ぶつかりあう偽りの空
俺は綾音の話を聞いてにわかに信じがたかった。だが奇妙なことに合点も行く。なぜだか知らないが、俺は何度も何度も記憶があるからだ。魔導中央王朝から逃げ出して、異世界転移をして……蒼音を轢かなかった記憶。
燃料の回収のためにこの世界で少し休みをとった記憶が、確かにある。デジャヴの一種だと思ったが、こうして時間逆行を意識すると確かに記憶としてあるのだ。
「……これで全部。だからきっと、雨宮くんが目覚めないのは私のせい。私が、彼の心を壊してしまった。」
「そんなことはない。綾音は今、話してくれた。地下牢での出来事は本心ではなかったって。蒼音を守るためのものだったと。その気持ちが本当なら、絶対に伝わるはずだ。俺の胸の中で眠る、蒼音自身に。」
気休めかもしれない。だがそれでも俺は信じたい。でないと蒼音も綾音もあまりにも哀れ過ぎる。こんな結末が許されて良いはずがない。
……そしてそのために解決しなくてはならない問題が今、少しずつ近づいてきた。
「時間逆行。本当に厄介な能力だ。」
アンブロース。この世界で偶然にも魂が裂かれてしまいもう一人の雨宮蒼音とも言える存在。警報音を無視して追いかけてきたのだ。綾音の話から察するに、こちらが最優先なのは明白だった。
「だが使い手は無力な少女、いくらでもやりようはある。だがチャンスをやろう。アオトを渡せ。そうすれば今までの無礼は水に流すぞ?」
今まで綾音が慎重に動いてきたのは時間を逆行してもユグドラシル界の人間は記憶が継続するからだ。つまりここで仮に全てを巻き戻しにしたとしても、次は入念に準備を入れてやってくる。そうして積み重なっていき、いずれは詰みとなる。
彼女が打つ手は限られていた。袋小路に入っていて、どうしようもないところまで追い詰められている。
俺は黙って前に出た。全てを知った今、俺のやるべきことは一つ。
アンブロースはほくそ笑むがそんな態度が取れるのは今だけだ。
「断る。そんなに俺の、蒼音の身体が欲しければ力ずくで来い。」
「時間の逆行能力者が味方と知って強気に出たか?無駄だよ。教えてやる。これは我らが得た力。ウタカタなどという巫山戯た力への対抗手段。」
分かっている。そんなものはとっくに知っている。
俺はアンブロースの動きに合わせるかのように方陣を組んだ。
───奴の誤算は、"俺の存在を知らないこと"だ。厳密に言うならば、俺が今ここでこんな姿でいることが、奴には、"奴らには"誤算なのだッ!
アンブロースはその両手を合わせる。周囲に無数の魔法陣が展開され魔力が爆発的に膨張する。彩音は知っている。絶望の技。時間逆行すら打ち破る禁じ手。自分を打ち破る最悪の技。それは、残酷に紡がれる。
「偽界召喚───天地環佛輪相。」
「偽界召喚ッッ!!拓け、我が声に応えよ!!オーバーロード!エンドワールド!」
同時に展開される結界陣。偽界召喚。ユグドラシル界がウタカタに抵抗するために身につけた必殺術。断じてアンブロースだけが使える術ではない!
偽界召喚とはつまるところ高次元の結界魔法。個が内包する宇宙の具現化。
展開された結界と結界がぶつかり合い混ざり合う。結界魔法と結界魔法が衝突する場合、より強い結界魔法が相手を侵食する。此度は互角。互いに一歩も譲らない均衡が作られた。
「な……ッ!?なんだと!!?何が起きたッ!!?」
アンブロースは、驚きを隠せない様子だった。信じられない出来事が起きている。自分たち以外に……それも雨宮蒼音がその驚くべき大魔術を展開し、アンブロースと張り合ってるのだ。
「我々以外に偽界召喚術の使い手がいるだと!?知らない、そんなことは今まで……いや……いや……思い当たる人物が一人いる。貴様……貴様よもやまさかッ!!」
連中は知っている。ユグドラシル界にその名を轟かせる大悪党。かつて魔道を極め王と呼ばれた男を。そして、"この世界のバイパスとして"利用したその男を知っている。
「全てを察したぜアンブロース!この俺様を利用するとは、いい度胸じゃねぇかッ!!」
「ドレイク……キャプテンドレイクッッ!!」
その名は空賊キャプテンドレイク。「魔王」の異名で畏れられ、そして義賊として庶民に親しまれている、彼らの大敵にして宿敵!





