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第五十八話 フィグォルド家

『フィグォルド様、お一人で出歩かれるのはくれぐれも』


『あーわかったわかった』


「わかってないやつ」


「そういう会話だったのか」


「もめているように見えましたが王宮内でもよくある光景でしたね」


「よくあるんだ……」


「じいちゃんがよく止められてる」


『それでは行きましょう。先ほど使いの者を出しましたのである程度歓迎の準備は進めているはずですが、なにぶん急ですので至らない点はお目こぼしください』


「大丈夫だよ。たぶん準備は整ってる気がする」


「トラ様……影の行動を先読みするのはやめてあげてください」


「なんか町の人にめっちゃ注目されてる気がするんだけど」


『みなさんがわたしの命の恩人であるとすでに知れ渡ってますからね』


「この町の噂の広がりかた速すぎない?」


「下手すると影の伝達より速いんじゃないか?」


「翻訳魔法を駆使してほとんど言葉を発さずに一瞬で伝達されるらしいですよ。出会い頭に『じゃっど!』で終わりみたいで内容がわからず頭を抱えていました」


「どういう町なんだよ……」


『むかしは各地に諜報員として派遣されていたことがあるって聞いたことがありますな。いまはほぼ国交がないのでそんな必要もないんでしょうけど』


「いい人材がいたら引き抜きたいところですね……」


「ヘッドショットってやつだ」


「ヘッドショットしたら死んじゃうだろ……」


「なんで国交がなくなったの?」


『かなりむかしの話ですが、当時のいさかいを(おさ)めるために現れた勇者があの深い谷を作って人が渡れないようにしたという言い伝えがありますね』


「勇者か……いいのかわるいのかなんとも言えんな」


「戦争がなくなっても交流もなくなるのはやりすぎな気がするねえ」


「こちら側に伝わる話ではある日突然大地震が起きて大地が割れたと言われていますが、勇者ならそういうこともできるんでしょうね」


「どこの勇者なんだろうね?」


『サツマン国の勇者だと言われていますよ』


「なるほど、サツマ側から急に分断されたから向こうには状況が伝わってないんだな」


「勇者は時に天変地異のようなものですからね」


「地震、雷、火事、親父、ほんとだ」


「親父は虎彦の場合だけだろ」


『さてそろそろ着きますよ。あそこに出迎えが出ています』


「旗振ってる人が百人くらいいるんだけど」


「どういう準備させたんだ」


「あれはやりすぎですね」


『ちょっと大げさすぎましたかね。この町によそからお客さんが来ること自体が珍しいものですから』


「ああそういうことか」


「じゃあ手を振ったほうが喜ばれるかな」


「急な王族ムーブ」


「すごい歓声ですね。さすがトラ様」


『さあ着きました。ようこそいらっしゃいました。歓迎いたしますぞ』


『いらっしゃいませ。馬車はこちらへ』


「こんにちはー。オレは虎彦、トラって呼んで」


「俺は辰巳だ。タツでいい」


「わたしはエドゥオンです。エドと呼んでください」


『トラ様、タツ様、エド様、わたしはフィグォルドの妻のマネタです。夫の危ないところを救っていただいたそうで、本当にありがとうございました』


「助けたのは辰巳だよ」


『タツさんはとても強いんだよ』


「おまんさああとでかたいようごたっね」


『あ、はい』


「え? いまのよく聞き取れなかったけど、翻訳されてない?」


「あとでお話し合いするんだって」


『おほほほ、トラ様はよくお聞こえになりましたわね』


『翻訳魔法はね、相手に伝えようとする意志がない言葉は翻訳されないんだよ』


「だからわかるところとわからないところがあるのか」


「わたしにも混ざって聞こえましたね」


「え? オレには同じに聞こえるんだけど」


『あらもしかして……トラ様は魔法の素質が』


「あれ? 魔法は使えないけど、魔道具なら使えるよ?」


「魔道具は魔法の使えない人でも使えるんじゃなかったっけ? この腕輪も魔法の使えない人用って言ってなかったか?」


『ええ、普通の魔導具ならそうなんですが、翻訳魔法はちょっと特殊でして』


『伝えたい意図を送信する側と受信する側で認証みたいのが必要でね、その部分はどうしても本人の魔法が必要になるから』


「どうりで腕輪着けてもあまり変わらないわけだ」


「ん? あれ? なんかどっかで似たようなことを……ああっ! もしかして記録の魔道具と同じような仕組みか? 言葉に乗った魔力波を使って意図を読みだしてる?」


『細かいことはわかりませんが、この魔道具を作った専門家がいますからご紹介しましょうか?』


「急に興味が出てきた。うまく改造できれば虎彦も翻訳魔法の魔道具が使えるようになるかもよ」


「ほんと? 異世界言語チートできる?」


「虎彦はもともとチートだろ」


「チートじゃないよ。全部自力だよ」


「俺はずっと日本語で話してるけど、どう聞こえてるの?」


「異世界言語チートでクマモトの言葉になってるけど、たまに日本語になってるよね」


「え? 混ざってるってこと?」


「ああ、ときどき聞き取れないことがありますね。つぶやいているのは異世界語だったのですね」


「マジか」


「父さんと母さんも日本語とクマモト語がころころ切り替わるし」


「え? ずっと同じに聞こえてた」


「確かに勇者が言うことはたまにわからないですね」


「そういえばひごっどんとマネタさんもちょっと違う言葉だよね」


「え?? なにが違うんだ?」


『わたしはこの町の生まれじゃないですからね。東の方の生まれであちこちを旅してきましたから少し言葉が違うかもしれません』


「虎彦、まさか翻訳なしで全部理解してるのか? 俺は言語チート通しても理解できないのに」


「それ以外にどうしろと」


「すげー。すげえな」


「トラ様は天才でございます」


「本当に天才だわ」


「急にほめないでよ」


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