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ブルーミラージュ ~歪な異世界で、私は何度もやり直す~  作者: ホワイトモカ二号
晦冥の詩
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硝子細工の仮面

 「それでさぁマジでうざいのあいつ、勝手にキレだしてさぁ……。」


 私はクラスで雨宮くんの悪評を言いふらした。クラスメイトは最初、困惑していたが陰口というのは誰もが好むもの。ましてや私は玖月財閥の娘であり媚びを売って損はない。そんな下衆な連中ばかりで、予想どおりクラス全員は私の味方をして、雨宮くんは孤立した。


 「おい雨宮!早くパン買ってこいよ!!」


 学校という閉じたコミュニティで集団心理というのは怖いもので、ましてやあの玖月財閥の娘に目をつけられたというレッテルを貼られた彼は、良いようにクラスの不良に使われる。休憩時間には複数人に囲まれて暴力も振るわれていた。

 素行の悪い生徒を利用して彼をとにかく追い詰めた。私はそんな彼を嘲笑うように見ていたが、決して彼はこちらを見ることはしなかった。彼は一度も私に対して助けを求めなかったのだ。


 「おぇ……おぇぇぇ……!!」


 放課後、誰もいないのを見計らって私は一人トイレで吐いていた。本当に気持ちが悪い。自分自身も、自分に媚びへつらう同級生もみんな。ストレスで胃はムカムカして気分は最悪だ。何とかみんなの前では平静を装っているけれども、本当は今すぐにでも殺してやりたい気分で一杯だった。つらい、つらい、どうして雨宮くんは私に助けを求めてくれないの。

 助けてと、ただその一言で、プライドなんて全部投げ捨てて私に何もかも委ねてくれれば……事を進めるのは簡単なのに。つらそうにしている彼を本当は今すぐにでも抱きしめたいのに。


 幼稚な考えだった。何度繰り返しても変わらない彼の決意が、嫌がらせ何かで変わるはずがなかった。最初は私のために新規事業……異世界との融合を立案したのだと思っていた。

 きっかけはそうだったのかもしれない。でも今の彼は違う。涼華さんが言ってたとおり、最早その事業は彼の夢になっていて、尊いものになっていて、それを諦めることなんて到底できないことなんだと。私は確信した。



 「あのね雨宮くん。今週末は暇かな?」


 下校時刻、こっそり手紙を渡して二人きりになる機会を作り、私は彼を自宅へと誘った。

 幼馴染とはいえ男と女。年を重ねるに連れてお互いの私室にお邪魔する機会は減っていた。思春期特有のものだから仕方ない。それでも彼が玖月屋敷に何度か出入りしていたのは知っている。父と"事業"の話をするためだ。

 でもそこまでの関係。私室というのは完全にプライベートな空間なわけで、仕事で来ているのとは違うのだ。ましてや喧嘩別れをしてまだ仲直りもしていないのに、突然のことで困惑は隠せないのだろう。


 「どうぞ、ゆっくりしていいわ。」


 明らかに緊張した様子で彼は部屋を見回す。


 「別に初めてじゃないんだから、落ち着いてよ。ほらこれでも敷いて座って。」


 いつまでも座ろうとしない彼にクッションを投げつける。彼は観念したかのように座った。


 「喉乾いたでしょう?何がほしい?」

 「う、うん……それじゃあお茶でいいかな。」


 私は部屋から出て厨房に向かい冷蔵庫を漁る。水出しアイスティーの紙パックがあった。金持ちの家だからといって別に毎回茶葉から沸かしているわけではない。そんなのはファンタジーだ。

 ガラスのコップを二つとってアイスティーを注ぐ。

 そして私は彼に手渡す方のコップに薬を混ぜた。粉末状の睡眠導入剤。


 「持ってきたわ。とりあえず飲んで飲んで。」


 睡眠薬入りのアイスティーを彼は疑いもせず口につける。相当喉が渇いていたのか、ゴクゴクと一気に飲み干した。


 「ふぅ……それで綾音ちゃん今日は何の用事なの?私室で話したいだなんて……。」


 一息ついて落ち着いたのか彼はいつもの調子で私に話しかける。


 「うん、ほら……私たちって子供のころからずうっと一緒だったけど思えばこうして二人で話をちゃんとしたことが無かったから。」

 「そうかな?いつも下校中に色々話をしてたじゃないか。」

 「確かにそうだけど。それにほら、何か今、学校では話しかけづらいし。」


 白々しい態度だった。そんな風に仕組んだのは私で、彼の耳には一連の嫌がらせは私がやらせているって分からないようにしてるだけ。本当に卑しい女で嫌になる。

 彼は目を伏し目がちにした。私の言いたいことを理解したのだろうか。


 「そうだね、綾音ちゃん……その……折角の機会をくれたんだし。ごめん。この間は言いすぎたよ。頭に血が上って……彩音ちゃんがそんな風に思っている筈がないのにムキになって。」


 彼は深々と頭を下げた。普段は見られない弱々しい態度だった。例え彼の心には異世界融合の夢があっても、やはり学校での嫌がらせは確実に心を蝕んでいたのだろう。


 「ううん、いいの。私も心無い発言だった。ただ嫉妬していじわるを言っただけなの。本当よ?でもよかった。それならその新規事業とかいうのもやめない?きっと良くないことになるから。」


 思いがけない彼の弱々しい態度に、私は本来の目的を満たすために彼に対して事業から身を引くよう伝えた。異世界融合に関わらない。それがまず彼を保護するための第一条件なのだから。


 「それはできないよ。詳しくは言えないけど、この事業はたくさんの人が救われるんだ。きっと多くの人が幸せになる。だから俺は辞めない。ごめんね綾音ちゃん。そこだけはどうしても譲れないんだ。」


 分かっていた。彼の決意は固い。だから私は彼に薬を盛ったのだから。

 彼は突然頭を抑える。


 「だ、だから……うう……どうしたんだろう、頭の中にもやがかかったような……ご、ごめん綾音ちゃん。今日は……帰って良いか……な……。」


 そして倒れた。睡眠導入剤の効果が効いたのだ。彼は吐息を立てて静かに眠っていた。私はほくそ笑み、彼を抱えて連れて行く。

 そう、あの地下室へ。


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