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第百一話 お散歩コース

「こっちはなあ開けてて草と花で気持ちいいぞお」


「おお広いな」


「きれいだね」


「のどかですね」


「道から外れて町が見えないとこまで行っちゃダメだぞお。帰れなくなるからなあ」


「どんだけ広いんだよ」


「あとなあ迷ってあっちのほうにずうっと行くとなあ急な崖になってるからなあ。草原が続いてると思って油断してると簡単に落ちて死んじゃうからなあ」


「この辺りは足元までの草しか生えていないようですけど、高い草で視界が悪いと危険かもしれませんね」


「天気が悪いと方角もわかりづらいしなあ。風が強いと音も聞き取りづらいしなあ。ざわざわする草のなかを当てもなく歩いてるとぼおーっとしてくるからなあ」


「なんか変な成分でもあるんじゃないか?」


「ぼうっとする毒?」


「それはあるかもなあ。急に考えがまとまらなくなったりするからなあ。迷ったら歩き回らないでとにかく発信機で知らせてくれるのがいいぞお」


「この辺の人はこの草原によく来るのか?」


「ウサギ刈りに来るなあ。お弁当を持って家族で遊びに来るんだ」


「遊びでウサギ刈り?」


「その場でさばいて食べてもいいし、あまったら肉や皮が売れるしなあ」


「危険じゃないの?」


「危険? ウサギがかあ?」


「宿の人がウサギは危険って言ってたよ」


「小さい子どもなら危険かもなあ」


「ウサギはどの辺にいるんだ?」


「そうだなあ。ちょっと早いけどこの辺で休憩にしようかあ。ウサギも出てくると思うぞお」


「人がいるところに出てくるの?」


「そりゃあそうだろお?」


「ん?」


「すぐに準備いたします」


「エドさん、椅子とテーブルと日除けはいらないよ」


「せっかくだから草の上に座ろうぜ」


「それでは敷物を広げますので」


「直接座ればいいよ」


「ずいぶん過保護だなあ」


「それじゃおにぎりでも食うか」


「ワイバーンおにぎり!」


「わたしはティレムサテュヴァのテリヤキでお願いします」


「エドさんそれ好きだよね」


「ブラリはなにがいい?」


「それは食い物なのかあ?」


「嫌いな物とかあるか?」


「特にないけどなあ」


「じゃあ定番のボーのちんずとスラ揚げのおにぎりだ」


「定番なの?」


「ヘドリン研究者の間で人気だぞ」


「初耳ですね……」


「おおお、じゅわっとジューシーでとろっとクリーミー! パリサク食感ともちぷる食感のハーモニー! 塩っぱいが来て甘いが来たと思ったら濃厚なうま味が舌を蹂躙する! なんだあこれはあ!」


