか?』
「いいの?」
『もうしばらくあれは正気には戻りませんからね』
「ですよね」
「塔の探検だ!」
『まいりましょう!』
「行ってきま~す!」
(ほっ)
*****
『この塔の二十階から二十四階は組合長をはじめとする優秀な魔道具師の作業部屋があります』
「作業部屋?」
『ええ、研究したり実験したり、事務仕事をしたり、たまに人に会ったりするための部屋などが用意されています』
「会議室とか?」
『お偉方の集まる会議には二十五階の大会議室が使われますが、普段は十九階にある空の小部屋なんかが使われていますね』
「なんか変わったものあるかな?」
『上の会議室だとほかの塔と会議するための魔道具とかがありますけど、いまは鍵がかかってて入れないですね』
「へえ~。ほかの塔もここと同じ感じ?」
『そうですね。全部で五十塔くらいありますけど、大体似た感じです』
「その塔はみな魔道具師の塔なんですか?」
『全部ではありませんが、ほとんどがそうです。それぞれ別の魔道具師組合が入っています』
「魔道具師以外はなにがあるの?」
『食料生産組合とか食品加工組合とか調理飲食業組合とかが多いですね』
「だからおいしい屋台が多いのか」
『この都市の基盤整備や塔も含めた建設等を担当する都市開発塔もあります』
「みんなこういう建物に住んでるの? 遠くからも高い建物が見えたけど」
『そうですね。住居は二十階建てくらいまでの建物が多いでしょうか』
「風や地震で揺れそう」
『その辺は魔道具で対策してありますよ。揺れと反対方向の力を発生させて揺れを小さくします』
「制振ってやつだ」
『なんですかそれ?』
「耐震、制振、免振とかいうのがあるよ。詳しくはWEBで」
『なんですかそれ?』
「あとで辰巳に聞いてよ」
『わかりました。トラさんは物知りですね』
「初めて言われたね」
「さすがトラ様」
『十四階から十八階は資料室や倉庫になっています。ご興味は』
「ないです」
『では十三階の食堂』
「行こう!」
『食い気味ですね』
「ここの食事とか気になるじゃん」
『まあそこそこおいしいですよ』
「そこそこ?」
『今朝までは最高においしいと思ってたんですけど』
「タツ様のケーキを知ってしまいましたからね」
「ああ、そういうこと」
『着きましたよ。ここが』
「すっげー広い! バイキング?」
『ばいきんぐがなんだかわかりませんけど、ここは入場許可を持ってる人ならだれでも好きなだけ食べ放題です』
「おお食べ放題」
『それほど変わったものがあるわけではないですが、味は保証しますよ』
「親子丼、かつ丼、天ぷらそば、ラーメン、ハンバーグ定食、カレーライス……そうだね、メニューは普通だ」
「全部見たことない料理なのですが……」
『へえ、勇者様の国から来たっていうのは本当なんですね』
「トラ様を試しましたね?」
「この国の勇者も日本人なの?」
『勇者様の国ってひとつじゃないんですか??』
「向こうにもいっぱい国はあるけど??」
「なにか根本的なところに齟齬がありそうですね」
『まあなにか食べながら勇者様の国の話を聞かせてくださいよ。わたしは勇者様の研究をしてるんです』
「おお、こんなところに」
「ちょうどいいですね。この国の勇者についてちょっと知りたかったんですよ」
『ほうほう。なにが知りたいですか?』
「早く注文しなよ。オレ味噌タルタルカツ丼」
『通ですね。わたしは梅生姜焼き定食にします』
「全部見たことない料理なのですが……」
「エドさんはわさびチーズ牛丼にしなよ」
「トラ様のおすすめなら」
『出て来ましたよ』
「はや」
「いつのまに作ってるんでしょうか?」
『ここは大量の魔道具を活用してますからね』
「でもおいしそう」
『あちらの商談用の席にまいりましょう。防音魔道具がありますから』
「確かに防音魔道具があったほうがいいでしょうね」
「ないしょ話するの?」
『個人情報が漏れないようにするためですよ』
「この席は周りからの視線も気になりませんね」
「半個室みたいで落ち着く」
『椅子も少しいいんですよ』
「いただきまーす」
「それではいただきます」
『お? 勇者様の国の習慣ですよね。いただきます』
「そういえばこっちの人って言わないね」
「まじめなミゥテルゼン教徒はなにか言いますけど」
「エドさんはまじめじゃないの?」
「ほとんどの貴族はあまりまじめじゃないと思いますよ」
『ミゥテルゼン教ですか。むかしは多かったみたいですがいまはミゥテルゼン教から派生したシィゥテルゼン教のほうが多いですね。内容はそんなに変わらないと思いますけど』
「ミテルゼからシッテルゼに変わったの?」
『詳しくはないんですけど、ミゥテルゼン教は「太陽はおまえのことを全部見ているぞ」という教義なので、夜は悪いことをし放題だったのですが、シィゥテルゼン教は「神はなんでも知っているぞ」なので悪いことができる隙がないのだそうです』
「やっぱりミテルゼからシッテルゼに変わったんだ」
『魔道具が発達して夜も明るくなったのが関係していると思うんですよね』
「クマモトの夜は暗いからね」
「夜は暗いものじゃないんですか?」
『場所によっては昼より明るいですよ』
「環境に悪そう」
『周りの魔物の出現率がどうこうという研究はありますね』
「オレの知ってる環境問題と違う」




