致死量
イカロス船内は壊滅的な状況だった。ゴールデンハインドの一撃により巨大な風穴が空いていて、俺は一直線にコア部まで突き進む。足場を魔法で生成しながら、崩れかけた船体の瓦礫をつなぎ合わせて、アスレチックのような気分で上へ上へと登っていく。
もう魔法は一切隠さない。最短距離で目標まで向かう。
「どうしてついてくる!?この先はあぶねぇぞ!」
後ろを見ると綾音がついてきていた。大人しくゴールデンハインドの中にいれば安全だというのに。俺についてくる意味はない。
「ふざ……けないでよ……!その身体、雨宮くんのでしょう……!?傷つけて……取り返しのつかないことになったらどうすんのよ……!」
言われなくてもそのつもりだ。だが綾音はどうも俺を信用していないらしい。
まぁ心配する必要はそんなに無いだろう。彼女のウタカタならば突然の事故死でもないかぎり大変なことにはならないのだから。そう考えると時間逆行は何て能力は本当にインチキだ。俺も欲しい。
瓦礫の中を移動することしばらくして、ようやくコアが見えてきた。ここまで来ると崩壊した箇所も少なく、落ち着いて休むことができる。一息つこうとしたその時だった。
「お前……こんなところで何をしている!?」
怒声のようなその男の声は聞き覚えがある。振り向くとそこには火柱がいた。奴もここまでやってきたのだろう。
「んだよ、また手柄をよこせってのか?俺は構わんぞ。それよりも人の命のが大事だからな。」
「お前ではない!玖月綾音!なぜお前がこんなところまで来ているのだ!?よもやここが危険であることが分からないわけでもなかろうが!!」
危険……確かに危険だが、火柱の口調は何か焦りを感じる。
辺りを見回してようやく気づいた。俺にとっては、いやユグドラシル界の人間にとっては当たり前だから気がつかなかった。何か、恐ろしいほど高濃度な魔力が渦巻いている。動力源に近いからと思っていたが違う。あれは蓄積された魔力。世界一つを内包しているといっても良い、とてつもない魔力量だ。
「なんだあれ……あんなもんどうする気なんだ……?」
高濃度の魔力はまるで何かを求めるかのように、少しずつ外へと漏れてきていた。異次元的とも言える高濃度な魔力はイカロスを構成する物体に触れるだけで次々と変異していく。魔力結晶体。見かけ上は綺麗だが触れればユグドラシル界の人間でもただでは済まない。ましてや魔力に免疫のない蒼音の身体だと、死に至るのは明白。
俺は二の足を踏んだ。今も絶えず生成されていく高濃度魔力。あれを止めなくては先に進むのは危険。だが、あの濃度はやばい。流石の俺も素の身体でも死ぬくらいの濃度だ。
「案ずるな、あれは俺が止める。お前はこの船の墜落を止めに来たのだろう。行け、俺が止めた後に!」
躊躇う俺の姿を察したのか火柱は叫んだ。そしてじっと綾音の方を見つめる。
「女、貴様は何故ここにいる。あの装置は俺が止める。船はそこの男が止める。貴様は不要だ。安全な場所へ避難するのが懸命。」
火柱は知らない。綾音が今までどんな思いで時間を繰り返してきて、いまこの場に立っているのかを。しかしその話をするには時間が足りない。
だが綾音は前に出て、火柱の目を見てはっきりと答えた。
「細かい話は言えません。でもいつか私に教えてくれた人がいるんです。私を今まで支えてくれた人、大切な人、その愛に報いるために一生懸命になること、そこに善悪はないって。紡いでくれと、託され続けた想いを重ねて、いずれ辿り着く理想のために。私はその教えを守りたい。自分にできることがあるのなら最後まで役立てたいから。」
───それは他でもない。火柱自身が綾音に伝えた言葉であった。無限とも言えるループを繰り返し、大切な人が死に、確実に詰みが近づいてくる中、心が折れてしまいそうだった彼女に火柱が投げかけた言葉だった。
時間の逆行で記憶が継続するのはユグドラシル界の者のみ。故に火柱は知らない。目の前の娘と、そんな話をしたことを。
そして、その言葉は火柱自身の精神を支える言葉であった。同じ言葉を、玖月の娘が言ったのだ。
「……その言葉は誰が言った?誰が教えてくれたのだ?……いや、無粋だ。誰が言ったか、など問題ではない。問題はその言葉をどう受け止めるか……だ。」
火柱は背を向ける。一呼吸置いて言葉を続けた。
「玖月の娘……玖月綾音。貴様と話すことなどもう何もない。」
火柱は走り出した。向かうは高濃度の魔力源。
「おいまさか生身で行く気か!?」
俺の制止を無視して火柱はドアを蹴り破った。瞬間、溜まっていた高濃度魔力が溢れる。だがそれも一時だった。火柱がパネルを操作するとシャッターが降り始める。恐らくは安全装置か。
「俺のことは気にするな。当てはある。貴様たちは貴様たちのやれることをやれ。」
迷っている時間はなかった。透明なシャッターは魔力に耐えきれずヒビが入り始めている。そうなればまた振り出しだ。
火柱が魔力の源を潰してくれるのならば、俺たちは船のコアユニットに向かうだけだ。綾音の方を見る。無言で頷く。俺たちは駆け上る。コアユニットへと。
ふと綾音は足を止める。それは些細なことだった。思いつきだった。でも今、伝えなくてはならないという言いようのない感覚に襲われたのだ。
「火柱さん!本当にありがとうございました!!」
謝礼の言葉。結局、あの時は自分のことで精一杯で伝えられていなかった。だから二重の意味を込めて、私は精一杯の感謝の気持ちを伝えた。
聞こえたのかどうかわからないけれども、火柱は手を軽くあげて応えてくれた。