「だろ?」


「気に入ってよかった」


「うわっ!」


「鳥がおにぎりをかっさらってったな」


「お、俺のおおにぎりをおおお……ゆ る さ ん っ !」


「ブラリサンがキレた」


「ポケットから石ころ出してぶん投げたな」


「あ、鳥落ちた」


「一発であれに当てるとかなかなかやるな」


「おにぎりに夢中なときの油断しきった顔とそのあとの絶望の表情の落差がとても印象的でしたね」


「宿のバイトが言ってた鳥ってこれのことか」


「確かにまあ……危険?かな?」


「おおお俺のおにぎりい……」


「泣かないで」


「まだあるから安心しろ」


「あの鳥は放置してよろしいのでしょうか?」


「あいつは焼き鳥にしてやるぞお……むぐ……食い終わってからなあ」


「そんなに気に入ったか。よしよし」


「あまり無計画に餌付けしませんように」


「餌付け完了されてるエドさんが言うと説得力がある」


「ガサッ! ドン! キュウ……」


「なんだ? これがウサギか?」


「辰巳にぶつかったね。気絶してる?」


「怪我はないかあ? 待ってなあいま回復薬を」


「いや大丈夫だ。特にダメージはない」


「むしろウサギがダウンしてるね」


「タツ様が硬すぎたのでしょう。普通の人なら大怪我しているかもしれません」


「俺が普通じゃないみたいに言うな」


「普通じゃないよね」


「普通じゃあないなあ」


「このウサギは壁にぶつかっちゃってかわいそうだね」


「壁言うな」


「違うなあ。こいつらは強力な体当たり攻撃で人間を仕留めて巣にお持ち帰りする魔物だぞお」


「え? 攻撃だったの?」


「独りでいた子どもがいつのまにかいなくなってるなんてのはよくあるなあ」


「怖っ」


「このウサギはまだ小さいほうだけどなあ大きいやつは大人でも負けることがあるぞお」


「まあ晩飯が増えただけだな」


「辰巳……それならシチューがいいかな」


「もう少し狩って帰ろうか」



*****



「この道をずうっと行くとハサミー領のほうだなあ」


「俺たちが来たほうか」


「途中森のそばを通るからしばらくだれもこの道は使ってないなあ」


「なんで?」


「森は危険だろお?」


「そばを通る街道もか?」


「森には近づかないように言われてるからなあ」


「なにがいるの?」


「なにもいないなあ」


「なにもいないの?」


「どういうことだ?」


「なにも知らずに来たのかあ? よく無事で来れたなあ。いや、知らないから来れたのか?」


「そんなに危険なのですか? そんな気配はありませんでしたが」


「いまは特になにもいないけどなあ。いつ現れるかわからないからなあ。念のため警戒中なんだあ」


「なにが現れるの?」


「預言は聞いたことあるだろお? 魔の森に魔王が現れるって」


「ぶっ」


「魔王、ですか?」


「細かいことはわからないがむかしの人が預言したんだあ。魔王ってのが何者かもわからないし、だれも信じてはいないが預言の日が近づいてくるとなんとなく落ち着かないからなあ」


「ちなみにいつ現れるんですか?」


「王都の研究者の話ではたしか昨日か一昨日あたりのはずだがなあ、まだ特になにも起きてはいないなあ。ずっと警戒して見回りしてたんだけどなあ」


「もしかしてあれで警戒態勢なのか?」


「そうだぞお。俺が町のそとに立ってただろお? 最近はだれもお散歩しなかったしなあ」


「ゆるいなあ」


「(魔王の侵入を許しちゃってますね……)」


「もしかしたら森から出てくるのに時間がかかるのかもしれないし、他の町に向かったかもしれないし、いや、動かずに森のなかにいるかもしれないからなあ」


「魔王の見た目とかわかってるのか?」


「魔王がどんなものかすらわからないなあ。昨日あんたらが森のそばを通ってもなにもなかったんだろお?」


「そ、そうだな」


「町の人もみんな知ってるの?」


「この国で知らないやつなんていないんじゃないかあ?」


「(目のまえの知らない人たちを怪しまなくていいんですかね?)」


「(宿のバイトは魔王って聞いて喜んでたぞ?)」


「魔王が現れるとどうなるって預言なの?」


「特にどうなるってわけじゃないなあ。森が破壊されるくらいで」


「(それって魔王じゃなくて勇者では?)」


「(まだ森が更地になったのはバレてないのか?)」


「(だれも近づいてないなら気づかれてないのでは?)」


「なにをこそこそしてるんだあ?」


「そう言われると森を通りかかるときに大きな物音がしたような」


「木が蒸発するような」


「地面が軽くへこむような」


「よくそんな天変地異みたいなところを通っていままで忘れてたなあ」


「あーこの辺では普通なのかと思って」


「直接見てはいないし(鏡で見たけど)」


「もうしばらく近づかないほうがいいかなあ」


「そうだな」


「それがいいよ」


「(森に拠点をつくらなくてよかったですね)」


「(町が安全かどうかも謎だけど)」


「魔王が現れて喜ぶようなやつもいるのか?」


「聞いたことはないなあ。そんな変わったやつがいるのかあ?」


「(やっぱり変わってるんだ)」


「(相当おかしなやつだぞ)」


「(うっかり知られてしまいましたね)」


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