悪夢の体現者
「や、やったの……?」
閃光が収まり瞼を薄らと開ける綾音。そこには巨大な船と、そしてその船の主砲によって開けられた大穴が広がっていた。
ガタンと船内が揺れ始める。
「おいおいおい、やっぱこうなるよドレイクちゃん!沈む!沈むよこの船!早く乗れ!そこのお嬢ちゃんも!!」
当然のことだが、ゴールデンハインドの一撃にイカロスは耐えきれなかった。バランスを失いこのままでは墜落する。
「悪いなトーマス!ちょっとこの船止めてくる!」
「おー急いでなぁ……って何でだよ!?やめとけってお前死ぬぞ!?」
墜落するイカロスのコアユニットを何とかすれば最悪不時着に持ち込める。このまま落ちればたくさんの犠牲者が出る。そんなのはたくさんだ。
引き止めるトーマスを無視して俺は奥へと駆け出した。
火柱は船内を巧妙に移動していた。見れば見るほど奇妙な構造をしていて、異世界の技術に驚きながらも、本質的には同じ人間が利用するもの。動線や物影を利用して警備兵の追跡を躱しつつ、探していた。玖月零士を。
突然とてつもない振動が船内に響き渡る。何が起きたのかまるで理解できなかった。だが更に強くなり響く警報音から異常事態であると火柱は結論付ける。それは願ってもいないことだった。自分の侵入よりも、遥かにまずいことが起きているのだ。
玖月零士の居場所を特定するのは簡単なことだ。奴はこの会合の主催者。つまり最高責任者である。ならば相応の居場所に待機しているはず。異常事態、警備員の報告を統括し指揮する立場の人間が、船内をうろちょろするわけには行かないからだ。
「おや……火柱くんじゃないか。招待した覚えはないのだが。」
その推察は正解だった。静かに扉を開けて侵入した場所は中央管制室。そこに零士はいた。火柱の姿を見て表情一つ変えず。
「言ったはずだ。国土を貪る売国奴。貴様は断じて許さぬ。我が志を侮辱した罪は命をもって償え。」
その物騒な物言いに周囲が騒然する。堂々とした佇まい、零士の平然とした態度から彼らは火柱が侵入者とは思いもよらなかったのだ。
「話し合いで分かりあえないかな?我々は言葉を知らぬ原始人ではない。きっと分かりあえる。」
「寝言を言うな零士!事業計画だけではない……俺は見たぞ、この世界にしようとしていることを。魔力変容反応。まさか貴様が知らないとは言うまいな。」
このイカロスで見つけた資料。世界に魔力と呼ばれるエネルギーを散布するもの。その結果、ウタカタに目覚める人間も出てくるが、魔力に耐えきれず死んでしまうか、あるいは重篤な後遺症を抱えるものも現れるという報告書を火柱は見たのだ。
「あぁあれか。夢のある話だね。ウタカタ革命党としては望ましい事態じゃないか。たくさんの人がウタカタに目覚める。人は新たなステージに立てるんだ。」
「たくさんの人々を犠牲にして成し遂げる革命など、テロリストの思考だ!!俺が掲げる革命とはあくまで人々の手によるもの!その過程で血を流すことはあっても……それは必要最低限に抑えるのが革命を起こすものの責務だ!!ただ無責任に不特定多数の人間を巻き込み思想を強制するのは……独裁者のやり方でしかない!!」
火柱の美学はあくまで正当な確変。根底には愛する我が国をより良き方向に向かわせるものであり、その愛する我が国とは……そこに住まう国民たちも当然含まれる。
「人を人と思わぬ貴様のやり方、俺とは相容れぬ。そして貴様を生かせば悲劇は続く。故にここで散れ。」
「和解不成立ということか。私は悲しいよ火柱。君との出会いは綾音の紹介もあってのことだったのだが、想像以上に有能な人間だった。だから惜しい。こちら側に立ってくれれば、きっと支えになってくれるだろうに。」
ドタドタと騒がしい音がした。警備兵がやってきたのだ。零士は既に火柱がここに来た時点で援軍を要請していた。だがユグドラシル界側はドレイクのゴールデンハインドに対応を急いでいた。零士のことは二の次。故に最低限の戦力が送られる……はずだった。
「報告を聞いた時、歓喜したよ。また会えるなんてな。懐かしいよ火柱義焔。お前は知らないだろうが僕は覚えている。たまに思い出すんだ、理不尽に殴られたあの時のことを。」
その男の名はロータス・イグノランス。偽界召喚の使い手で王立護衛軍、アンブロースが連れてきた最高戦力の一つである。
彼は過去、火柱と出会っている。だが火柱は知らない。時間の逆行により記憶が残っているのはロータスのみだからだ。故に火柱からすると意味不明だった。知らない男が知った顔で自分に話しかけるのが。故に火柱がとる行動は一つ。ロータスを無視して、一直線に零士に向かい駆け出した。
「偽界召喚、火炎天無明蓮花。」
掴みかけたその手は宙を切る。突如出現した空間。此度の火柱はまだ知らない未知の技である。
周囲、見渡す限りの恒星。本能的に悟った。この状況は極めてまずいと。
ロータスの使う魔法はレーザービームを発射することに重きを置いている。その貫通威力は凄まじく、大抵の人間は直撃すれば致命傷となる。そして偽界召喚はそのレーザービームの発射台を無数に配置するのだ。まるで宇宙空間のように見えるこの光景は、実のところ無数の銃口を向けられているに等しい。
零士は離れたところでその様子を観察していた。ここで火柱が死ぬのはよし。だが零士は不安を隠せない。なぜならば零士は火柱のウタカタをまるで知らないからだ。側近であった氷川にすら何一つ見せなかったという。だが彼はウタカタ革命党の当主。その理念はウタカタの所持者による正しき政治を信念としている。
つまり……火柱がウタカタの所有者であることは明白なのだ。火柱が戦闘している姿は何度も見たことがある。この船への侵入もそうだ。どんな手段を使ったのかは分からない。だがそこに人知を超えた力が関与しているのは明白だった。
恒星は光る。照準は火柱一人。全方位同時発射。光速のレーザービームは確実に相手を死に至らせる。
───閃光。火柱に無数のレーザービームが突き刺さる。
「勝った!今度こそ確実に貫い……た……あ……?」
気がついた時、火柱はロータスの目の前に立っていた。
そして、その背中を火柱の手刀が貫いていた。手刀は抜き取られ、噴水のように血が吹き出す。致命傷なのは明白だった。ロータスは倒れる。あっけない終わりだった。
「───奥義、陽炎。貴様が何者かは興味ない。邪魔だ。そして零士、次は貴様の番だ。」
「……何なんだお前はよぉ……。僕は……僕は……王立護衛軍だぞ?ユグドラシル界を代表とする……戦力で……数多の異世界で武勇を……。」
血濡れた手を払う。ユグドラシル界の人々はどよめく。ロータスは確かに実力者だった。なのにまるで、虫を払うかのように、一息で殺された。
彼らは恐怖する。そして思い出す。最初の世界でウタカタの保持者で構成された軍隊を相手した記憶を。目の前にいる男は間違いなく、あの恐るべきウタカタの保持者。逃げ出したい気持ちで一杯だった。





