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ブルーミラージュ ~歪な異世界で、私は何度もやり直す~  作者: ホワイトモカ二号
同じ景色、同じ世界
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虚空の拳

 「駄目だよ。君たちは戦士なのだろう。震えては駄目だ。きちんと戦わないと。」


 頭を掴まれ耳元で囁かれる。零士だった。

 零士は監視されていた。アンブロースはずっと彼のことを信用しておらず、危険視していたのだ。万が一があれば、始末しろという指令を出していた。信用できる。王国の近衛騎士団に。彼らの任務は零士を守るためではない。零士を監視し始末するもの。故に、零士のために前に出る理由はないはずだった。


 「零士様、どうか後ろに。」


 だが何故か彼らは零士の言葉を聞くと、震えは収まり、そして彼のために戦いたいという気持ちが湧いてきたのだ。零士の為ならば命すら惜しまない。無限に勇気が湧いてきて、何でもできる気がした。

 そんな態度の急変に火柱は感づく。それが零士のウタカタであると。


 「精神操作か。それとも催眠の類か。」


 零士は無言で椅子に座り眺める。高みの見物という奴だった。零士に洗脳された者たちは全部で18名。その中には非戦闘員も含まれる。懸念すべき戦力はその中に3名。アンブロースの近衛騎士団。彼らは優れた魔法の使い手であり戦士である。その実力はロータスに多少は劣るが……数の優位は大きい。


 だが予想外の行動を見せる。洗脳された一人を近衛騎士団の一人が掴む。火柱は一瞬何をするつもりか分からなかった。次の瞬間、人が飛んできた。


 「ぬぅ……!」


 思わず反射的に防御。直撃に備えたつもりだった。だが違う。投げられた人体は突然破裂した。周辺の血液と臓物が散らばる。人間爆弾と言えるか。零士のウタカタか、それとも近衛騎士団の魔法か判別に悩む。

 だがその瞬間、火柱は理解した。これは囮。本命は次に来る一撃か、その次に来るもの。

 予想は的中した。複数人に取り囲まれている。更に非戦闘員と思わしきものが無造作に近寄る。爆弾化されているであろうそれらには迂闊に近寄れないが、周囲を取り囲むように迫ってくる以上、どうにかしなくてはならない。


 そんな思考を与えまいと、一斉に飛びかかる。爆発に巻き込まれることなど彼らは考えていない。彼らの頭の中は一つ。零士を守ること、それだけなのだ。


 零士は見定めていた。火柱のウタカタがどういうものか。確証が欲しかった。故にこういう攻め方を指示した。全方位からの絨毯攻撃。火柱はこれを、どう対応するか───。


 火柱は人の群れに飲み込まれる。周りには、瞳孔が開き正気を失っているような顔をした者たちが無数にいた。火柱を殺すために、あらゆる殺意を向けていた。

 零士の目からして何かをしなくては殺されるのは明白。ウタカタを使用するならば今しかないと判断したのだ。

 その瞬間、輝く軌跡が見えた。血の雨が降る。一瞬の出来事だった。何らかの武器を火柱は使用したのだろう。取り囲んだものたちは切断されたのだ。

 想定の範囲内だった。だが爆発は躱せない。火柱を取り囲んだ全員が爆裂した。


 常人ならばここで確実に死ぬ。だが爆裂が終わっても、火柱は平然と立っていた。手に何かを持っている。あれは上着だ。上着を武器として、振り回したのだろうか。ただそれだけで、刃物のように切り裂かれるというのだろうか。


 「良心を期待するなら無駄だ零士、俺は止めない。例えそれが罪なき非戦闘員であろうと、俺の前に悪意を持って立ちはだかるというのならば、容赦なく始末する。これで貴様は終わりだ。」


 零士は推察していた。先程のロータスとの戦いもそうだ。決して躱せぬ必中の一撃を難なく避けていつのまに反撃に転じる。地面を見る。大量の血痕が飛び散っている。そこに足跡の類はない。即ち超スピードで動き回り回避したというわけでもない。加えて一瞬にして切り裂いた先程の一撃。刃物らしきものは見えない。それらしく上着を手に持っているがあんなものが武器となるはずがない。

 超スピードでもなく、一瞬にして距離をつめ、全方位必中不可避の攻撃も回避する。

 そこから考えられる能力は一つ。


 「時間停止能力か───。」


 それならば説明がつく。だがおそらく停止できる時間は無限ではない。また能力発動時にはインターバルもあるはずだ。でなければ今頃、私は火柱に殺されている。それができないということは、そういうことなのだろう。

