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ブルーミラージュ ~歪な異世界で、私は何度もやり直す~  作者: ホワイトモカ二号
晦冥の詩
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偽りの世界

 「残された懸念は時間逆行をしているのが何者かという話だ。この時間逆行で一番得しているもの……。」


 アンブロースの視線が父へと移る。だが父は軽やかに返した。


 「私のことかなアンブロース?」

 「まさか。零士、君は自分が思っているよりずっと有能だよ。時間逆行など関係なしに君は成功を収めている。ウタカタの保持者は無数にいる。逆行能力を持つものは狡猾に動いているのか未だ特定できない……でも対策は作り出したんだ。」


 対策?なんのことか聞きたかった。だがここで積極的に尋ねるのは不審。私は生唾を呑み込み懸命に抑える。


 「是非聞きたいな。時間の逆行に対抗する手段などないと思うが?」


 父は平然とそんな大事なことを尋ねる。アンブロースは特に気にもとめず語りだした。


 「もとより隠すつもりはないよ零士。これから披露するのだから。」


 そう答えるとアンブロースの周囲に魔法陣のようなものが浮かび上がる。


 「偽界召喚ぎかいしようかん……バーティグル・フェイズ。天地環佛輪相てんちかんふつりんそう。」


 その言葉とともに世界は一変した。一瞬にして別世界が広がり、私たちがいたはずの地下室はまるで別空間へと変貌していた。


 「これが私たちの生み出したウタカタへの対抗策。偽界召喚。この世界の境に新たな世界を一時的に作り出す魔力結界。結界内の法則は術者により決定され、外部の干渉を受けない。それが例え時間の逆行だとしても。」


 そう言ってアンブロースは雨宮くんに近寄る。きっとさっき言っていた一つの身体に戻るつもりなのだろう。

 駄目だ、それだけは絶対に駄目なんだ。だって、だってさっきの話だと別れた魂が一つになったらもう二度と雨宮くんとは……。

 どうにかしてアンブロースを止めることはできないか、必死に考えたがウタカタを除けば私はただの少女。どう足掻いてもこの男には敵わない。ならばいっそのこと、彼の言う偽界召喚が本当にウタカタを無効にするのかこの手で確認するというのも一つの……!


 時間逆行を開始しようと思ったその時だった。アンブロースの手が止まる。そして周囲に広がる偽界召喚は剥がれていき、やがて元の地下室へと戻った。


 「おや?どうしたのかなアンブロース。念願の融合を果たせるというのに。」

 「……駄目だ零士。よく考えてみたら、今ここで融合したとして……時間の逆行がまた起きると私はどうなる?」

 「む……そもそも彼が生まれたのは偶然……君がこの世界で二重に復活したのが原因なわけだから……融合後は逆行の影響を受けない君は普通に元の力を取り戻した状態で戻り、"これ"は存在すら消えてしまうのかもね。君の目的であるウタカタもともに。」

 「百点満点だ零士。まるで最初から分かっていたかのような模範解答。貴様、分かっていて黙っていたな?」

 「まさか、買いかぶりすぎだよアンブロース。君と同じで、直前になるまで気が付かなかった。」


 まずは時間逆行をしている黒幕を見つけ出す。それが彼らの第一の目標となった。それまで雨宮くんは死なないようにこの地下室にて延命処置を繰り返すという。


 私は安堵しつつも、頭を抱えていた。

 今回の世界でわかったことはいくつかある。まず雨宮くんを助けるためには私が側にいないと駄目だ。でないと父に酷い目に遭わされる。そしてもう一つ、異世界から来たというアンブロースを何とかしなくてはならない。でもそれはあまりにも困難な話。彼は魔法と呼ばれる力を有している。先程の偽界召喚も何なのか分からないけど驚異的。戦うのではなく、どうにかして彼が雨宮くんを狙うのを辞めさせなくてはならない。どうすれば、どうすれば。


 私は一人考え事をしていた。この世界で唯一救いがあるのは雨宮くんが生きていること。私のウタカタがバレない限り、その生存は保証される。過去の彼は仲間が助けに来たり、自らの手で自殺をしていたが、今はそれもない。彼を助けようとするものは一人もいない。そういう点では安心した。

 いや……今も苦しんでいる彼のことを思うと一刻も早く戻るべきなのかもしれないが……。


 送迎車の窓から外の景色を眺めながら、爺からの声も上の空で、これからどうすれば良いのか考えていた。敵は強大だ。雨宮くんを助けるには一筋縄ではいかない。自分の能力がバレてはいけない。

 そんなことを考えているうちに、車は玖月屋敷に近づいてきた。執事の爺は、運転席から振り返って微笑んだ。


 「お嬢様、もうすぐ着きますよ」


 爺の言葉にいつもどおりの返事をした。爺は私のことをいつも大切にしてくれる。幼いころから、そして爺は知らないだろうけど何度も繰り返したどの世界でも。私は爺に感謝の気持ちを抱いていた。


 そのときだった。突然、車のボンネットに黒い影が飛び降りてきた。爺は慌ててブレーキを踏んだが、間に合わなかった。車は暴走し街中のビルに突っ込んだ。私はシートベルトに引っ張られて前に吹っ飛ばされそうになったが、何とか耐えることができた。


 「お嬢様、大丈夫ですか!?」

 「え、ええ……大丈夫……。」


 心臓がバクバクしていた。一体何が起こったのか。

 私は窓から外を見た。そこには、車に跳びかかってきた影の正体がいた。それは、人間だ。覚えのない人だが、その目つきや風貌は、どう見ても常識的な世界の人間とは思えない。


 「炎の言霊よ、我が命に従い……。」

 「お嬢様!お逃げ下さい!!」


 男が何かを呟いたのと同時に、爺は私のシートベルトを切断し車から飛び出た。飛び出たのと同時に車が爆発した。巨大な炎の柱を巻き上げて燃え尽きたのだ。

 私は知っている。彼らを。テレビで戦争の中継をしていた時に見たことがある。彼らは魔法使い。この世界に存在しない、ユグドラシル界の人間が持つ恐るべき兵器。

 そんな使い手の一人が今、綾音の目の前にいた。


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