監禁
「う、うぅ……ここは……?」
彼が目を覚ましたとき、そこは見覚えのない地下室だった。明かりは最低限のものしかなく換気が悪いせいか空気は重たい。まるで牢屋のようだ、と彼は感じただろう。
実際、目の前には鉄格子があって。外に出ることが出来ない。何よりも恐ろしいのは、両手両足が拘束されていて身動きのとれないことだ。ただそんな状況とは対照的に地面はふかふかで、ベッドのような寝具に寝かされ拘束されていることが想定できた。
「おはよう雨宮くん。よく眠れたかしら。」
もがく彼を見て私は目を覚ましたことを確信し、声をかけた。
「あ、彩音ちゃん!?早く逃げるんだ!!よくわからないけど何か変だッッ!!」
きっと自分は何者かに拉致されて、私も一緒に捕まったと思っているのだろう。土壇場で人の本性が出るというが、本当に変わらない彼の優しさに思わず私は嬉しく感じる。
「私は大丈夫、だってほら見て、私は拘束されていないもの。」
ベッドに磔にされている彼に馬乗りになって手首を見せる。そこには当然枷はない。
「そ、そうなんだ……良かった……なら早く逃げる方法を考えよう。俺は動けないけど気にしないで、どうにかして考えれば……。」
なぜ私だけ拘束されていないで自由なのか。こんな状況下なら分かりそうなもの、いやそうでなくても疑念を抱いてもおかしくないのに、彼はまっすぐな目で私が無事にいることだけを考えていた。そんな彼を騙した私は、大罪人だろうか。仕方のないことだと自分に言い聞かせる。
私は彼の唇に人差し指を当てて黙らせる。
「まだ分からないの?雨宮くんを拉致したのは私。ここは玖月屋敷の地下だから、心配しなくても私は大丈夫なの。」
私の言葉に彼はポカンとした顔を浮かべたが、それも少しのことだった。
「え……ごめん綾音ちゃん、ちょっとよくわからない。どうして、どうしてそんなことを?分からないんだ、こんなことをする理由が。何かの記念日?サプライズにしては悪趣味だよ。」
そうだ。彼は私をどこまでも信じてくれている。そういう人。こんな誰もがわかる状況下でも私のことを微塵も疑いはしない。そんな考えにすら及ばないんだ。だから私は惹かれてしまったんだろう。
「雨宮くん……私ね、凄い我儘なの。でもね、雨宮くんの前だけはそんなの見せたくないからいい子ぶってたんだ。でももう駄目、限界なんだ。私ね、もう手段はとらないことにしたの。」
馬乗りになった状態で、両手両足が拘束され身動きのとれない彼を押し倒すように首筋に顔を近づけて、耳元でそう囁く。
「新規事業って異世界との融合のことでしょう?あれから手を引いて。」
「!!?」
彼の動揺が身体を通して分かった。極秘の筈なのに、どうしてわかったのか……。そんな反応。
「そ、そうか……綾音ちゃんは玖月の人間だもの。隠せると思う方がおかしいか……。でも駄目だよ。そのお願いは聞けない。聞いてくれ綾音ちゃん、異世界と融合すれば資源問題や……。」
知っている。彼がここで私のお願いを拒否することなんて分かりきっていた。それでも聞きたかった。だってここから先は、私だってやりたくないことなのだから。
ベッドから降りて牢の扉を開けて外に出る。ポケットからリモコンを取り出してスイッチを押すと雨宮くんの両手両足を拘束していたベルトが解除された。それと同時に牢の鍵が閉まる。
「安心して雨宮くん。そこにはトイレもあるし飲食も提供する。考えが変わるまで、私はずっと待つから。ずっと飼い続けるから心配しなくてもいいわ。」
「え……待って綾音ちゃん!!」
彼の叫び声を後目に、私は地下牢の出口へと向かった。
元々、彼を地下牢から出すつもりはなかった。同意の上で地下牢にいてくれるか、強制かの違いだけ。
彼が死亡するパターンの一つにマフィアに拉致られて殺されるパターンがある。恐らくは彼の有用性がどこかからバレて人質にでも使われたのだろう。逆に言えばこうして玖月家に捕らえていれば死ぬことはない。きっと彼は私を恨むだろう。でもそれでも私にはこの手しかなかった。彼を守るためには鬼になるしかなかったから。





