第五十五話 死の渓谷
「本当にここを渡るのか?」
「いけるでしょ」
「向こう側が見えないんだが」
「大丈夫だって」
「底も見えないんだが」
「見なくていいよ」
「あのなあ、馬車と馬とチョコと人間二人抱えて飛べるわけないだろ?」
「辰巳が向こうまで飛んでから転移魔法使えばいいじゃん」
「はあ、一人で行くのかよ……」
「がう」
「お、チョコもいっしょに行くか?」
「チョコちゃんはいってらっしゃいって言ってる」
「タツ様、お気をつけて」
「うぅ、わかったよ」
「トラ様、お茶にしましょう」
「ちょ、くつろいでんな」
「向こうに渡ったら辰巳もお茶しようね」
「はいはい、……俺だけ冒険してる気がする」
「ぐる」
「チョコちゃんはスラ芋?」
*****
「おお、霧と風がすごいけど、わりと眺めはいいな」
おそらく渓谷の底を流れる川から立ち上る暖かく湿った空気に、外から流れ込んだ冷たい空気がぶつかり混ざり合いながら断崖の壁面に沿って吹き上がり、濃い霧と乱流を生み出していた。
向こう岸が見えないほどの広く深い渓谷を渡るには、通常なら壁伝いに底まで降りて大岩の転がる谷底を歩き急流を渡り、また崩れやすい絶壁を登らなければならないのだが、空を飛べる辰巳には関係がなかった。
いや、単に空を飛べるだけではこの渓谷を渡ることは難しい。
霧で見通しが利かないばかりか、乱気流で思わぬところから突風が吹き乱れ、普通の鳥やワイバーン程度ではうまく飛び抜けることができないのだ。
「風魔法や水魔法や火魔法を駆使して気流制御してついでに暖房もしてるけど、これ普通の魔法使いじゃ渡れないだろ」
しかもこの乱流に適応した魔物まで住み着いている。
比較的気流の安定した壁沿いにしか移動しないようではあるが。
「お、底がちらっと見えたぞ。川と……なんか動いたな」
底には地竜の一種が住み着いており、岩の隙間に隠れたり水辺をチョロチョロしたり壁に張り付いたりしていた。
底にたどり着いた人間なぞ餌にしかならない。
「ま、川を越えたならもうすぐ向こうに着くだろ」
乱流にも慣れてきて油断したところに魔物が飛びかかってきた。
「お、ワイバーンっぽいなにか」
スパっと両断して袋に収納した。
もうほかの魔物は寄って来なかった。
「あ、見えたぞ。かなり遠いな。ん? なんだあれ?」
渓谷の対岸が見えてきた辺りで異常に気づく。
「だれか魔物に襲われてる? 間に合うか? いや、もう転移使えるな」
とりあえず転移してシュパパッとやっつけた。
*****
「あ、大丈夫ですか?」
「お、おお、あいがともしゃげもしたん」
「え? 言語能力が追い付いてない? もうちょっと翻訳してくれないかな」
「あっなかとこすくっもろたち、ごればせんないかんね」
「ああムリかも。虎彦ならなんとかなるかな?」
「わっぜよかにせじゃっでうちげえきやっせえむいめんひったまがっど」
「ちょっと待っててください。友達呼んで来るんで」
「ん?」
おじさんがキョロキョロしてるうちに虎彦たちのいるところに転移した。




