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ブルーミラージュ ~歪な異世界で、私は何度もやり直す~  作者: ホワイトモカ二号
晦冥の詩
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思いもよらぬ反撃

 チャイムが鳴る。夢のような時間はあっという間に過ぎていくものだ。名残惜しいが私は席に戻り授業を受ける。早く終わらないだろうか。彼ともっと話がしたい。そわそわとした気持ちで、授業の内容なんてまったく頭に入らなかった。


 「ねぇ……ねぇ……玖月さん?玖月さん?ちょっと良い……?」


 そんな私の気持ちに水を差すようにクラスメイトが私に話しかけてくる。名前は……覚えていない。どうでもよかった。


 「どうしたの?雨宮が記憶喪失なのは分かったけど、全然態度違うじゃん。良いの?あ、いや私はその良いんだけど……ほら……その私たちそんなの全然聞いてないし。」


 何を言っているんだこの女は。一瞬そんな考えが頭によぎったが、忘れていた。私は雨宮くんに嫌がらせをしている主犯ということになっている。なのにこの態度の急変は明らかにおかしい。


 まぁそれは別に良かった。クラスメイトにどう思われようが些事だった。だが……冷静に考える。雨宮くんは記憶を喪っているということは、当然異世界融合計画も忘れているはずだ。つまり彼を縛るものは何もない。それなら改めて、来たる異世界融合に備えて今度こそ彼を保護すれば良い。

 しかし時間がない。彼と私の信頼関係はゼロだ。記憶喪失なので当然。そして信頼を得るには時間が足りない。つまり……力技をするしかないのだ。

 私が雨宮くんを不本意ながらクラスで孤立するように仕組んだのは、計画を諦めさせ私に助けを求めるようにしたかったから。彼は結局計画に固執して上手く行かなかったけど……今は違う。今なら彼は、簡単に私に転んでくれるはずだ。


 「馬鹿ね、今はからかってるの。あいつ本当に何も覚えていないみたいじゃない。だから遊んでるの、友達ごっこ。笑えない?何も知らないで友達だと思ってるあいつの顔。」


 心にもないでまかせを言う。だがクラスメイトは私の言葉を簡単に信じ込み、「流石、玖月さん」と心にもない賞賛の声をあげた。私は得意気に笑う演技をしたが、内心は反吐が出そうだった。こんなことを考える人間の何が"流石"なのか。本当に腐っている連中だ、と。


 そして放課後、クラスの不良である神崎には既に私の偽りの狙いを伝えている。男子トイレで真実を話すのだという。神崎は私の話を聞いて意欲的に雨宮くんへの嫌がらせを引き受けた。本当に低次元な人間だと思った。見せびらかすかのように取り巻きを連れて、男子トイレへと向かう。私もついていった。こういう馬鹿は加減を知らないこともある。度が過ぎたら止める必要がある。


 男子トイレに入ると神崎は取り巻きにバケツに水を汲ませた。そしてバケツを思い切り振り上げて、溜まった水をトイレの個室の上から雨宮くんに浴びせた。

 彼は驚いた様子で個室から出てきた。

 水を浴びるくらいなら彼が今まで受けた拷問に比べれば大したことはない。許容範囲。ここで黙っているのも何なので私は声をかける。


 「あら、随分とした格好じゃない。シャワーでも浴びていたのかしら。」


 神崎とその取り巻きたちは笑い出す。

 これ以上、私は喋りたくなかった。腹の中に抑えた怒りが、語気に出てきそうだからだ。


 雨宮くんは神崎に突き飛ばされトイレの壁に叩きつけられる。頭を打ったようで頭を擦っている。

 ───まだだ。まだ抑えなくてはならない。彼を追い込むにはこの程度では駄目だ。必死に気持ちを抑える。人はこの程度では死なない。もっと痛めつけられてから、私が止めに入って、彼の───。


 神崎の取り巻きの男が突然倒れた。

 苦しそうにうめき声をあげている。


 「神崎っていったか?背丈はこん中じゃ一番近いし丁度いいな。大人しくしろよ?」


 その言葉を口火に神崎の取り巻きは次々と倒される。そして最後に残された神崎は、動揺しながらも叫び雨宮くんに向かう。だが彼は子供を相手にするかのように一撃で神崎を倒した。

 何が、何が起きているの?

 困惑する私を無視して、雨宮くんは服を脱ぎ始める。


 「ちょ!え、ちょ……な、なにしてるの……い、いや!!?」


 私の頭の中は真っ白になり赤面して顔を手で覆う。ただ指の隙間から少し彼の裸体が見える。傷跡は……ない。いやそれよりも彼の裸体が……!


 「ば、バカじゃないの!ばか!ばか、ばーか!!」


 私はそんな捨て台詞を残して男子トイレから一目散に逃げ出した。とてもあの場にいられなかった。心臓がドキドキする。彼が何をしようとしたのか想像もつかない。ただ、思い返してみれば彼のあんな刺激的な格好を、こんな平穏な環境で見たのは初めてで、私はまるで免疫がなくて、とにかくその場を離れることしか頭になかった。


 神崎はアテにならない。それはわかった。所詮あれは学校という狭いコミュニティでイキっているだけの小物。冷静に考えたらあんなのが雨宮くんに敵うわけ無いのだ。彼のほうが全てにおいて勝っている。

 今まで神崎の嫌がらせに彼が何も抵抗をしなかったのは、きっと優しさから。記憶を喪った彼はきっと余裕がないのだろう。降りかかる火の粉を全力で振り払った結果なのだ。


 となると頼む相手を変えよう。神崎が得意気に話していた暴力団の先輩……。金を積めば言うことを聞いてくれるだろう。早速私はその連中に声をかけて、雨宮くんを懲らしめるように依頼した。


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