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ブルーミラージュ ~歪な異世界で、私は何度もやり直す~  作者: ホワイトモカ二号
同じ景色、同じ世界
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神にも悪魔にも

 ───高濃度の魔力はそれだけで人体に害する。故にその取り扱いには注意しなくてはならない。火柱は思い出していた。零士の言葉を。


 「辞世の句くらいは聞いても良いぞ零士。」


 最早、致命傷。壁に寄りかかるように座り込み、喋るのも困難な零士に火柱は問いかける。


 「魔力変容反応は魔力縮退炉の解放が要だ。今も暴走状態を続けていて、いずれは高濃度な魔力がこの船からこの世界に満たされる。つまり暴走状態を正常に戻せば問題はない。」


 その言葉に火柱は目つきを変えた。魔力変容反応を止める方法を零士は自ら伝えてきたのだから。


 「なぜそれを俺に教える?貴様の計画ではないのか。」

 「私ではなくユグドラシル界の企みだからだ。手は結んでいるがその行く末は違う。私にとってこの計画は好ましくない。それはお前もそうだろう火柱。」


 当然のことだった。火柱にとって愛する祖国が傷つくの論外。故にそんな計画は許されない。意外だったのは零士もまたその計画に対して否定的であることだ。


 「それでもお前の味方をするとは限らんだろう。俺はお前に怒りを見せていた。理屈ではなく感情で動けばそれで終わりだ。」

 「お前はそんな人間だったのか。」


 何も言えない。そのとおりだ。この場で感情を優先して動くなど愚の骨頂。それこそ火柱が嫌うこの国に巣食う老害そのものである。


 「だがお前はここで死ぬ。それは絶対だ。故に玖月家も終わりだろう。醜い後継者争いが目に見えている。」

 「既にマスコミにはリークしている。今回の会合は、私の引退と新たなる当主である玖月綾音の発表の場でもあるとね。親族誰にも邪魔はさせない。綾音が、玖月の当主には相応しい。」


 言葉を続ける零士。そして強調するように、より強くはっきりとした声で火柱に真実を伝えた。


 「だから玖月家は終わらない。娘のウタカタは時間逆行だ。それが意味することは分かるだろう。」


 さらりと口にした零士の言葉。時間逆行。それは即ち何度も失敗をやり直せるということ。奇跡の力にも程がある。それは神にも悪魔にもなれる、まさしく万能とも言える能力だ。


 「そうだ、完全な未来予知。それは玖月家を、人々を確実に良き方向へと世界を導いてくれる。それにお前はウタカタ革命党の当主。そのような能力を持つ未来ある若者の命など、奪いはしないさ。」

 「それは……お前の思い込みだ。俺は若者でも殺す。国家の害となるならば。」


 火柱の言葉に零士は表情一つ変えずに答える。


 「娘は私とは違う。誰かを犠牲にしなくては、誰かを蹴落とさなくては勝ち上がれなかった私とは違う。他人を思いやり、誰よりも愛情深い娘だよ。私が、そうなるよう育てたのだから。」


 それは何一つ偽りのない零士の本心だった。彼にとっては自分さえも捨て石。全ては玖月家のために、今まで生き続けたのだから───。


 零士の言葉が木霊する。そう、俺の戦う理由はこの国の未来のため。そのために未来ある若者の命を奪うのは本末転倒。

 だがそれでも、若者であろうとこの国の未来を阻害する害虫も存在する。もしも玖月綾音がそんな害虫の類ならば容赦はしない。親子ともども、地獄に送ってやろうと、そう思っていた。


 だというのに、何だアレは。零士とはまるで似ても似つかない。本当に零士の言葉のとおり、人畜無害も良いところだった。「ありがとう」だと?何故、俺が礼を言われなくてはならないのか。


 咳き込む。手を口にかざすと血がついていた。零士の言ったとおりだ。縮退炉を止めるにはその中心に行かなくてはならない。だが今も暴走中で、近づくにつれて魔力は濃厚となり、それは身体を傷つける毒となる。俺のウタカタならば問題ないかもしれない、と零士は言っていたが奴は勘違いをしている。

 俺にウタカタなど無い。そのような才能は得ることができなかった。それでもウタカタを保有しているものによる統治を求めているのは……それが、この国にとって一番であるというのが明白だからだ。


 身体の気だるさが増してくる。息切れがしてきた。視界がぐらぐらに揺れて、頭痛もする。足を進める度にその苦痛は増してくるのを感じる。


 それでも前に進み続ける。玖月綾音。あれが零士と同類ならばあの場で始末していた。だが違った。彼女からは底抜けの善性を感じさせた。ここに着いた時点で死を覚悟していたが、気がかりなのは、その後の世界のことだった。しかしそれも、今は無い。

 彼女からは他者のために命を削る気高き精神性を感じさせた。理解はできないが、たくさんの地獄を見てきたような目をしていた。それでもなお、あんな心を保てるのであれば、きっと大丈夫だと。


 「ハァ……ハァ……零士め……何が簡単なことだ。ここまで来るのに、どれだけの地獄を見たことか。」


 縮退炉が暴走状態なのは意図的なもの。故にその状態を回復させる手順は用意されている。それも極めて単純。レバーを下げれば良いだけだ。ただそれだけで、縮退炉内になだれ込む反応素子が供給をストップし、いずれは停止する。

 懸念があるとすれば、致死性の量である魔力の中、その操作をすることだ。血反吐を吐きながら、火柱はレバーを下げた。

 そして倒れ込むかのように、床に座り込む。気力だけで動かしていた身体は限界だった。


 「最悪の事態はこれで終わり……だ。後はこの船の墜落を防ぐだけ……頼んだぞ若造……。」


 年寄りはいつまでもしがみつくわけにはいかない。いずれは若者に道を譲らなくてはならない。今がその時だったかは皆目検討もつかないが、それでも確実な死が待っているこの場面で、未来ある若者にこの縮退炉の暴走を止めることなど任せられなかった。

 癪な話だが、これも全て零士の想定の範囲内だというのなら、仕方のないこと。これが俺の生き方であり、プライドなのだから。

 天井を見上げながら、火柱はゆっくりと瞼を閉じた。


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