最終世界-全てを捨てて-
逆行する上で注意する事項がいくつかある。その中でも一番大きいのはユグドラシル界の連中に私の存在を悟らせないことだ。過去に一度だけ父に代わり私が玖月財閥の実権を握ったケースがある。これを何度も繰り返すと連中にバレる可能性があるため、目立たないことが大事だ。無力な少女を演じる必要がある。
不思議なことに雨宮くんとの出会いは偶然であるはずなのに必ず巡り合う。これは私にとっては都合が良かった。私と雨宮くんが関係を持たない場合、彼は酷い拷問を受けて殺されるからだ。
周囲を警戒しながら、ユグドラシル界の連中が何か企んでいないか目配せしながら、小学校、中学校、そして高等学校……なぞるように彼との時間は流れるように過ぎていった。
そして運命の日がやってきた。
「新しい新規事業の手伝いをすることになった?」
雨宮くんは嬉々として私にそう話をした。私は知っている。その事業は彼の望まぬ方向に進み成功することを。でもそれは伝えることはできない。
「応援してるわ。きっと雨宮くんなら大丈夫。」
私の激励に彼は得意げな笑顔を浮かべた。そして約束してくれた。今は話せないけど、上手く言ったらきっと話せると。それまでどうか信じて待ってほしいと。
言われるまでもない。私はずっと信じている。いつだって雨宮くんは私を裏切りはしなかった。
彼は心底楽しそうに、話を続けた。きっと私に新規事業のことを話せて、そして認められたのが心底嬉しかったのだろう。上機嫌な彼を見て、私も気分が良くなった。こんな世界を一生守りたいと思った。
でもそれは、無理なんだ。
本当は彼のことを応援したい。彼の手助けをしたい。彼の傍に……ずっといたい。でもそれでは駄目なんだ。"今回"の私は敢えて彼のそんな言葉に対して、過去と同じ発言をした。
「そう、私抜きでパパと話を進めてたんだ。それで私はもう用済みってこと?」
「ち、違う!違うって!!何だよそれ用済みって!!綾音ちゃんは俺のことそんな風に見ていたのか!!?ただ利用するためだけに近づいていただけのやつだって!!!」
彼は怒り、私の前から走り去っていった。胸がズキズキする。こんな程度で心痛めてたら、ここから先はとてもじゃないとやっていけないのに。
夕焼け空の下、私は疼く胸を抑えながら一人帰路についた。
「綾音……どうしたんだいその髪色は……パパの真似かな。」
髪を染めた私を見て父は驚いた様子を見せた。
「私は玖月家の娘です。今まで髪の色なんて気にしなかったけれども、父と違う髪の色で変な噂を立てられても嫌ですし。」
「ブロンドヘアは劣性遺伝だからね……まぁ衆愚はそれすら理解できぬことも無くはないか。分かった。学校にはパパが話をつけておこう。」
これは決意だ。捨てなくてはいけない。髪型も髪色も変える。今までの私は今日いなくなる。どんなことがあっても、決して顔には出さない。
窓から庭のテラスが見える。そこには昔の私がいた。何も知らない、純粋だったころの私。幼い私は、私をじっと見つめていた。「本当に大丈夫?」そう問いかけているように思えた。私は答える。大丈夫だと。雨宮くんを救うためなら何でもする。悪魔にだってなってやる。
「だから……さようなら、私。」
今も思い浮かぶのは楽しかった思い出。幼い頃の私たちが、凄惨な未来など何一つ思いもしないで、ただただ輝かしいばかりの愛しき日々。私の決意を聞いて、幼い頃の私はただ黙って、複雑な表情を浮かべて、すっと消えていった。
雨宮くんとの思い出の場所を一瞥して、カーテンを閉じた。