 無論、厳密には時間停止ではないのかもしれない。だがそれに類する能力なのだろう。でなければ説明できないことが多すぎる。


 零士は構えた。初めて武器を持ち、火柱の前に立つ。


 「初耳だな、貴様が戦えるなど。」

 「玖月家は敵も大勢いる。護身術の類は帝王学の必須科目だよ。」

 「良いだろう。ならば大和男児らしく、正々堂々と勝負といこうではないか。言っておくが俺に洗脳の類は通じると思うな。俺の鉄の心は貴様のウタカタでは届きはしない。」


 零士は動いた。もしも奴もウタカタが時間停止で、今がインターバルならば時間の余裕はない。インターバル中に殺すのが鉄則。

 火柱は完全に虚をつかれた。例え格闘技の類を零士が学んでいたとしても、それはせいぜい護身術まで。戦士としての力は無いと考えていたからだ。

 事実、火柱の推察は的中している。確かに零士は幼い頃から帝王学の一環で武術を学んでいるが、それはあくまで護身のため。達人級の業など到底身につけていない。だがそれもウタカタに目覚めるまでの話。

 零士のウタカタは精神操作。触れた相手の精神を奪い、与える能力。その相手とは……自分も含まれる。日々日々、零士は自分に刻んでいたのだ。達人の精神を。まるでソフトをインストールするかのように。いずれ来るであろうこのような事態を。


 また零士が自分の肉体にインストールしたのは武術だけではない。これから行う動きそのものも同時に今、先程インストールした。人間の肉体は無意識化でリミッターによりセーブされている。その力を完全に発揮すれば筋肉は破断し、骨は折れるからである。だがそのリミッターを意図的に解除できれば……それは人を超えた、尋常ならぬ動きとなる。


 無論それだけで百戦錬磨の火柱を倒せるとは零士は思っていない。火柱は武術の達人。加えて高レベルのウタカタ保持者。こちらに目があるとすれば今、完全に虚をついたこの瞬間。そして時間停止能力者の弱点を狙う。

 時間停止能力はその文面だけ見れば極めて驚異的ではある。だが無敵というわけではない。使用するものが、人間である以上、使用するタイミングを考えなくてはならない。即ち、完全に意識外からの攻撃。

 自らの力を隠し続けた、いわゆる擬態からの不意打ち、加えて奇襲。火柱を殺すタイミングは、今ここにしかなかった。


 対する火柱は手と手を合わせる。合掌。それは武術の構えにしてはあまりにも奇妙で、零士も初めて見るものだった。

 火柱の手と手が少しずつ離れる。瞬間、風が吹いた。火柱の手と手を中心に、強い風が吹いた気がした。


 「俺の武は虚にして実。零は壱となり壱は無限。名を虚空拳こくうけん。」


 手と手の間に作られた虚は限界まで圧縮され解放、この空間を網羅する。その手と手の間には小宇宙が形成され、あらゆる事象は一体化する。虚空拳とは空間を支配する武術。これぞ奥義、虚空拳・無玄むげん。今、この瞬間だけ火柱は世界と一体化したのだ。

 全にして一、その手の平で無限の小宇宙が生み出され、周囲一体、あらゆる全てが事象を感じ取れる。


 「背後、とった───!」


 零士の手に持ったナイフが火柱の首筋に向かう。勝利を確信した瞬間だった。

 ナイフが宙を舞う。一瞬すぎて意味が分からなかった。よく見ると、手が折れていた。火柱は、こちらを見ずに、その手で零士の手に持ったナイフを払ったのだ。その余波で零士の手がへし折れた。

 無玄の前では不意打ちは通用しない。あらゆる世界を火柱は認識している。釈迦の掌のようなものだ。

 それは、零士にとって理解のできない境地であった。知るべきだったのだ。世界には、己が常識の外れに生きるものたちがいることを。


 「虚空拳───。」


 まるでスロー動画のようだった。おそらくはコンマ数秒の動き。ゆっくりと火柱がこちらを向く。握られた拳がゆっくりとゆっくりとこちらに近づいてくる。


 「───ちっ、化け物め。」

 「虚空硬爬山こくうこうはざんッッ!!」


 拳が腹部にめり込む。虚空硬爬山は指先に集中した虚をインパクトの瞬間に解き放つ当身技。その一撃は10トントラックも軽く吹き飛ばす!火柱の拳が零士の腹部に直撃し、衝撃で零士は吹き飛んで、壁に叩きつけられた。壁にヒビが入り、零士は吐血する。その威力は致命的だというのが明白だった。


 「肋骨の複雑骨折。呼吸音からしてその吐血は折れた骨が内臓を突き破ったのだろう。会話機能に問題はないはずだ。旧い縁だ。辞世の句くらいは聞いても良いぞ零士。」


 力なく座り込んだ状態で動かない零士に火柱は話しかける。

 その言葉を聞いて火柱は、舌打ちをして走り出した。最早、致命傷。風前の灯火である玖月零士を置いて、計画を阻止するために。


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