魔王の本領
「いーじゃん綾音。先にヤっちまってからでも良いだろ?」
男たちが前に出る。綾音はやめるよう注意するが男たちの一人に羽交い締めにされた。
「雨宮ちゃんだっけか?駄目だろ、君みたいなかわいい子がこんな人気のないところに誘っちゃあさぁ……。」
リーダー格と思われるスキンヘッドの一際体格の良い筋肉質の男は舌なめずりをした。じりじりと距離をつめてくる。
「……何か齧ってるな。」
俺はこの世界の戦闘術には疎いが、獣のように威嚇しながらも隙を見せない動き。昼間の学校で見た生徒たちとは比べ物にならないほどだった。
「いいぜ、来いよガキども。遊んでやるよ。」
「ふぅ!強気な子は嫌いじゃないぞぉ!!?」
男たちの一人が眉間にしわをよせて叫び飛びかかってきた。だがその動きはリーダー格の男とは違って素人同然で、百戦錬磨のドレイクにとっては眠気を誘うほどにつまらなかった。
ゴンッ!
鈍い音が響いた。俺は手近にあったコンクリート片で男の頭を叩きつけた。男はそのまま倒れた。
本来ならばこのようなことには躊躇が入るものだが、雨宮碧音の中身は百戦錬磨の魔王と呼ばれた空賊キャプテンドレイク。勝つためならば手段は選ばないのだ。
「な……てめぇ!そんなもんを使ってだなんて恥ずかしくないのか!?」
リーダー格の男は倒れた仲間を見て激怒した。
何を言っているんだこいつは。それを言ったらそもそも少年一人に男性複数人で襲うことの方が恥知らずも良いところだろ。
だが……この男の精神構造は理解した。言い訳がほしいのだ。相手は卑怯だったからこんな目にあった。同じ条件なら負けないという言い訳が。ならその逃げ道を塞ぐ。手に持っていたコンクリート片を捨てた。
「いいぜ、ならかかってこいよ。見てのとおり丸腰だ。お前の言う正々堂々の勝負だぞ?何なら……そのポケットのナイフを使っても良いぞ?」
リーダー格の男はカチンと来たのかナイフを抜く。単調な男だ。楽で良い。
先程の男とは違い、ナイフで牽制をしつつ距離をつめてくる。だが動きは……素手の方がマシだった。こいつの動きには本気さがない。命のやり取りをする目ではない。
「空賊式喧嘩術!とくと見ろ!ぎゃん!!」
拳が届く前に蹴られた。ゴロゴロと無様に転がる。頭の中のイメージが身体に追いついていない。この身体は弱すぎる。
『マスター、ここは余裕で勝つ流れでは。失望しました。』
「いてて……すまんアイビー、よく考えたら喧嘩術って武術でも何でも無いからな……体格で勝る相手にはそりゃ勝てない。」
「舐めた真似しやがって……ボコボコにしてやるから覚悟しやがれ。」
「……あーあ。雨宮くん?私の言うことを聞かないからこうなるのよ?」
綾音は嘲笑いながら激高した男の後ろで俺を見ていた。
「アイビー、魔法倫理コードはどこまで解除可能だ。」
魔法倫理コードとは魔法の発動を制限するものである。異世界で無闇に魔法を使用することはその世界のバランスを崩してしまう可能性が高いからだ。
『コードレベルは最高レベル。殆どの魔法は使えません。現在使用可能なのはリミッターのかかった身体強化魔法のみです。あしからず。』
身体強化魔法とは魔法の基礎。だが魔王と呼ばれているドレイクが駆使すればそれは異次元の力となる。肉体の変質を伴わず、巨人のような怪力を生み出すことが可能なのだ。
詠唱はできない。これもまた倫理コードに接触。威力は落ちるが無詠唱で魔法を展開する。
この世界には魔力が存在しない。したがってドレイクの持つ魔力のみで展開されるのだが、そこは魔王。その膨大な魔力は魔力のない世界であろうとさほど関係はなかった。
魔法陣が肉体に装着される。薄っすらと紋様が浮かび上がる。強化の証だ。
「なにぶつぶつと言ってやがる!大人しくゴハァ!!」
最後まで聞く気はなかった。魔力装着後急加速して全力の正拳突きを男の腹部に叩き込んだ。男は何が起きたのか理解できない表情で吹っ飛んだ。
「て……め……なにをしやがった……。」
「俺が欲しいのその言葉じゃねぇな。」
胸ぐらを掴む。無理やり起こし顔面に拳を叩き込む。ヌチャリと血が拳にこびりついた。
「この……やろ……。」
更に追撃。追撃。追撃。
「できる男ってのは他人の意図を汲み取るものだぞ?ほら言うべき言葉があるんじゃないか?」
「す、すいません……もう勘弁してください……。」
「次、俺に関わってみろ。その時はその目玉をくり抜いて二度と光を見れない身体にするぞ?」
男は情けなく悲鳴をあげる。早く言えば良いものを。強情だったばかりに男の顔面は無茶苦茶だった。まったく心が痛むというものだ。
「さて……。」
俺は綾音を見た。彼女は唖然とした目で俺を見ていた。 俺が魔法を使って不良たちを倒したのを見ていたのだ。
「な、何なのよあんた!こんなの今まで見せなかった!隠してたの!?」
綾音は激しく問い詰めた。彼女はいじめの主犯格。今まで見せなかった"雨宮蒼音"の姿に困惑を隠せないのだろうか。
「お前も同じだ、俺に二度と関わるな。次はこの程度じゃすまさねぇぞ?」
俺は冷たく言った。そして、彼女の頬を平手打ちした。彼女は驚いて身体を震わせた。
「うっ……うっ……何で……こんなことに……。」
綾音は泣き出した。理解のできない事態、恐らくは人が変わったかのような俺の姿に頭の整理が追いつかないのだろう。
「綾音?返事をしろ?」
感情の籠もっていない声で、淡々と問い詰める。
「はい……分かり……ました。」
綾音は涙を流しながら、俺に従うように首を縦に振った。
「ふぅ~良いことしたあとは気持ちいいなぁ~。」
上機嫌に人気のない裏路地を後にする。短い間だったが一人の少年の未来を救ったと思うと嬉しいものだ。
『ドン引きですマスター。綾音様、最後は泣いてましたよ。ほぼ無抵抗だったというのに。暴漢たちの方は正当防衛かもしれませんが……。』
「あれで良いんだよ。あれだけ痛めつけたら二度と手を出してこないだろ。男女の違いなんてない。俺たちの世界じゃそんなものは関係ない……だろ?そして俺は無事、この身体から解放されるってことだ。」
『……?どういうことですか。』
「つまり……雨宮蒼音の真相は玖月綾音に日常的にいじめられていたってことだ。それで生きる気力がなくなってたわけだ。だがそれも俺が取り除いた。ハッピーエンドだ。」
『なるほど……でしたらトーマス様への報告も丁度いいですね。』
「そういうこと!大体死にたくなるくらいまで嫌がらせし続けてた、あいつらに同情の余地なんてないぜ!まぁ異世界から来た俺でも分かる当然の論理ってことさ!」
ドサッ。
何か音がした。音がした方向へと目を向ける。そこには一人の女学生が立っていた。同じ学校だ。地面にはコンビニの袋が落ちていて、中身が溢れている。
「今のは……どういう意味だい?」
女学生は目を丸くしてこちらを見ていた。